密談は車の中で
ゴールデンウィーク明けの月曜日。
雨。憂鬱。
ただでさえ憂鬱な月曜日だというのに、しばらく早起きしていなかった辛さに加えて朝から雨となると、坂を転がり落ちるように、自然にテンションは急降下していく。
いつもは学校まで早歩きで20分とかからないが、この雨だと30分はかかりそう。家を出たのは8時過ぎ。
休み明け早々に遅刻もありうるな。
住宅地の角を曲がって、大通りに出る。バスが通っている道だ。
そうだ、バスに乗って行こうか。
お金はかかるけれど、濡れなくて済むし、遅刻もしないかも。
バス停には誰もいない。時刻表を見ると・・・うわ、出たとこかよ。次は15分後。これなら歩いても変わらなさそうだ。
と、その時、黒いBMWのセダンがバス停に横付けして停まった。後ろの窓が開く。
「上牧先輩!おはようございます。よかったらいっしょに乗って行きませんか?」
大宮麗香だった。奥には結衣も乗っている。
「勇真、おはよー。雨だね」
あくびをしている。
運転席のドアが開いて、白いワイシャツの紳士が優雅な動きで歩いて来た。後ろのドアを開ける。
「どうぞ。麗香嬢さまもお誘いですので、学校までお送りいたしましょう」
「えっと・・・その」
「申し遅れました。私わたくし、麗香嬢さまの運転手兼シェフ兼子守役の梅田、と申します。さ、お濡れにならないうちにどうぞ」
要するに執事ということらしかった。子守というのはよくわからないが、大宮さん、一人の時は駄々をこねたりするのだろうか。
車内で大宮さんが席を詰めてくれる。
「い、いいのかな」
「どうぞどうぞー。ちょうど先輩がバスを逃しているのが見えたので梅ちゃんに停めてもらったんです」
「しかし、大宮さんすごいな。送迎付きかー」
「いえいえー。雨の時だけですよ。歩きにくいので」
「結衣もいっしょに?」
「私たち、家族みたいなものですから」
「ねー、麗香ちゃん。私たちいつもいっしょねー。姉妹だねー」
大宮さんと結衣がハグしあっている。仲がいいのはわかったが・・・車の中でいちゃいちゃするな!
「上牧先輩、ちょうどいいところに来てくれました。私、上牧先輩に相談したいことがあって・・・。結衣から先輩を勧められていたんです」
「俺を?」
「はい!上牧先輩、恋愛ごとに詳しいって結衣が言ってますから!」
「どんな誤解だよ。結衣はふざけてるだけだろ!」
二人とも月曜朝から元気だな・・・。
「ふざけてないよ。勇真モテモテなんだから、適任でしょ」
「いや、それとこれとは・・・」
「私、今モテ療養中だから勇真しかいないって!」
モテ療養中って・・・?!初めて聞く言葉だ。
「で、どんな相談だ?大宮さん」
「えっと・・・私、この前会った時もちょっと言いましたが、4月から高校生にもなったことですし。言いづらいんですが・・・私も恋をしてみたいなと」
「なるほど。大宮さんなら恋愛楽しめそうだし、向いているんじゃない?それに、大宮さんおしとやかでお姫さまタイプだし、モテるだろ?何も問題ないんじゃ」
「ちょっと、勇真。しれっと誘惑してるわけ?」結衣が口を出す。
「いやいや、事実を言っただけだから。そうだろ?大宮さん」
「まあ、そうですが。モテないと言うと嘘になりますが・・・。問題は、好きな人がいないんです。うちは親が目を光らせていることもあって、その影響で私もついつい壁を立てがちで・・・」
「麗香ちゃん一人娘だし、どこの馬の骨かわからないのと付き合わせませんってこと」と結衣。
「上牧先輩、好きな人ってどうやって見つけたらいいんでしょうか?」
「そういう相談なら、幼馴染の結衣にするべきじゃないか」
「私、今モテ療養中だから、麗香の未来の恋に立ち入る余裕ないの」
「療養中って、さんざんモテ回復作戦やってるだろ!」
「リハビリも療養のうちだからね!ねー、麗香」
「うん。私もモテ故障中の結衣より、モテ絶好調の方に相談した方がいいかなと思って。上牧先輩が助けてくれたらほんとに助かります」
「指名かよ。絶対二人で示し合わせてたよな?!・・・しゃーない。何かいい方法ないか考えとくよ」
「ありがとうございます!上牧先輩、ほんとに頼りになります!」
「いや、役に立つかはわからないけど。・・・ところで話変わるけど、この車、やけにのろくないか?時速20キロしか出てないぞ!」
「お話のちょうど終わるタイミングで正門にお付けするのも、よき執事マスターの仕事ですから」
運転席から落ち着き払った梅田さんの声。
「いや、そうじゃなくて、遅刻するって!あと3分で始業時間だ!」
「間もなく正門でございます。麗香嬢さま、結衣さま、ご学友さま、行ってらっしゃいませ」
停車するなり、3人とも大急ぎで車を降りた。
「あ、麗香嬢さま。お走りになりますとお召し物が・・・。どうかお気をつけて。ごきげんよう」
「せっかく車で来たのに遅刻かよ!!」
「まだ1分あるから走れば間に合うって」結衣が息を切らせて言った。
しんとした校舎に入った。
「ラッキー、セーフでした!では私はここで!」
大宮さんがスカートから水滴を落として、1年C組の教室に入る。
「大宮さんはセーフだけど俺たちは3階だから、アウトだな」
「仲良く遅刻ねー!怒られたら勇真上手いこと謝ってね」
「嬉しそうだな!」
思った通り、階段の途中で始業ベルが鳴った。




