Kiss from my sister?
「ただいま」
今日も無事に帰宅。帰宅部の活動完了!
玄関に入って靴を脱ぐ。隣には莉奈の靴。
そういえば、今朝、「今日は部活が休養日だから早く帰るね!バスケ部が体育館占有して練習試合するから」とか言ってたな。
リビングに入ると・・・。
莉奈が左足で片足立ちし、飛行機のような恰好をしている。右足は真後ろに伸ばし、右手は翼のように伸ばして不動の体勢だ。
しかも、左手で器用にマンガ持って読んでいるし。
「何やってる・・・の?」
「バドミントン」
「どこがだよ。意味わからん」
「・・・で重心がぶれないように体幹を鍛えるトレーニング」
「最初から省略せずに言えよ。前衛的アートでもやってるのかと思った」
「ぜんえいてきって」
変な体勢のまま聞いてくる。
「モダンっていう意味な」
「ふーん。ところで、お兄ちゃん、何か忘れてない?」
「シュークリームなら、今日は店定休日だよ。それに毎日食べてるとよくないだろ。運動してるとはいえ」
「そっちじゃない」
「え?」
なんだろう。莉奈がシュークリーム以外でリマインドすることとは。
「お帰りのキスは??」
「は?」
「今読んでる『シャトルを追って』の主人公、花屋敷さまがスペインに留学中で、スペインでは当たり前なんだって」
「ドヤ顔で言うな!いちいち影響されるんだな・・・」
「今の体勢崩さないように優しくほっぺにしてね」
「人の話聞いてるか!?」
莉奈がゆっくりと両足を地面につけ、そのままぺたんと床に座った。
「ふう、マンガ一章読む間にトレーニングできた」
「そりゃお疲れさま」
・・・
「ごはんできたよ。降りてきなさい」
俺もしばらく部屋でマンガを読んだりのんびりしたりしていると、階下から母さんが呼ぶ。
今日のメインは豚の生姜焼き。
薄肉によく味がしみ込んでいておいしい。莉奈が2枚、3枚とおかわりしている。
「そんなに食べて大丈夫なのか?」
「うん。成長期だから」
莉奈が胸を指差す。これ、以前に結衣もやっていたような・・・。
もしかして莉奈の方がひと回り大きく見える?!
おっと、比較してはいけない。あくまで個性の一つなんだから。
「お兄ちゃん、来週遠足なんだね。莉奈がランチボックス作ってあげようか。パエリアとかアヒージョとか」
「なぜ急にスペイン料理?・・・ああ、例のマンガの影響ね。まずはチャーハン、いや、おにぎりから始めたとして、パエリアになるまで3年くらいかかりそう」
妹は基本食べ専で、料理は全くと言っていいほどできない。
「えーん。お兄ちゃんのいじわるぅ。『シャトルを追って』で、パエリアごちそうしたら、美味しいねってキスされるシーンがあるのに」
「マンガの通りになると思うな!!」
今日の莉奈もいつもの(?)莉奈だ。女神様のモテ転移以来、こうなっている。
午後、9時過ぎ。
「今日、部活なかったから運動してない」
「よくわからん片足立ちやってたじゃん」
「あれはストレッチ。今日まだ有酸素運動してない」
「あ、そう」
「ジョギングしよっかな。ねえ、お兄ちゃん。うちの近く走ってきても大丈夫?」
「うーん。近くだけなら大丈夫だとは思うけど、夜だし、一応心配だからやめといたら?」
「ねえー?今日の生姜焼きのカロリー消費してない」
「あ、そう。2回もおかわりするから」
「ねえー?」
目を丸くして覗き込んでくる。これはどうやら折れそうにもないな。
「はいはい。いっしょにジョギングしよっか。俺もたまには運動しないと」
「やったあ。行こ行こ!」
いいように使われている気しかしないが、とにかくランニングウェアに着替えて外に出る。ジョギングをするのも久しぶりだ。
莉奈が横でぴょんぴょん飛んでいる。
「それ、準備運動?」
「ううん。はしゃいでるの。お兄ちゃんとジョギングできるから」
「あ、そう。聞かなかったことにする」
俺も軽くストレッチしてから、並んでジョギング開始。
「あんまり飛ばすなよ。ジョギングだから」
「うん。おしゃべりできるくらいの速度がいいんだって」
「南公園の方へ向かおうか」
走り出してしばらくはしんどい感じが続いたが、5分ほどしたら体が慣れて、身軽になった気がしてきた。
戸建ての家々から漏れるオレンジ色の光が美しい。その向こうには駅前のマンションが塔のようにそびえたっている。
「きゃ」
莉奈が急に立ち止まる。そして、右手をつかんできた。
「なんだよ」
「向こうに・・・怖そうな人がこっちをじっと見てる」
「アパートの警備員だろ!失礼だな」
「あ、ほんとだ」
また走り始めた。2キロくらい来ただろうか。南公園を過ぎて、高校近くまで来た。
「きゃあ!」
莉奈が腕につかまってくる。
「なんだよ!」
「あっちで何か光りながら走っていったよ!」
「ただの野良猫だろ!」
「ねこちゃんか。ならいいや」
20分経過。少しずつ足が重くなってきた。莉奈はどうだろう。余裕なのだろうか。同じペースで走り続けているが・・・。
「きゃわ!!」
いきなり腰にしがみついてきた。
「今度はなんだよ?走りづらいったら」
「あっちの木立の中になんかいるよ。・・・お化けかなぁ。怖いよお」
嘘泣きをしている。
「莉奈・・・」
「なあに?お兄ちゃん」
期待顔になる。
「さっきから、わざとやってるだろ!!」
「あ。バレたー?!何かあった方がお兄ちゃんも来た甲斐があるかなと思って」笑っている。
「なことあるか!俺は普通に走りたいんだが」
そんなことがあと2、3回もあり、いつの間にか駅前に戻ってきていた。駅舎の光がまぶしい。
「そうだ。お兄ちゃん。いいこと思いついた!Chateau de Rougeでお風呂入っていこうか?麗香ちゃんのとこのお風呂、広いんだよ」
「ええー?!俺は遠慮しとく。てか、入ったことあるのか」
「あるよ。すっごい豪華なんだ。ライオンの口からお湯が出たり、壁が大理石でテレビがついてるんだよ」
「うん。なんとなく想像つく」
「ちょっとごめんね」
莉奈が俺のポケットの中に手を突っ込んでまさぐってくる。
「な、なんだよ」
「よかった、あった。私、スマホ忘れてきたから」
莉奈が勝手にスマホを取り出している。
「暗証番号は誕生日だから、0714で・・・。麗香ちゃんは・・・えーっと・・・ん?麗香ちゃんが登録されていない」
「連絡先交換してないよ。残念だったな。帰ろうぜ」
「じゃあ結衣ちゃんで。お隣さんだから、結衣ちゃんもいっしょに・・・」
「あ、ちょっと待った!」
しかし、遅かった。莉奈の早打ちはすでに・・・。
〔上牧勇真〕これからいっしょにお風呂入らない?麗香ちゃんとこで
あ、やられた・・・。どうしよう!?




