作戦には才智もいるんだからね?
「私の行きつけは右に曲がって少し行ったところのレストランです。今日はスパゲッティ・ジェノベーゼの日です」
こじんまりとしたレストラン。「日替わりパスタランチ、1300円」とある。
「いらっしゃいませ。大宮様。今日は3名様ですね。窓側の席にどうぞ」
テーブルクロス敷きの席。小綺麗なナプキンとステンレスのナイフ・フォークが準備されている。
「いつもは梅ちゃんと来たり、一人で来たりするんですが・・・今日は上牧先輩と結衣が来てくれてうれしいです」
「麗香この前バイトしたいなーって言ってたよね?ちょうど勇真がバイト先見つけてくれて。帰り道にある『サントノーレ』なんだけどみんなで押しかけてみない?」
「ほんとに?みんなでバイトとかとっても楽しそうです!」
「麗香はなんでバイトしたいんだ?金には困らないだろ?」
「勇真、いつの間に大宮さんのこと下の名前で呼ぶように?別にいいけど」
女神ちゃんがさりげなくジェラシーを見せる。
「あ、気にしなくていいよ。その方がフランクだから」
と大宮さんもさりげなく答える。
麗香とちらっと顔を見合わせる。確かに、あの遠足の時以来お互い仲良くなった気がする。
きっと、麗香も同じことを思ったに違いなかったが、何も言わなかった。
「それはそうと、私がバイトしたいのは、自分で10円玉とか100円玉とか手に入れてみたいからです!」
「いくら何でももう少し貰えると思うけど」時給とかって知ってるんだろうか。いや、そもそも現金を触ったことあるのだろうか?
「麗香ちゃんはいつもカードだもんね!」と結衣。
「はい! 自分で言うのもあれですが、サイン上手いんですよ」
「ということはデパートとかでしか買い物しないのか・・・」
「はい。こまごましたものは梅ちゃんが買ってきてくれるし・・・。ごめんなさい。私ったら世間知らずで。だから、いっそうバイトしてみたいなーと思ってて」
「なるほどー。そういう動機もあるのか」
「でも、麗香ちゃんはアルバイトだなんて、ご両親が許可してくれるかしら」
結衣が心配そう。
「うーん。がんばって交渉してみないと。早速週末にでも北海道に行ってきます」
そういえば麗香の母さんは今北海道って言ってたっけ。
「わざわざ行って直談判しないとだめなのかよ!」
「はい。うち、厳しくって。ちなみにお母様がオッケーだったら、次はリオに行って父上を説得しないと」
「まじかよ!バイトするために地球一周するのか・・・」
お金のためにアルバイトするという一般の法則は麗香に適用できないようだ。
土曜日、午後3時。結衣と、喫茶店兼ケーキ屋「サントノーレ」へ。
「いらっしゃいませー。あ、上牧くんだ。いつものシュークリームね」
「あ、今日は買い物ではなくて・・・」
「え?てことは、この前見てたアルバイト?来てくれるの?」
「いえ、俺じゃなくてこっちです」
結衣の方を指し示す。
「初めまして、水無瀬結衣です。高2です」
「新庄奈緒子です。高3です。奈緒って呼んでね。『子』はいらないから」
「はい!でもほんとに『子』はいらないんですか?奈緒子っていい名前だと思うけど」
「結衣ちゃん、アイスクリームはカップ派?コーン派?」
「私はカップ派です!」
「私もよ!『子』もそういう役割だと思わない?」
「あ、はい。そうですね。どっちも必要だけど食べないし、呼ばない・・・なるほど」結衣が感心している。俺にはさっぱり理屈がわからないが。
「俺はコーン好きだけどなあ。カップだとあまり食べた気しない」
「それは勇真がジャンキーだからよ」
「そうなのか?じゃあコーン派の俺は奈緒子先輩って呼ぶよ」
「あ、そんな先輩なんてほどじゃないよー。これからは同僚だからねっ!」
「じゃあ、奈緒さん」
「悪くないけれど、『さん』もいらないよ。中身だけで」
「じゃあ、なっちゃん」
「それはアイスかじりかけだから」と結衣。
「え?どういうこと?」俺には意味がわからない。
「結衣ちゃん、すごいね。才智に富んでるって感じ。採用は決まりね」
「やったー!」
「あ、勇真くんももちろんバイトしてくれるよね?かわいい彼女といっしょに」
奈緒がいたずらっぽく言う。
「あ、えっと・・・まあ、そうですね。よろしくお願いします」
なんで結衣が彼女と見られてるんだろう・・・。学校外では別にカップルである必要ないのに。もしかして、普通にカップルに見える感じになってる?!
その日の夜。
「ねええ、お兄ちゃん、サントノーレでバイト始めるんだって?」
「なんで知ってるんだ?情報早すぎだろ」
「麗香ちゃんがすっごいうれしそうに、メッセージくれたから」
「そうなんだ。麗香はバイトできるかわからないけどな。北海道とリオ巡礼の結果次第らしいから」
「ねえ、あたしもバイトしたいなあ」
「中学生はだめだから。高校生になるまで待て」
「えーん。結衣も麗香もするのにー。私だけはみってるぅ・・・」
「いや、はみるもはみらないも中学生は法律的に無理だから」
「私、あるところではお兄ちゃんより高校生だよ」
「は?どういう意味だ?」
「それはねー」
莉奈がいたずらっぽく微笑む。
「今日ねー。部活のあと・・・」
意味ありげに言葉を切る。
「もったいぶってどうしたんだ?」
「実はね、今日の部活の後、告白されたんだ。生まれて初めて」
耳を疑った。まじか?まじなのか??
莉奈が頬を赤く染めている。




