女神様、願いごとをかなえる
(ふう、今日もまたモテまくるんだろうな)
上牧勇真は朝、教室の前で吐息をついて扉に手をかける。そして、髪に寝癖をつけて、シャツをだらしなく制服の外に出してから、少し憂鬱な気持で教室に入った。
努めて冴えない様子にしているのに・・・。
「あ、勇真だ。おはよー」
「おはようー、待ってたよー」
「今日朝ごはん何食べたー?」
「今日こそいっしょに帰ろー」
やっぱりか。教室に入った途端、クラスの女子たちからきらきらした声がかかる。あー、今日も一日これが続くのか・・・。嬉しいことは嬉しいが、モテ慣れていない俺にとっては正直戸惑うことが多い。
俺は教室の真ん中くらいの席で、すぐ後ろの席は高校入学以来の親友、山崎建人だ。
「おい、上牧。お前みたいな冴えない奴が何で急にモテモテになったんだ」いつもながら訝しげである。
これを聞かれるのも何度目だろう。
「俺が教えてほしいよ。別に容姿が優れているわけでもなく、スポーツができるわけでも、成績がいいわけでもない俺がモテるなんておかしいよな!」
「お前が言うと嫌味でしかないぞ」
「俺は真剣に悩んでるんだって!」
なんせ、クラス中の女子はおろか、近所のおばさんから小学生にまでモテるのである。ここ2、3日は妹までもが怪しい。
・・・本当はこんなことになった原因に思い当たるふしがある。にわかには信じがたいことで、親友の山崎にすら言っていないのだが。
先週の日曜日。午前1時を過ぎて、ようやく寝付いた頃・・・。
部屋にぱっと眩しい光が差す。白い光に包まれてその中から「女神」が現れて・・・。
「上牧勇真よ。お前の願いごとを叶えてつかわす」
「誰?てか、何で俺の部屋にいるの?」やっとゲーム終わって寝たと思ったら、変な夢があるものだ。
「誰って『女神様』じゃない。見ればわかるでしょ!」
・・・確かに白い翼があり、先端が丸いカラフルな杖のようなものを持っている。
「女神様かあ。こんな時間に何の用?」そう言って布団に潜り込む。ひたすら眠い。
「ちょ、ちょっと!もっと喜ばないの?願いごとを叶えてあげるって言うのに!!何か願いなさいよ、何か!」
高圧的な女神だなあ。部屋の中で杖(?)を振り回して危なっかしい。
しかし、それにしても、女神と言うだけあって大変な美少女である。
それがわかるくらいには目が覚めた。
「願いごとかー。特にないなあ。今の生活に不満はないし」ナチュラルに断る。
「ないんなら考えてよ!願いごとするまで帰れないんだから」
「えー、急にそんなこと言われても」
「早くして!!」
「じゃあ、とりあえずモテるようにしてくれ」始めに思いついた願いごとはまことに俗な願いだった。
「はいはい、モテモテにするのね」自称女神様はそう言って杖の先端の丸っこい部分で俺の頭を一発殴った。熱い感覚が頭から全身へと流れる。
「あー、片付いた。私もやっと帰って寝られるわ」女神様は口を尖らせている。夜勤お疲れさまです。
・・・
そう言えば、この顔、どこかで見たような・・・女神様の帰り際に、ふと思った。
思い出す前に、光が薄れていき、最後に青いヘアピンと槍の先がキラリと光ったかと思うと「女神様」は姿を消した。
そして、次の日の朝から非モテの俺に、突然すぎるモテ期がやってきたのだった。
「てか、上牧。そろそろ誰かと付き合えばどうだ?お前にとって一生に一度のモテ期かもしれないのに」山崎が声をひそめて言う。
「一生に一度かは別として俺は付き合わない。考えてみろよ。俺が誰かと付き合えば、他の女子たちは引き下がると思うか?」俺が何でこんなモテ男みたいなこと言ってるんだろう。事実そうだから仕方がないか。
「・・・思わない」
「むしろ、クラスのあちこちで火花が散ると思わないか?」
「・・・悔しいがそう思う」
「だろ、だから俺はモテ期が去るまで付き合わない!クラスの平和のために」
と、偉そうなことを言っているが、実際はそんなたいそうなことを思っているわけではない。
他に気になる子がいたからだ。
水無瀬結衣。学年一の美少女。いや、控えめに見ても学校一の美少女といってよかった。艶やかな容姿に、透き通るような肌。艶の美しいポニーテール・・・それだけのものを天が与えてもまだ与えたりなかったのか、成績もよくて、スポーツもかなり上手い。
当然のごとく、学年一のイケメンから学年一の秀才に、スポーツ抜群といった名だたる男子生徒がアタックしていたし、特に去年入学してしばらくの間は連日のように告白合戦(玉砕)が行われていたという。
俺は去年も水無瀬さんと同じクラスだったので1年間の間、ちょくちょく、いや、しょっちゅう山崎から聞かされていた。
ただ、水無瀬結衣が誰かと付き合っていると言う話は聞いたことがなかった。
きっと知らないところでことごとく返り討ちにしていたのだろうが、俺のような平凡な生徒にとっては縁のないことだった。
高嶺の花・・・と俺を含めてほとんどの生徒はそう思っていた。
だが、もしかして、今の俺なら・・・と考えてしまう。女神様のモテパワーをもってすれば、もしかして彼女だって・・・。
ちらりと3つ先の窓側の席を見る。ちょうど水無瀬結衣が登校して、鞄を置くところだった。周りの女子生徒たちが「おはよう」と言っている。
水無瀬結衣は微笑んで挨拶を返すと教科書類を取り出している。ほっそりした指が綺麗だなあ・・・。
ぼんやりと見つめていると目が合った。
「おはよう」声をかける。
「おはよう」水無瀬さんは表情一つ変えない。あいさつをされたから返す。ただそれだけ。
うーん、女神様の能力も学校一の美少女には無力と化すのか・・・。さすがは学年一というだけある。
「ねえ、勇真。1時間目の数学の教科書忘れたんだけど・・・机くっつけていい?」
水無瀬さん、ではなくて隣の席の相川美羽だ。クラスで4番目くらいにかわいい。以前は相川さんでも手が届かなかったものだが、今では「机くっつけていい?」だって。
もちろんオッケーしたいところだけど、クラスがどんな雰囲気になっているかは分かっている。すでに周りの女子たちから鬼のように視線が・・・。
「えー、まだ時間あるんだから隣のクラスから借りてきたらいいじゃん」
「めんどくさいなあー。勇真が見せてくれたら早いんだけどなー」思わせぶりである。
そんなやりとりを、水無瀬さんは呆れたような、やや見下したような表情で見ている。そりゃそうだろうな、彼女からしたら愚の骨頂だろうな・・・。
「ねえねえ、勇真」再び相川さん。
しかし、俺は取り合わなかった。水無瀬結衣の髪に目がクギ付けだったのだ。どこかで見た青いヘアピン・・・。
そして、そのつんとした表情は、見覚えのある・・・。
「お、お前かー!!!」
思わず席を立っていた。1週間前に見た自称女神様。
それはまぎれもなく、水無瀬結衣だった。
手に取っていただき、ありがとうございます。
しばらくは毎日更新します。
必ず面白い作品にしますので乞うご期待!