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異世界で試したい幾つかのこと  作者: Einzeln
第1章
8/11

07 昔話

クリスマス?なにをおっしゃているので?

やだなーもうっ。法改正で12月の24と25は国民皆労働DEYになったですよ?

 「ルエラー!朝ごはん出来たから降りてきなさーい。」

 「はーい!」


 母の声に導かれ、おいしい匂いのするリビングへ向かう金髪の幼女。彼女はルエラ=アルター3歳。巳納鳥楓という人間の前世の記憶を持つ…というか、生まれ変わった本人である。


 ルエラは、この世界セリアスに来てから既に3回の誕生日を経験した。1回目の誕生日の時はまだまだ分からないことだらけだったが、ついこの間の誕生日を迎える頃には日常生活に問題ない程度には言葉も喋れるようになっていた。


 とはいえ、まだ前世での『てにをは』にあたる助詞は使い分けきれていないので、ごく稀に指摘される。



 1歳の誕生日を迎えた頃から、エスティア母さんやルビア姉が絵本の読み聞かせをしてくれるようになった。



 物語は、どこか遠い場所からやってきた青年が、【アルケア】という国の王女様の乗る馬車が襲撃されている場所に遭遇することから始まる。正義感の強い青年【レイ】は王女様を見捨てることなく、ひと振りの剣とその身一つで魔物の中に飛び込んだ。彼は体に傷を負いつつもバッタバッタと魔物をなぎ倒し、ついに勝利を収める。

 危ないところを救われたアルケアの王女【ローレンス】は彼に深く感謝し、身寄りがないという彼を保護し、自らのお抱え騎士として穏やかな日々を過ごしていた。

 そんな折、王国の兵士がローレンスの父である国王にある報告を持ってくる。


 【北の大地で魔王誕生の兆しあり】


 魔王。即ちこの世界の『魔物』の頂点に立つ『王』。

 強大な力で世界を支配しようと企む魔王はその技能を使って魔物を使役し、何度もアルケアの領土に攻撃を仕掛けてきた。不幸なことに、アルケアは北の大地から最も近い人族の住む国だったのだ。


 レイは魔物によって人々が傷つくのを見ていられなかった。だから、主であるローレンスに頼み込んで魔物の進行を止める方法を教えてもらった。

 ローレンスは答えた。魔物を止めるには、魔王を討つしかないと。


 その日からレイの生活は一変した。毎朝していた鍛錬をさらに激しいものとし、騎士団長に頼んで稽古をつけてもらった。その甲斐あって、レイは王国一の剣の使い手となった。


 これで魔王を討ちに行けると意気込んだレイに、王様から命令が言い渡される。

 『レイよ。魔王討伐隊を指揮して、仲間と共に魔王を討ち滅ぼすのだ。』


 レイは必ず魔王を倒すと誓い、アルケアを旅立った。

 ある時は魔王の手下を倒し、またある時は傷ついたドラゴンを手当てし友となった。仲間と協力して戦いを生き残り、初めはバラバラだったパーティーも強い絆で結ばれた。


 そして時は訪れる。魔王軍の幹部との戦いで大きな犠牲を払いつつも、遂にレイは魔王の前まで辿り着いたのだ。

 最後の戦いが始まる。これまでの全てを発揮したレイは強かった。だが魔王はもっと強かった。レイの剣は魔王に届かず、魔王の一撃でレイは倒れてしまう。

 しかし彼は1人ではなかった。レイにトドメを刺そうとした魔王の攻撃を戦士が受け止め、魔王が召喚した大量の魔物を魔法使いが焼き尽くす。そして傷ついたレイを聖女が癒し、レイは再び立ち上がる。


 『そうか。俺は1人じゃなかった。』


 レイは仲間の力を再認識し、1人では勝てなくてもこのパーティなら魔王に勝てると確信した。


 するとその瞬間、レイの手の甲が激しく輝き、あるひとつのスキルが宿った。

 そのスキルの名は【勇者】。魔王を討ち滅ぼす者に与えられる、唯一無二の絶対の力。それがレイの強い心と、仲間を信じる気持ちによって引き寄せられたのだ。

 勇者となったレイは再び魔王に立ち向かう。魔王はレイを先程と同じように軽くあしらうが、今のレイは勇者だった。

 一号、二号と打ち合うたびに、一歩、二歩と魔王が後退る。魔王は剣を弾き飛ばされ、半身を焼かれ、腕を落された。聖女は勇者が持つ剣に聖なる力を宿し、遂に勇者は魔王を討ち取った。


 こうして人々の救世主となった勇者達は、アルケアの国で幸せに暮らしました。めでたしめでたし。



 これが二人が読み聞かせてくれた、実にファンタジーな物語である。ルエラはこの話を聞いても、よくあるおとぎ話という感想しか出てこなかったが、ただ1つ『勇者が魔王を討ち滅ぼす』のでは無く『魔王を討ち取る過程で勇者となる』のが珍しいと感じたくらいだろう。

 だが、これを読む度にルビア姉は『レイ様カッコイイ!』だの『ローレンス様かわいい!』だのと感想を言うのだ。

 同じ感想をよくもまぁ何度も抱けたものだな、と思ってはいるが、その度に相槌を打っているルエラも似たようなものである。

 しかしこれは姉に限った話ではない。母もたま、『パパと戦士様は瓜二つね!』と言うのが口癖なのである。

 …まったく、いつまでもラブラブでおめでてぇこったぁ。末永く爆発しやがれ!

 と、思う俺は間違ってないと思う。


 話を戻そう。確かにこの物語を初めて聞いた時、ルエラは『よくあるおとぎ話』だと思った。

 ただ、この伽話には前世のそれと大きく異なる点が一つ在った。

 これは親父から聞かされた話だが、この伽話はこの国に古くから伝わる、確かな歴史の1ページなのだそうだ。




 エスティア母さんの美味しい朝食を食べた後、ルエラはルビア姉に連れられてお使いに来ていた。

 エスティア母さんが言うには、昼食で使う予定だった調味料を切らしてしまったので、午前中は家事で手が離せないから代わりに行ってこいとのことだった。

 これは元々ルビア姉が頼まれたことであったが、なんだかんだと理由をつけられて連れていかれる事になったのだ。

 …ぐぬぬ、インドア派の俺になんてことを!


 とは言え、我が家には本やテレビ、ゲームといった娯楽の類がほとんどないので、家にいたところでルエラは暇を持て余すだけだった。

 せっかく自由に歩けるようになったのだから、外に行ってこの村と周辺を探索しようとしたこともあったが、残念ながら1人では行かせてくれなかった。そう思えば、姉の話は渡りに船である。


 そうして結局ホイホイ着いてきたのは良いが、何処に行くかは聞いていなかったルビア。

 …思い立ったら即行動!俺の信条だ。ただ、今決めたのは内緒だ。


 「お姉ぇ、どこ行くの?」

 「ん?村長の家だよ。」

 「ソンチョー?」

 「えっとねぇ…ほら、あそこ!あの1番大っきい家。」


 なるほど。どうやらこの村の村長は調味料を売る仕事をしているらしい。珍しい人だ。

 …最も、俺は一般的な村長なんて知らないがな。はっはっはっ。



 それから5分くらいかけて村長の家とやらに着いたルエラとルビア。だが、そこに調味料はなかった。

 …なぁ、姉よ。我々は買い物に来たのではないのか?なぜ、村長の奥さんにお茶出しされているんだ?なぜ、俺はもてなされている?なぜ、お前はなんの躊躇いもなく寝っ転がっている?どうしてそんな、さも当然みたいに寛いでるんだお前はあああ?!


 「ねぇ買い物は!いいの?」

 「いいよ。」

 「そっかー。」


 いいよ。じゃないんだわ!

 お主がなんと言われようが、わしゃ知らんぞ!


 ルエラが疑惑の目で見つめているのを気にする素振りもないルビア。この姉にしてこの妹ありと言うべきか、この二人姉妹揃ってスルースキルが高すぎである。


 「いらっしゃい。ルビアちゃんにルエラちゃんも、よく来たねぇ。」

 「あ、村長さん!」


 姉の自由奔放すぎる姿を呆れ半分驚嘆半分で眺めていると、奥の方から村長さんと呼ばれた爺さんが出てきた。その爺さんは全体的に痩せ、あまり健康そうにはみえない。

 …ってあ、この人どっかで見たことある人だと思ったらあれだ。1歳の誕生日の時にうちにお祝いに来た老い先短そうな老人だわ。

 はえーこの人村長さんだったんか。ほな挨拶くらいはしておきますか。


 前世でコミュ障陰キャだったとは言え、一応最低限の礼儀はある様子のルエラ。

 軽く笑みを浮かべ、ぺこっとお辞儀をする。


 「こんにちわ!」

 「おおールエラちゃん、こんにちわ。自分から挨拶できるなんてえらいのぅ。」

 「ルビアが教えたんだよっ」

 「おおーそうかそうか。ルビアちゃんもえらいのぅ」

 「えへへ…」


 …なっ!?この爺さん、捻くれてないぞ!

 なんてことだ。俺はてっきり、前世でよく見た生涯現役を貫く融通の利かない爺さんだとばかり…


 どうやらご老人に対してかなりの偏見を持っていた様子のルエラ。

 だが改めてよく見れば、村長は相応の博識そうな皺を刻んでいるし、村長としてのオーラや威厳を放っていた。

 それに納得したのか、心の中で二度頷いたルエラは村長への評価を『いい人』に変えていた。


 だが、先程の会話には納得がいっていない様子のルエラ。

 …『私が教えたんだよ』って、俺はあんたに言われた覚えはないぞっ!なんでそんな嘘を……はっ!まさか、8歳にして承認欲求モンスターなのか!?姉よ!


 自らが立てた雑念混じりの推測に愕然とするルエラ。ちらりと姉の方を見やると、何やら村長と楽し気に話していた。

 一体何を話しているんだろう。気になったので聞き耳をそばだたせる。


 「…それでね、ママがね、パパが戦士様に似てるっていうの。でもっ、戦士様はパパよりかっこいいと思うの。パパは戦士様より弱いの。」


 なんということだ。聞こえてきたのは8歳の娘による父親下げだった。オトウサン、カワイソウ。

 …でも、なんでだ?あの親父は戦士様とやらと比べればたしかに分が悪いが、それでも筋肉が無いわけじゃないし、体が小さいわけでもない。それどころかイノシシとか鹿とかの動物を狩ってくるくらいだ。強いと言われこそすれ、弱いと言われるところはないはずだが…。


 「でねっ、ママは聖女様に似てるねっていうと喜ぶの!」


 …子供は時に、残酷だ。



 姉と村長の会話を聞いて心の中で合掌していると、隣から村長の奥さん…村長夫人とでも呼ぼうか?…がルエラに声をかけた。


 「ルエラちゃん。そのお菓子、おいしくなかったかい?」


 村長夫人はそう気づかわし気に(たず)ねてくる。どうやらルエラが遠慮してあまり食べていなかったことに気づいていたらしい。

 しかし、実際にはルエラが村長とルビアの会話に気を取られていただけで、村長夫人に出してもらったお菓子がお気に召さなかった訳では無い。

 それに加えて、この世界では甘味は貴重なのである。原料となる砂糖は流通も少なく、甘く加工するという文化自体が薄いと言ってもいい。

 なので、本当はもっと食べたいと思っていても遠慮して自制するのは、ルエラの日本人的感性の成す技といったところか。


 「っ…」


 誤解を解くべく言葉を発っそうとしたルエラだったが、直前であることに気づき引き返す。

 …今の俺は3歳児。はて、3歳児が「ごめんなさい。お菓子なんて貴重だから、ちょっと遠慮しちゃいました。」なんて言うだろうか。

 …否である。


 ルエラは適当な言い訳が思い浮かばなかったのか、フルフルと首を横に振り否定を示した。

 何故こうも変なところで真面目なのだろうか。


 「あらそう。もっとたくさん食べていいからね。」

 「はいっ。」


 努めて元気な声で返事をするルエラに、夫人は満足そうに頷いた。


 先程まではあまりがっつくのもどうかと思っていたが、提供してくれた本人に薦められてなお遠慮するようなルエラではなかった。

 思考パターンが、前世で母に仕込まれた『貰えるもんは全部貰っとけ精神』に切り替わったのだ。


 出された分のお菓子を食い尽くす勢いでパクつくルエラをしばし眺めていた夫人は、その勢いが落ちてきたあたりで、唐突に切り出してきた。


 「それでルエラちゃん。あなた本は好きかしら?」

良ければ評価お願いします!

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