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挿話 サントノーレの珍客

「あ、勇真だ。早く座って。遅刻だよ」

「おはよう、結衣。あと麗香、奈緒」

「お兄ちゃん、私は?」

「・・・と莉奈」


「むぅー、なんか莉奈軽んじられてない?」


「はいはい。二人ともケンカしないの。これから、この前の温泉旅行で買ったお土産開けるんだから」

「結衣、わざわざサントノーレにみんな集めなくても。莉奈まで」

「莉奈までって何よー。やっぱり、軽んじられてるぅ・・・。今日は温泉旅行に置いて行かれた莉奈がみんなの土産話聞く会なのに」

主人公になりたい莉奈が、いつものごとく、嘘泣きをしている。



サントノーレの一角を占領して、みんなでお土産を開ける。炭酸せんべいに、水まんじゅうに、金泉の入浴剤(麗香専用)・・・。温泉旅行、楽しかったな。


麗香が買い込んだ炭酸せんべい、けっこう美味しい。みんな、どの味が好きかでワイワイ言ってる。


「奈緒さん、いいんですか。店にお菓子持ち込んで食べたりして」

「いいのいいの。この時間にお客さん来ることないから。もうちょっと来てくれないと、私がオーナーになるまでにつぶれちゃうかもねー」


明るく、少しも気にしているそぶりがない。・・・こんなあけすけに言っていいのだろうか。


「端っこの席に一人いるじゃない」

俺がささやく。中年で、ぱっとしないTシャツを着た太り気味の男性が、頭を抱えている。


「あ、あの人はほとんど毎日、今の時間に来ているよ。いっつもコーヒー一杯しか頼まないで何時間もいるんだもの」

奈緒がちょっと困った様子。


「なんかいけ好かない男って感じね」と麗香。

「おしゃれなサントノーレに不似合いなオタクって感じね」と莉奈。

「お前もだろ?」

「お兄ちゃん!そうやってからかって、私の気を惹きたいのね」

「・・・」



「でも、あの人、何してるんだろ。ビジネスマンって感じでもないし、ちょっと怪しくない?」

と結衣。


みんなが喫茶店の隅をじろじろと見る。紙を広げて何か書いているようだ。少し書いてはペンをくるくると指で回したり、何かぶつぶつと言ったりしている。


こちらの視線に気づいたのか、顔を上げて若い一団の方を見やった。


「やば、こっち見てるよ」

結衣がささやく。


「すみませーん、何を書いていらっしゃるんですか?」

「ちょっと、莉奈!関わらない方がいいって」


俺の警告を無視して、莉奈がつかつかと隅の席に歩み寄る。すると、男は慌てたように原稿用紙をまとめて、見えないようにしてしまった。


「何で隠すの?」

「こ、これは何でもないので」

男がぼそぼそと低い声で答える。

「胡散臭いなあ」


麗香と奈緒までが興味津々で席を立った。


「もしかしてだけど、小説家さん?」

と奈緒。

「ま、まあ。おっしゃる通り、私は売れない作家です」

「へえー。そうなんだ。珍しいなあ。売れないって言うなら、私たちが読んで意見してあげようか??」

結衣が面白そうに言う。


「と、とんでもない。これを見せたら大変なことになりますから」さっきよりももっと慌てて原稿用紙をばたばたと重ねて腕に抱える。

「なるほど、エッチな話ってことね」

結衣がちょっと馬鹿にしたように言う。


「そういう発言と態度が小説をダメにしているんですよ、水無瀬結衣」

「え??どうして私の名前知ってるの?」


「そうよ、なんで結衣ちゃんの名前知ってるのよ。もしかしてストーカー??」

奈緒も参戦する。


「ふふ、そんなもんじゃありませんよ。私はこの世界の住人ではなく、この世界を俯瞰するものですから。新庄奈緒子、サントノーレの未来の支配人よ」

「きゃあ、やっぱりこの人、変だわ」

「お兄ちゃん、あの人捕まえてよ」

莉奈が服にしがみつく。


「おっと、また口が滑ってしまった。私はこれにて失礼!元の世界に帰らせてもらいます」

「ちょっと、逃げる気?説明しなさいよ」


しかし、不審な男はあたふたと原稿用紙を鞄に押し込んで戸口に突進した。


「待って!」と結衣。

「待ってください!もっとお話しましょうよ」と麗香。

「コーヒー代払ってよ!」と奈緒。

「2次元の人ですか?」と莉奈。


口々に呼び止めたが、耳に入る様子もなく、店の階段を飛び降りて通りの向こうへ走って行ってしまった。



・・・

「おい、さっきのやつ、原稿用紙、一枚落として行ってるぞ」

入り口あたりに落ちていた薄汚い原稿用紙を拾い上げる。


「尻尾を残していったね。有力な手掛かりになるかも。・・・でも真っ白か」

結衣が残念そう。

「いや、一行だけ書いてあるよ。タイトルかな?『学校一の美少女、自称女神様からモテ転移された結果』・・・」

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