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異世界で試したい幾つかのこと  作者: Einzeln
第1章
6/11

05 私とは

 「いああきます!」


 口に出したのはこの世界の言葉での食事の挨拶。舌ったらずだが、確かに紡がれたそれ。唐突に赤子が告げたそれに、三人とも食事の手を止めて驚いている。

 フフフ。さっきは見事に驚かされたからな。これはお礼のサプライズ返しだ。俺は父と母の前では「パパ」「ママ」「お姉ちゃん」「あっち」「そと」くらいしか喋っていないので、さぞや驚いたことだろう。


 得意げに笑ってみせると、母親と父親は嬉しそうに話し始めた。だがやがてそれは鳴りを潜め、だんだんと相談しているような会話になっていった。ときどき、「いやいや」とか「でも」といった単語が聞こえてくる。

 ふむふむ。否定の単語が多く使われているということは、それはつまり口論になっているということでは?

 ハッ!もしや俺のことを天才だと勘違いして、どこぞの研究機関にでも俺を売る相談をしていらっしゃるのですか!?そんなッひどい!…うん?なんだ姉よ。俺は今人生の分岐点にいるかもしれないのだぞ。大事なところなんだ。邪魔してくれるな。え?被害妄想だって?ハハハ、それな。


 こんな優しい母親だ。ちょっと失礼な考えだったと反省する。


 「ルエラ、しゃべる?」


 席を立ってこちらに来た姉が話しかけて来る。姉は母親から言われたのか、それとも母親が俺に話しかけるところを真似したのか、俺と話すときはなるべく単語だけで話しかけている。


 以前はそんなことなかったのだが、何がきっかけになったのか、ある時を境にべらべらとマシンガントークしていた姉は俺の前から消えてしまったらしい。

 それでも話しかける頻度が減ったわけではないので、言葉を覚えるきっかけになる姉には感謝している。


 ちなみに姉が最初に俺に覚えさせた言葉は「お姉ちゃん」だ。そのまま呼ぶのはなんかこっ恥ずかしいのだが、姉ちゃんと呼ぼうにも「お」にあたる部分をとっても言葉が成立するか分からないので、今は教わったまま話している。


 例えるなら、英語で「シスター(姉)」というところを、日本語と同じように頭の一音を敬語のためのものだと考えて取っ払うと、「スター(星)」となり意味が通らない。みたいなことだ。


 先ほど父と母の前ではあまり多くの単語を話していないと言ったが、こと姉の前は例外である。彼女は話せば話すだけ、新しい言葉をくれる。


 「しゃべる」


 適当に返事を返すと、姉は嬉しそうに笑った。


 「□□□。分かる?」

 「…?」

 「□□□。」


 姉はまた新たな単語を教えようとしたらしいが、上手い教え方が思い浮かばなかったのか、うんうんと唸った後にキッパリと諦めたらしい。

 別の言葉を教えることにしたっぽい。


 自分を指さし一言。「□□□□□。」

 母親を指さし一言。「□□□□□。」

 父親を指さし一言。「□□□。」

 最後に俺を指さし一言。「□□□□□。」


 「わかる?」


 いやわかんない。だが勝負はこれからだ。幸いにも今回は比較対象が多いので、割と早く理解できるだろう。

 さあ、共通点はどこだ?違うところは?………………



 気がついたら既に姉は自分の席に戻っていた。俺が考え込んでいたのでつまらなくなったんだろう。

 父と母もいつの間にか相談をやめて食事に戻っていた。


 なんだかんだ言ったが俺も腹が減ってきた…新しい単語はまた今度にするか。


 そう考えたルエラは三人に続いて食事に戻った。しかし碌に会話もできないのでは退屈を持て余すのか、どうしても頭の中で考え事をしてしまうのだった。


 …三人の微妙な空気を払拭したから忘れてたけど、結局さっきの歌はなんだったんだろう。この世界にきてから今まで子守り歌の一つすら聞いたことがなかったのに…。いや、逆に考えよう。今まで聞いたことがなかったということは、『歌』にはきっと何か特別な意味があり、普段は歌うようなもんじゃないという線…うーん自分で考えておいてなんだけど微妙だなぁ。


 ルエラは悶々としながら、ふと変化を求めて部屋を見回した。するといつもは無い装飾がリビングのあちこちに取り付けられていることに気づいた。

 そこにはルエラには読めない異世界語で書かれた文字と思われるものや、やたらと強調された縦に一直線の棒、それから花束だとかが飾られていた。


 むむむ。この雰囲気、どこかで感じたことがあるような…


 いつもは無い装飾。

 俺以外の全員の合唱とともに運ばれるロウソクの刺さった料理。

 そして主役と思われる、俺。

 全体の空気はまるで俺を祝福しているかの如く。


 …あ、分かったわ。これってもしかしなくても、俺の誕生日じゃないの!?


 そう考えたら色々納得がいく。例えばさっき言われた『1』という数字も俺の1歳の誕生日を祝っているからなのでは?


 とか


 部屋の飾りの中でよく目立つ縦長の棒は、この世界の『1』という数字に当たるのではないか。


 とか。


 それに…。と、ルエラは先ほど姉が教えようとして諦めた単語に見当がついたようだった。

 ルエラは一瞬迷ったような素振りをしたが、すぐに引っ込めて自信あり気に言い放った。


 「たんじょおい!」

 「「「!!」」」


 すると、三人は先ほどと同じような反応を示した。


 …おっ?今の反応はもしかしなくとも正解だったか?

 そっかー、俺ももう1歳かあ。あ、でもそれってここに来てから1年ってことなのか?どうなんだ?


 ルエラが三人の方を見やると、父と母は目を丸くして驚いていた。姉はというと、こちらもまたビックリしているようだがそれ以上に目が輝いていた。それはもう、ギンギラギンに。全くもってさりげなくない。


 「誕生日!」

 「たんじょーい」

 「うん!ルエラ、□□□ルエラ□誕生日!」


 おおーすごい。まだまだ虫食いがあるけど、今けっこうリスニング出来てたよね?いやーこれは言葉が分かるようになる日も近いですなぁ。はっはっはっ。


 ルエラがこの世界でもやっていけそうだと初めて感じた瞬間だった。


 上手く伝えられなかったにも関わらず理解した様子のルエラがお気に召したのか、おもむろに姉が手を上げた。そしてさっきと全く同じ動きをする。それはもう期待に目を光らせながら。

 …そんな目で見られたら応えずには居られないじゃないかよ!普通にここで分かってあげなきゃ男が廃るわ!

 そう意気込んだが…。


 自分を指さし一言。「□□□□□。」

 母親を指さし一言。「□□□□□。」

 父親を指さし一言。「□□□。」

 最後に俺を指さし一言。「□□□□□。」


 「わかる?」


 ……わかんない。



 ルエラ、ダメダメであった。




 今日の夕食は色々あってとても賑やかに、楽しく終わりを迎えた。

 ただ、唯一姉が残念そうな顔でルエラのことを見ていたのだが、本人は全く気にしてはいなかった。それどころか、『姉君に人には出来ないことがある。ということを分かって頂くいい機会になった。いやぁ良い仕事としたなぁ』『うん。素晴らしい。なんて教育的だ。』などと宣っていた。

 確信犯である。


 さて、先程いろいろあったと言っていたが、実はルエラ、今回から普通の食事を食べさせて貰えるようになっていた。久しぶりに食べる肉は美味であり、その味はルエラが瞳に涙を浮かべる程だった。

 これからは皆と同じのが食べられると思うと心が踊ったね。とはルエラの(げん)である。


 それだけではない。あの後、近くに住んでいるご近所さん達が変わる変わるやってきては、やれプレゼントだ花束だと土産を持ってきて酒を引っ掛けていくというイベントが発生していた。


 来る人はみな同じことを言ってくるので、ルエラはそれだけで「おめでとう」「ありがとう」を覚えることに成功した。セットだったので覚えやすかったのだ。


 それで、だ。ここからが本題なのだ。


 ルエラを祝うためにそれはもうたくさんの人がやって来た。ガタイの良いあんちゃんにスタイルのいい姉ちゃん、熊みたいなおっさんが来たと思えば今度は老い先短そうな老夫婦、ルエラも見た事のある隣人の子供を抱えた奥さんとその旦那さんなどなど。それと姉とそう年齢の変わらなそうな子供が何人か来たが、その少年少女は全員姉の友達だったらしい。

 …ケッ、うちの姉はリア充かよ!


 どうやらルエラの古傷が抉られたらしい。

 まあそんなことは脇に置いといてもいいだろう。


 姉はルエラに言葉を教えることをまだ諦めていないのか、それとも意地でも教えるつもりなのか、人が来るたびに指をさしていた。


 ガタイのいいあんちゃんを指して「□□□。」

 スタイル良い姉ちゃんを指して「□□□□□。」

 熊のおっさんを指して「□□□。」

 老夫を指して「□□□。」

 老婦を指して「□□□□□。」

 隣人の奥さんを指して「□□□□□。」

 その旦那を指して「□□□。」

 姉の友達の女の子を指して「□□□□□。」

 姉の友達の男の子を指して「□□□。」


 そして、最後にはルエラを指して言う。


 「ルエラ、□□□□□。」

承認欲求モンスター

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