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莉奈の目論見@夏祭り前

お好み焼き、たこ焼き、焼きそば、金魚すくいに輪投げ、射的・・・。


近所の八幡神社の縁日。お祭りに来るなんて、小学生以来だ。子供たちがいろんなキャラクターの風船を手に、真っ赤なりんご飴をくわえながらきゃっきゃしているのを見ると、ちょっと場違いなような、恥ずかしいような気がするけれど、心が浮き立つ気分が懐かしい。


子供の時と違うのは・・・一緒に来ているのが両親ではなくて、女神ちゃんこと、水無瀬結衣であることだ。


どうしてこんな展開になっているかと言うと・・・。


今日の午前11時、ベッドから起き出して来て、部屋のカーテンを開くと・・・往来の向こうから黄色いワンピース姿で結衣が歩いて来る。

俺の家の前で足を止めて、少しもためらわず、自分の家のように入って来る・・・。


慌てて階下に駆けつけ、玄関を開けた。

「ただいま」

「おかえり・・・って、なんだよ普通に入って来て」

「勇真まだ寝てたの??」

さっき慌てて降りたもので着替える暇がなかった・・・。


「そうだけど、普通インターホンとか鳴らすだろ」

「勇真は家入る時鳴らさないでしょ」

「そりゃ、自分の家だからだろ?!」

「こういうのを押しかけ花嫁って言うのかな?勇真ちょっと喜んでるでしょ?朝一から会えて」

「なわけあるか。・・・ところでなんか用か?」


「うん、今晩暇でしょ?八幡神社の夏祭り行かない?」

「夏祭り?そういえば小さい頃よく行ったなあ」

「懐かしいでしょ。じゃあまた夕方6時に来るわね。これから浴衣買いに行くの!」

「わざわざ買いに行くのか?」

「うん。家にあるのは小さくなったから」

嬉しそうに去って行く。そっかー。今日夏祭りなんだ。そんなこと全然知らなかったな。


家に入ると、妹の莉奈がフォークをくわえたままふくれっ面をしている。あ、これは責められるやつだ。きっと「お兄ちゃん!勝手な約束して!夏祭りならあたしと行こうよ」と来るに決まっている。


妹が口からフォークを引き抜いた。

「莉奈、お前も夏祭り行くなら自分で結衣に言ってよ」


「え?」

「ん?」

「どしたの?お兄ちゃん?」

「い、いや。なんでも。てっきりお前も行きたいって言い出すんかと思ったから」あら、なんだかいつもと様子が違うな。


「あたし、朝ごはんが終わったらお兄ちゃん誘おうと思ってたけど、結衣ちゃんと行くんなら別にいいや」

あっさりと引くなんて・・・。珍しいことだ。

「莉奈、どこも悪くないだろうな。夏風邪とか?」

「うふふ。心配してくれてんの?私はピンピンしてるから大丈夫よ」

「じゃ、なんか企んでるな」

「まさかー」莉奈が顔を伏せる。怪しいな・・・。莉奈が隠し事してる時はなんとなく察しがつく。声の調子とか、目線の動きとかで・・・。今もそわそわしているし。


「なんか怪しいなー。実は彼氏と行くとか?またバド部の先輩とか友達が・・・」

「怪しくないって。彼氏いないし。じゃあ、これで安心する?」莉奈がぴょんと跳んで抱きついて来る。

「やめろ、暑苦しい。別に詮索しないから離れろよ」



と、そんなわけで、8月の熱気に包まれた縁日を、結衣と二人で歩いている。


「ねえ、勇真」

「うん?」

「このあたり、小さい頃からほとんど変わらないね。毎年ここで夏祭りがあって、花火があって、秋は紅葉狩り、お正月には初詣・・・」

「そうだな・・・俺らだけが変わっていくって感じよな」

「勇真はこの街、好き?」

「うん、都会でもなく、田舎でもなくちょうどいいって感じかな」

「私はずっとこの街、住んでいたいなぁ。今朝みたいに、毎朝、勇真のうち訪ねて、遊びに出かけたり・・・」


「訪ねて来るは別にして、ずっと夏休みが続いたらいいなって、俺は思う」

「そうね・・・でも、私たち二人でいれば、いつでもずっと夏休みって気分だよ」結衣が立ち止まってじっと見つめる。浴衣の肩に髪がさらさらと触れている。


そうか・・・これが今なんだ。夏休み、縁日、女神ちゃん・・・こんな風に、何かは知らないけれど、何か素晴らしいことが起こりそうに感じる瞬間が小さい頃はよくあったなあ。夏休みなんかは特にそうだったっけ。


「勇真、なんか感慨深げね。何か期待してるとかー?」

「何か期待してるけど、何かは分からない感じ。ただ未来への憧れっていうか、そんな感じ」

「神社の縁日の雰囲気のせいかしら。勇真、りんご飴、食べてみない?」人混みの中の露店を指差す。

「いや、いいよ。口がべたべたするし」

「じゃあ、輪投げは?一緒に投げよ」

「いや、子供じゃないんだから」


「金魚すくいは?」

「子供で混んでるし、飼う場所ないから」

「せっかく来たのに・・・じゃあ、あの空いてる露店は?」結衣が参道を離れた一番端っこの、薄暗いところにあるテントを指差す。そこには、「まむし汁、1杯400円」と書いてある。


「なんだか胡散臭いな。あんなの初めてみた」テントには大鍋がぐつぐつと煮えており、薄気味悪いじいさんが木のへらでかき混ぜている。


「ここは並んでないのね。のぞいてみよっか」結衣のテンションが高い。

「えー?怪しいじゃん。誰か買う人いるのかな」

それでも興味本位で近づくと、大鍋から嗅いだことのない匂いが立ち上っている。鍋に立てかけたダンボールの切れ端に「熱い夏夜にまむし汁を」と書かれていて、頭上の裸電球に照らされている。


「『暑い』の漢字間違ってるし、随分適当だなー」

「あれはあれでいいの。勇真、一杯おごってあげようか?」結衣がクスクスと笑う。

「遠慮しとく。ゲテモノは別に好きじゃないし」

「でも、実際飲んでる人がいるよ」

結衣がテントの影を指差す。いったいどんな物好きだろうと、そちらを見ると・・・。


「奈緒さん!どうしてここに?ってあれ買ったんですか?」

「あ、勇真くんだ。それに結衣ちゃんも」新庄奈緒子が、紙のお椀から得体の知れない黒い液体をすすりながら、顔を上げた。


「それ、美味しいんですか?」

「これは美味しいから飲むんじゃないよ。いろんな効果があるから」

「効果?」

「例えばこうして勇真がいると・・・」奈緒がお椀を置いて、後ろから羽交い締めにしてくる。

「ちょっと、勝手に何してるのよ!」結衣が怒ったような声を出して奈緒を引き剥がした。「結衣ちゃんも飲んでみる?」奈緒がお椀を差し出す。

「え?私は・・・そうね、一口だけ試してみようかしら」


結衣がお椀を受け取って、こわごわと熱い液体を口に運ぶ。


「うへー。なんだか変な味がする。でも、なんか効き目ありそうね。勇真、今夜は何か起こるかもよ。でも何があってもこのスープのせいなんだから!」

5/1〜5/5更新します。コロナでGW(がまんウィーク)になってる方は、少しでも気晴らしになればと。

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