女神様の部屋、結衣のベッド
水無瀬結衣の部屋。まず目に入ったのは大きめのベッド。綺麗にベッドメイキングされている。ベッド脇の丸テーブルには時計とおジャ魔女どみそのぬいぐるみ(と見受けられるもの)。あとはソファと勉強机。学校の教科書が何冊か置かれている。
一通り観察し終わると暇になった。部屋で待てと言われたもののすることがない。
暇つぶしに例の杖をくるくると回す。これで何をしようというのだろうか。水無瀬さんの行動は予想がつかない。
そういえば・・・。
昨日の山崎→相川さんの告白はどうなったんだろう。山崎が何も言ってこないところをみると、いい結果ではなかったのだろうか。
ちょっと聞いてみよう。
スマホを取り出して、「おつかれ。約束のカラオケはどっちがおごるんかな?」とメッセージを入れた。
山崎も暇なのか、すぐに既読がついて・・・。
〔山崎建人〕おつかれ。相川さんとランチなう
〔上牧勇真〕お。てことは返事はオッケー?
〔山崎建人〕しばらく待ってほしいって。でも感触は悪くない
〔上牧勇真〕そうか、よかった。じゃ、スマホ置いてトークしろよ
感触は悪くない・・・か。返事は保留としても事実上のオッケーだな。ちょっとうらやましい。俺にも仮想彼女じゃなくて、ちゃんとした彼女ができればいいのだが・・・。
まあ、それは水無瀬さんのモテ回復作戦が完了してから考えることにするか。
そんなことを思いながら、しばらく部屋で待っていると、不意にドアがノックされた。
「入れよ。自分の部屋だろ」
ドアが少しばかり開いた。
「勇真?そこにいる?着替えを忘れたんだけど。ちょっと入っていい?」
「着替えを?じゃあ今はまさか!?」
「入るから、なるべく見ないでね」
「・・・」
俺は急いでドアに背を向けて、反対側の壁の方を向いて正座した。
ドアの開く音がして、ぺたぺたと足音がする。
クローゼットを開く音・・・振り返ったら負けだ。逆襲にあうだろう。俺は絶対に振り返らないぞ。例え、学校一の美少女があられもない姿をしていたとしても。
「あ、」水無瀬さんの声。それから、布が床に落ちる微かな音。
絶対罠だろ!その手には乗るか。俺は禅の修行のように正座したまま身動き一つしない。
「勇真?」
無視していると、今度は不意に声をかけて来る。
「何だ?」
「振り返りたいなって思ってるでしょ」
「全く思ってないね。その必要はないから」
「あら・・・そう?」
なぜかちょっと不満そう。
「窓に全部映ってるから」
「ええーっ!?ほんとに?」
水無瀬さんが窓に駆け寄った。
姿を現した結衣。完璧なバスタオル巻きになっている・・・。両手は自由にして、よくあれだけ器用に、浴衣でも着るように巻けるものだ。
「あはは、引っかかった。さすがに窓には映ってないよ。どんな格好でいるんかと思ったら、バスタオル巻きだったか」
「ううー、もう!勇真の変態!!」
水無瀬さんは着替えを取って再び出て行った。よし、まずは一つ返り討ちにできた。
「ふう、シャワーしてさっぱりしたわ。勇真もどう?あのバスタオル大きいからまだ使えるよ」
「いや、遠慮しとく。普通に恥ずかしいから」
「そうお?ならいいよ・・・」
シャンプーの香りが部屋に漂っている。水無瀬さんは髪がまだ少し濡れていて、上気した顔をしている。
ベッドの上に無造作に置かれているカラフルな杖をいじりながら、落ち着かない様子だった。
「結衣?」
「は、はい?」
「なんか話があるんだろ」
「う、うん」
「じ、実は・・・折いってお願いがあって」おもちゃの杖を渡してくる。
「これを使って、何かしてほしいのか?」
「まあ、そういうことなんだけど・・・」
そうなのかよ!?まじで言ってる?
「何でそんなに恥ずかしがってるんだ?」
「そ、そりゃそうでしょ。からかわないでよ。あと、笑わないでね。お願い!」
「俺は普通にしているけれどな」
「ねえ、勇真。あの・・・ずっと前の夢のこと、覚えてる?その・・・私たちが話すようになったきっかけの」
「ああ、結衣が女神様になって願いごとかなえてくれたやつね。自分から蒸し返すなんて、今日はいったいどうしたんだ?」
「勇真やられっぱなしだから、ちょっとサービスしてるの。とにかく、私、前にこの杖で勇真を叩いたら私のモテを移しちゃったよね。それで、思い付きがあるの。同じことを、今度は勇真が逆に私にしてくれたら、モテ取り戻せるんじゃないかって」
「結衣・・・」
「な、何よ?」
「かわいいな・・・考えることが」
「ば、馬鹿にしてるの?もうーっ!」真っ赤になっている
「いや、ほんとだって。ま、結衣の作戦乗るよ。万一でもモテ回復できる可能性あるならやってみる価値ありだね」
「い、いいの?じゃあ、私、ベッドに寝るから、勇真はまず外から部屋に入ってきて『水無瀬結衣よ。お前の願いをかなえてつかわす』って言って!」
「そこからやるのかよ!!恥ずかしすぎるだろ!」
「だって・・・あの晩と同じようにやらないと・・・」
「モテ回復にかける情熱すごいな。ほんとにモテに飢えてるんだなー」
そう言って部屋を出た。どうか、階下でバドミントンをしている大宮さんと妹が帰ってきませんように・・・。これから始める恥ずかしい劇を見られたり、というようなことは絶対に避けたい。
息を大きく吸って、気持ちを入れ替えてから、杖を持って部屋に入った。




