奈緒の策略@参道のベンチ
よく分からないうちに、梅ちゃんが置き土産していったゲームが始まった・・・。
いつの間にか麗華と並んで縁日を歩いているし。
「上牧先輩。私、言い出したのはいいんですが、こういうの実は得意じゃなくって」
「そうかなぁ。おしゃれなスカートにPRADAのバッグだったら優勝間違いなしじゃないか?」
「服はカジュアルなINGNIですよ。誕生日に結衣ちゃんがくれたんです」
「ところで、何人振り返ったかってどうやって数えるんだ?」
「後ろで結衣奈緒が数えてるから大丈夫ですよ。歩き終わるまで分からないってどきどきですね」
「みんなこっちを見てる感じだし、きっとほとんど振り返ってるよ」
「そうでしょうか・・・。私、ちょっと不安ですが。ゼロだったら悲しいなって」
「まさか・・・」
「・・・」
会話が途切れる。ちょっと気まずい・・・。麗華が肩ぴったりくっつけてるし、ずっと俺の顔色伺ってるし。
「俺の提案でよければだけど、笑顔でちょっと斜め右に視線をやるといいらしいよ。で、俺は若干斜め左を見るから。すれ違う人から見ると、顔も見えつつ、二人顔合わせてるような印象与えるから。演劇とかで使われるテクニック」
「へえー。そうなんですね!上牧先輩、博識ですね」
「と言っている間にゴールだけどね」
参道の一番端っこのまむし汁の屋台。相変わらず閑散としていて、例の怪しげな大鍋からは湯気が上がっている。
「お客さん、まむし汁いらんかねー?」
「いえ、結構です」
「そうかい?最近の若いもんは奥手じゃからのう。客もめっきり減ってしもうた」
縁日の隅っこで売ってるじいさん、ちょっと悲しそう。
「・・・それじゃ、一杯お願いします」俺が決心して財布に手を伸ばすと、じいさんの顔が輝いた。
「これは効果あるでい。そちらのべっぴんさんもどうかえ?ラブラブになる効果が・・・」どうやら隣の麗華を俺の彼女のように思っているらしい。
「それじゃ、私も」と言ったのは追いついて来た奈緒だった。
「・・・これ飲みながら歩きましょ。きっとみんな振り返るから」
奈緒があろうことか、二杯目のまむし汁を買っている・・・。
奈緒との縁日歩き。今回はまむし汁を飲むという「仕事」があるので随分と落ち着いていられる。二人とも無言で毒々しいスープを飲みながら歩いている。・・・慣れると飲めなくもないな。じいさんの言う「効果」とやらはありそうにもないけれど。
焼きそばの屋台の人だかり前で、奈緒が不意に立ち止まった。
「勇真くん、私、まむし汁飲み過ぎちゃったみたい」
「二杯も飲むから。気分でも悪いのか?」
「そうじゃなくって。ちょっとそこに座って」
奈緒が俺の手を引いて道端のベンチに座らせた。それから膝の上にちょんと腰掛ける。
「な、なんだよ」奈緒の様子がおかしい。
「ほら、抱いてよ。それから好きに料理してちょうだい。私、レシピ忘れちゃったからー」奈緒が顔を回して両腕を回してくる。声が上ずってるし。生暖かい感触が体内を駆け巡る。
「ピピー!反則!」
「奈緒さん、反則です」
結衣と麗華が駆けつけてきて、おかしくなった(?)奈緒を引き離した。
「今のはマイナス30人ね」
「反則なので、マイナス30人しときます」
「ええーっ?私、ちょっとまむし屋さんを応援しようとしただけなのに。商売下手で見てられなかったから」
「どういうこと?」みんな首をかしげる。
「これであの店は行列間違いなしね」奈緒が満足そう。一同、しばらく頭をひねった。
「なるほど、確かにそうかもしれない。でもそれなら、あんなことしなくても、俺が『まむし汁いかがですかー』って言いながら歩いてもよかったのに」
「あははー。でも、さっきのでみんなきっと、まむし汁すごい効果だって思い込むよ」奈緒が澄ましている。
「最後は私の番ね。また引き返して、まむし屋のところまで歩きましょ。勇真エスコートよろしくね」結衣が少し顔を火照らせて言う。
「俺はパスで。女神ちゃんは普通に一人で歩いて、いくらでも振り返らせられるだろ」
「正直言って、モテ全盛期なら余裕だったんよ。でも今はリハビリ中だから・・・」結衣がそう言って、早速手を繋いでくる。これは・・・さっきの奈緒ので張り合っているんだろうか。奈緒はペナルティーとしてマイナス30人しても、近くにいたほとんどの人が振り返っていたからなあ。これでは結衣もどんな手を使ってくるか分からない。
「いや、ほんと結衣は一人でいいって。ほら、そこで突っ立ってるだけでみんな振り返るくらい可愛いから」と、おだててその気にさせられるか・・・。
「勇真、そう言うなら勿体無いわよ」
「へ?何が?」
「こんなに可愛い子がそばにいて、一緒にお散歩できるチャンスなのに、みすみす逃してしまうなんて。さあ、行きましょ」
「・・・」
結衣と散歩。ただのゲームなのにめっちゃ緊張する。おしゃれ麗華や、まむし汁の影響受けすぎな奈緒の時でさえ、そんなに緊張しなかったのに。なんでだろう。ただ手を繋いで歩いているだけで、全身がぞくぞくしてくる。
「えっと、その・・・結衣はこの勝負に必死なんだな」心を読まれないようにごまかす。
結衣が立ち止まって、上目遣いをする。目をぱちぱちして、無言・・・。
「な、なんだよ。そうだ、そんなに勝ちたいのなら俺が自分を捨ててもいいぜ。ほら、『まむし汁いかがですかー?真っ黒、不味い、まむし汁はどうですかー』」やばいやばい、焦って完全に自分を失ってるし。浴衣姿の女子中学生の一団がこっちを見てクスクス笑っている。
「ねえ、勇真?」結衣が囁く。
「はい?」
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。前はこれくらい平気だったじゃないの?今日は何かが違う??」なんか、いつもの勝気な声と違って落ち着いている。
「いや、その・・・。夏祭りだからかな。なんか非日常っていうか・・・」
「うふふ・・・。ほら、もうゴールだよ。まむし屋さんのところ」
ゴールか。気がつかなかった。いつの間にか、まむし屋にも他の屋台と同じように行列ができてるし。
こちらの姿を認めてまむし屋のおやじが手を止めてテントから出てくる。
「いやー、ありがとうよ。お前さんのおかげだ。お前さんがまむし汁買ってくれてから急にお客が増えてよう。お前さんは商売神の化身か」満面の笑みで、まむし汁の付いた手で握手してくる。
「いや、そういうわけでは・・・」
「わしのまむし汁、言う通り効いただろ!さっきと違うべっぴんさん連れてきて。よう釣れるじゃろ。ほら、お礼にもう一杯やるぞ」
「い、いえ、もう結構ですから・・・」




