女神様、嫉妬する
「ねえ、上牧くん。1時間目さぼってどこ行ってたのよ?」
1時間目後の休み時間。教室に戻るなり声をかけてきたのは隣の席の相川さんだ。
「えっと、別に・・・。ちょっと呼び出しをくらっただけ」
「水無瀬さんに?何の用で?」相川さんがふくれっ面をする。
「いや・・・ちょっとお叱りを受けていただけです。以前のいざこざで。それより俺の数学の教科書知らない?」
1時間に使うはずだった数学の教科書が見当たらない。
「あー、ごめんごめん。借りたままだった!」と相川さん。机の中から取り出す。水無瀬さんの話題からそれて俺はほっとした。
「勝手に借りない!」
「上牧の教科書綺麗だね。全然書き込みがなくって。使った形跡がない」
「まあね。内容暗記してるから」というのは嘘で、まともに勉強したことがないだけ。
「手書きがゼロでさみしいから、私が書き込みしといたよ!」相川さんがにっこりして言う。
「人の教科書に勝手に書き込みするな!!」
教科書を机に片付ける。
「開かないの?・・・数学の教科書」相川さんがちょっと声をひそめて言う。
「ああ。2時間目は英語だから。関係ないだろ?」
「書き込み、気にならない?」思わせぶりな調子。
「ならない」俺は相川さんの肩越しに、向こうの席の水無瀬さんを気にしながら言った。俺と相川さんのくだらないやりとりを眺めている。いつもはクラスの男女共々が水無瀬さんを取り巻いているのだが、今日は一人だ。
なるほど、モテを転移してしまったというのは本当かもしれない。女子は俺の方に来るし、男子は水無瀬さんに急に興味を示さなくなったのだろうか。
モテを返してよ!というさっきの言葉が脳裏に蘇る。
・・・ちょっぴり気の毒に思わないでもなかった。
「言いにくいから教科書に書いたんだけど、見ないなら、直接言ってもいいよー」相川さんが肘をつっついて、意味ありげに囁く。
これは告られる予感しかない・・・。どうしよう。どう答えればいいんだ?!
こういうことに対する経験値ゼロの俺は困り果てるより他ない。とにかく時間を稼がないと。
相川さんのアタックをダイレクトに受けるよりは教科書を介した方が時間稼ぎにはなるか。
ぱらぱらとページをめくる。1時間目に使われた(であろう)章に確かに書き込みがあった。
上牧くん、好きです。付き合ってください。
相川美羽より。
ふうー・・・やはり。
1ヶ月前なら大喜び、というところだが、なぜか思ったほど現実味がない。本来なら水無瀬さんが(白馬の王子さまではないとしても)誰かに告白されるはずのところを俺が代わりに受けている、とそんな気がするからかもしれない。
とはいえ・・・ここで俺がオッケーと言えば、先週までは考えられなかった日々、そう、彼女持ちのバラ色高校生活を始めることだってできるのか・・・。
急に相川さんに告白された現実味が溢れてきた・・・。
その時、水無瀬さんが何気ないそぶりで席を立って、こちらに向かってきた。
俺は口元まで出かかったYESを引っ込めて、慌てて数学のテキストをパタンと閉じた。
「ねえ、上牧くん?さっきは1時間も泣いちゃったりしてごめんね。数学の授業聞けなくて」
「いや。いいって。どうせいつも聞いてないから」
「1時間目に何かあったの?二人とも教室にいなかったけど。先生探してたよ」相川さんが首を傾げて尋ねる。
「い、いや。別に・・・」どう誤魔化そうか。
「私、ちょっと頭痛がして休んでたの。上牧くんがちょうど居てくれて、それで、1時間ずっと居てくれるって言うから・・・」
水無瀬さんがうつむいて言う。待てよ、俺はそんなこと言ってないぞ。なんで急に持ち上げ出すんだ。
「そうなの?上牧くんが?優しいのね」
相川さんが頰を赤らめている。
2時間開始のチャイムが鳴った。2時間目は英語。先生は担任の池田先生。みんな教科書や辞書を用意し始めている。
俺も机に手を入れようとした時、水無瀬さんが、かがんできて顔を近づけると、こっそり耳打ちした。
完全に予想外のことを。
「2時間目もさぼっちゃう?また隣の教室で」
「え?・・・い、いや。もう勘弁して」
「うふふ。そうよね。じゃ、また別の機会にしよっか」
別の機会って?!また泣いたりするのだろうか・・・。
授業が始まったものの、集中できない。隣の席の相川さん、窓側の席の水無瀬さんの二人が気になって仕方がない。
さっきの水無瀬さんはどういうつもりなのだろう。相川さんが告白してきて、もう少しでYESと答えることができたタイミングで・・・。
まさか、水無瀬さんまでもが俺を・・・好きになったのか?1時間目はずっとそばにいろと言うし(決して何事かあったわけではないが。俺はいっしょにいただけだ)。
モテを転移してしまった女神様自身が、まさか・・・?!
3時間目。体育。
今日はバレーボール。俺が最も苦手とする球技だ。サーブが入らないと出鼻が挫かれるし、飛んで来た相手のサーブが打ち返せず、試合を退屈にさせてしまう。
「上牧、お前試合に貢献してなくないか」またしてもサーブがネットに引っかかったので、同じチームの山崎が冷やかす。
「貢献どころか、マイナスにしかなってないな。抜けても誰も文句はないよな」
「いや、別にそんな意味じゃ・・・」
「わかってる。でもちょっと足が痛いし休んでるよ」
俺は喜んでゲームを降り、体育館の隅に行った。
・・・と、柱の影に水無瀬さんがいる。体育の先生からは死角に入って隠れているかのようだ。
「水無瀬さん?バレーボールしないの?」近づいて声をかける。
「うわあ、びっくりした。なんだ、ただの上牧か」
「ただのってつけなくていいから」
「上牧はチームから追い出されて来たの?」
「それもあるけど、女神様が寂しそうにしてるから」
「その言い方止めてったら!今日は朝から頭痛がするから見学してるの」ムキになって怒っている・・・のもかわいいな。さすが学校一の美少女だけのことはある。
「女神様って、自分で言ってたじゃん。いつかの夜に」
「言ってない!言ってない!」赤くなって否定している。
「ところでさ、さっきはもしかして、相川さんの邪魔したの?ちょっといい雰囲気だったのに」単刀直入に聞く。
「さあー?どうでしょうー??」わざとらしく目配せしてくる。
ははん、勘違いさせて楽しもうというんだな。モテにとことん飢えてるのだろうか。
その手には乗るものか。
「わかった。女神ちゃんが俺を好きになったから、相川さんの邪魔したんだろ?」
思い切ってそう答えてみた。
「残念でした。自惚れないで。私のモテを使って上牧がモテるのが許せないから」
「水無瀬さんのを使って?」
「私も去年、教科書で使って告白されたことあったの!モテ転移してしまったから、上牧に同じことが起こっているの!!」
「なるほどな・・・女神様にモテ返す前に彼女作っとかないとなー。最初で最後のモテ期かもしれないし」
「そ、そんなわけにはいかないわ。上牧に彼女ができるわけ・・・」
「相川さんがもう一度近づいてきたりして」
「う・・・」
「って、冗談冗談。俺、相川さんと付き合うつもりないよ」
「そうだったの?」急に真顔になった。
「まあね。山崎が相川さんのこと好きだから」
そう、大事なことを忘れていた。山崎は前々から相川さんにぞっこんだ。さっきの告白にオッケーしていたら、貴重な友人を失うところだった(俺は友達が少ない)。
「そ、そうだったんだ。ところで、上牧。今日の放課後ひま?」
「家に帰る予定がある。帰宅部の活動として」
「なるほど、予定ないってことだね。じゃあ、喫茶店寄って帰ろうよ」
「それはデートでしょうか?」
「うふふ。もしそうだったらどうする?誘ったのはね、モテパワー返してもらうための戦略を練らないといけないから。ただ待ってるだけとはいかないもん!」
あ、否定はしないんだ。やっぱり、水無瀬さんは・・・?!
なんだか放課後が楽しみになってきた。