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異世界で試したい幾つかのこと  作者: Einzeln
第1章
7/11

06 ルエラ

イヴですね。2次嫁と酒の準備はOK?

 母親、姉、隣人の奥さん、スタイル良い姉ちゃん、老婦、そして女の子が『□□□□□』


 父親、隣人の旦那さん、ガタイの良いあんちゃん、老夫、そして男の子が『□□□』


 なるほど。ここまでなら分かる。

 □□□は男性をさし、□□□□□は女性をさしているのだろう。


 ではなぜ、我が姉は俺を指して女の子と言うのだろうか。

 ルエラはまだ若く柔軟な脳みそをフル回転させ、あらゆる可能性を模索した。


 そして、弾き出された考えられる可能性は2つ。


 1つ目。姉がルエラを女の子だと勘違いしている。

 …なるほど。確かに俺は今赤ん坊だから間違えるのも仕方ないだろう。


 2つ目。ルエラが本当に女の子だという場合。

 …今まで俺は俺自身のことを男だと思っていた。が、確かに今は前世の体ではなく、エスティア母さんの子供である。性別が女でも全く不思議じゃないな。


 ……ってちょっとまてやい!俺女の子なのおおお!?!?俺は、てっきり、あの、なんたらって神が上手いこと転生させてくれると思ってたのに!違ったってことかよ?!

 まじか…いやだってあの時、ちゃんと話し合って決めたじゃん……


 と、そこまで考えて気がついた。


 …あれ、決めたっけ?


 ルエラはあの時の会話を必死に思い返した。何しろ今後の身の振り方を考える重要なことなので。


 …たしかそう、神を名乗る人が……。



 …あれ?何を、話したんだっけ?



 …なんだか濃い体験をした気はする。体感では、それこそ大企業の経営方針を決める会議のごとく熱い討論を交わしたと思っていたんだが……実際には極わずかな薄っすい、それこそ覚えていないほどの内容だった。ってことか!?

 あの幼女、胸も薄ければ話も薄いのかよ!そう心の中で呟いとた端、ルエラは背筋に氷が入るような悪寒を感じた。


 …なんだ、なにか今、思い出しそうだった気がするんだが…。でも、何か嫌な予感がする。この話題には触れないでおこうかなぁ。


 そう考えたルエラは、今浮かんでいた考えを全て頭の片隅に追いやり不干渉を決め込んだ。誰にも知られることなく、ルエラの今後の生命の危機が1つ消え去ったのだった。


 いつの間にかズレていた思考を引き戻し、今目の前にある重要な課題に目を向けるルエラ。


 …今一番問題なのは、俺が女の子かもしれんということ。

 女の子。女の子かぁ。はてさてどうしたものか。わたくし巳納鳥(みなとり) 楓、享年18歳。ここに来て人生最大の難問にぶち当たり申した。おかしいね。死んだ後なのに。


 ルエラは、ちょっとばかしショックだった。そして、自分が女の子になっているなんてとても信じられなかった。確かにルエラは、前世で自己満足で終わったとは言え、アニメ、ゲーム、その他もろもろのコスプレをしていた。前世では身長が高かった訳ではなく、女装しても体型に露骨な違和感がある訳ではなかった。それ故、コスプレの対象となるのは女性キャラクターである場合が多かった。

 そして、生まれ変わった今世でも『機会があるのなら、またやってもいいかな』くらいには密かに思っていたのである。なので今世で女になったのならば、その目的が達成し易くなって良いではないかと思うのだが…。


 「ルエラ、女の子。」

 「………」


 どうやら、そうすぐに納得できる話ではないらしい。

 まだ懲りずに「ルエラ、女の子、わかる?」とのたまっている姉に対して『フンッ』と首を振って反対側を向いた。

 現実を突きつけてきた姉に反抗することで、間接的に現実から目を背けようとしているのか…。なんて小さいのか。


 自分の方を向いてくれないルエラにルビアが悲しそうな顔をし、それに気づいても気付かないふりをするルエラ。それを不憫そうな顔で見るエスティアとレイルがルビアを励ますのは、また別の話である。




◆◆◆




 さて、あの時は立派に現実から逃げられたと思っていたルエラだったが、審判の日は呆気なくやってきた。


 1歳の誕生日の翌日、珍しく朝早くから連れ出されたルエラは、この町、というよりは村に一つだけある教会に来ていた。外からその外観を見たことはあったルエラだが、中から見るとまた受ける印象が異なるというものだ。

 建物の中はお祈りに来る信者が座るための長椅子が、建物中央に通った通路を挟むように整列し、入口から入って正面には赤、青、緑の三原色を混ぜて作られたステンドグラスが綺麗な色彩を放っている。


 ルエラは前世で教会のお世話になったことは無いが、大まかな構造は異世界でも同じなんだなぁと何故か感慨深く感じていた。


 教会は村の中にあり、古くからそこに有るからか村の雰囲気に良く馴染んでいる。だが教会は村に漂う雰囲気を感じさせない。明確に空気が違う。

 …他の建物と違って石で建築されてるからか?


 そんなことを考えているうちに、いつの間にか母親が神父様と話していた。そして、程なくして出てきたシスターに抱えられ、ルエラは教会の地下へ連れていかれた。


 …え、これ大丈夫なん?なんか誘拐されとりません?


 シスターは石で補強された通路を進むと、突き当たりにあった部屋に入る。部屋の中心には小さな子供がちょうど横たわれる位の大きさの台座があり、ルエラはその石で出来た冷たい台座の上に下ろされた。


 「□□□□。」


 シスターが何かを言ったが、今回ルエラの知っている単語はなかった。そのため、ルエラは為されるがままその場で寝かされ、更には着ていた服を脱がされた。


 そこで、ルエラは衝撃の事実に気づく。

 …俺、今日の格好、タオルにくるまれただけだった。


 つまり、家からここに来るまで、産まれたての赤子がバスタオルの繭に包まれるような状態で運ばれていたということ。

 母親だけでなく、若いシスターさんにも。

 …恥ずかしすぎるッッ


 だが、そんなルエラの絶叫など気にも止めず、周りでは何人かのシスターが忙しなく作業をしていた。


 しばらくして、ルエラは腕と足を台座の上で大の字に拘束された。

 シスター達は茶色い革製と思われる謎のグローブをどこからか取り出し、それぞれ右手だけにはめた。

 作業を遂行する間の目は、幼い子供を安心させようだとか、そういった気遣いは微塵もない。欠片も笑っていない。


 異様な空気感に流石にまずいと感じたルエラは、今更ながらに身動ぎする。だが拘束は固く、とてもその未成熟な体では脱出できそうになかった。


 はて、いったいどうしたものだろうか。何度もがいても力が足りずに逃げ出すことは出来ない。ならば、別の手段で抵抗しなければならない。

 それは例えば、文明人の証拠たる言論で。


 「いや!イヤっ!」


 口から出たのはこの世界で、唯一ルエラが知っている拒絶の言葉。シスターとて聖職者ならば、信徒の叫びに耳を傾けない訳にはいかないだろうという希望的予測からの反撃だった。

 …どうだシスター。貴様が弱い子供を力でねじ伏せているのに、その子供は言葉で戦っているぞ!悔しくないのか?


 そんな事を心中で考えながら、半ば煽り気味にガンを飛ばすルエラ。


 ……先程の言葉を訂正しよう。全くもって文明人らしくない、というか幼稚すぎる考え方、これではまるで子供だ。

 いや、実際ルエラの見た目は子供なのだが。


 …俺のセリアスでの命はここまで、か。短かったなぁ。

 そんな事をぼんやり考えていると、さっきまで母親と話していた神父様が部屋に入ってきた。


 「□□□□□、□□□。」

 「□□。」


 神父様はシスターといくつかやり取りをしたあと、ルエラに向かって話しかけてきた。

 残念ながら何を言っているかは分からなかったが、その声音からは優しさを感じることができ、ひとまず命の終わりは迎えずに済みそうだと安堵した。



 神父様はおもむろに、手を指揮棒のように動かした。すると、どこからともなく空中に浮遊する石版が出てくる。


 …なっ!?

 ルエラはいたく感動した。これが魔法かと。前世で夢にまで見たあの光景が今、目の前に広がっている。その発動の唐突さ含め、あまりのカッコ良さに体が震える思いだった。

 だが神父様はそれをルエラが怖がっていると勘違いしたらしく、その顔を歪に歪めて『いないいないばあ』をした。

 きっとあやそうと必死になっているのだろうが、なかなかにいい歳したダンディなおっさんが、その人生を刻んでいるかのごとき立派な顎髭を揺らしながら必死であやすその姿は、大層シュールだった。

 …感動も涙も全部ひっこんだわ!


 とは言え何とか安心させようと真面目に…本人曰く真面目にあやしてくれているので、はてどうやって返すべきか思案していると、3人いたシスター全員から批判的な雰囲気の言葉が神父様に飛んだ。神父様は一瞬たじろいたが、ルエラの方を指さすと自らの功績を称えるように、その偉業を誇示するように反論した。

 そして、ルエラは悟った。この神父、絶対に、あやすつもりで子供を泣かした前科があると。


 シスター達は呆れたようだったが、神父は鼻高々に作業に戻った。鼻歌まで聞こえる。

 これにはルエラも残念なものを見る時の顔で神父の背中を眺めていた。


 しばらくして神父もシスターと同じ茶色のグローブを嵌めると、仕上げと言わんばかりに手を大きく横に突き出した。

 するとそれに合わせて、浮遊していた石版がルエラに覆い被さるように移動してきた。見た限り100kgを超えるそれが自分の上に来たことに一抹の不安を抱えていると、それを見止めた神父がまた『いないいないばあ』をやってくれた。

 …ふざけんなや!それでその岩の操作ミスったらどうするつもりじゃ!

 俺をミンチにする気か!?


 やはり神父は味方じゃなかったと言わんばかりなルエラ。だが、罪深きこの男を止める天使がこの場に降臨した。3人の天使は過激な口撃を繰り出し、神父の罪を未遂で防いだのだ。

 …さっきは力でねじ伏せる悪役にしてごめんなさいシスター。


 ルエラの思考も文明人らしく落ち着いてきたところで、神父もしぶしぶだがあやすことを止めた。そのおかげで心にゆとりが出来たルエラは改めて石版を見やった。すると、脇目で見ていた時には分からなかったが、いかにもな『魔法陣』が岩の底面に刻まれているのを発見した。魔法陣が刻まれた石版には光沢があり、さながら鏡のように反射している。そこに写るのは当然、向かい合っているルエラの裸体であった。


 そしてルエラはこの時、この世界に来て初めて、ルエラとしての自分を知ることとなった。



 髪。母親であるエスティア譲りの金髪。前髪は短い。サイドで捻られ、後頭部付近でピンで止められている。


 顔。まだ赤子の名残がある。瞳は母親と同じどこまでも透き通る金色。頬はぷっくら柔らかそうだ。


 肌。透き通るような白い肌。ニキビも吹き出物もなく、若さ特有の瑞々しさがある。確かに血の通いを感じる、健康的な肌。


 上半身。華奢な肩、脆そうな身体。手も小さく、指は細い。若干腹が出ている。腹毛は無い。柔らかそうな腹だ。


 下半身。華奢な大腿、細い足首。そして、ああ、なんてことだ。男ならばそこにあって当然のもの、男の象徴であり、威厳であり、もう1人の自分とも言える存在があるべきところ、そこには……何も無かった。




 こうして俺『巳納鳥 楓』は、私『ルエラ=アルター』としての人生を踏み出した。

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