04 俺とは
何度目か分からない告白だが、俺は陰キャだ。童貞だ。だが、俺は信じていた。こんな俺でも、いつか卒業できる日がくるのだと。大学生になれば、華々しい人生の夏休みと共に刺激的な体験ができるのだと!
しかし、もう、その願いは叶わない。
なぜか?
簡単な話だ。もう俺には…いや、私にはいないのだ。一緒に卒業しようと誓ったアイツが。夜な夜な熱く語り合ったアイツが!
俺は窓から注ぐ朝日を浴びながら絶賛まくらを濡らしている。思い出すのは3年前。俺がここ、セリアスに来たばかりの頃の記憶だ。
◆◆◆
この世界での母親と衝撃的な邂逅を果たした俺は、穏やかな陽気に誘われ眠ってしまっていたらしい。目が覚めるとそこは森の中ではなく、丸太を積み上げて建築したログハウスさながらの家の中だった。
…知らない天井だぁ
「ぁぅう…」
某有名なセリフを呟こうと口を開いたが出てきたのは赤子の声。
そっか。俺いま赤ちゃんだったわ。しかもベビーベットっぽいのに寝かされてる。
現状、右も左も分からないのでとりあえず辺りを見て回りたいのだが、なんと残念お生憎。こちとら首が座ってないんだわ。おかげで何もすることがない。天井と睨めっこでもしてろってか?ノンノンお生憎様。こちとら目もろくに見えないっつーの。
しかしなんだ。赤ん坊ってのは何もしなくて良くていいご身分だな。なんて前世の親戚の赤子をみて思っていたが、自分がなってみると退屈だ。
あまりに暇なので1人でしりとりでもしようかと考え始めた頃、やっと母親が姿を見せた。
おい。あまりにも遅すぎやしないか?
「あぅぅ。」
文句を言ってやろうとしたが、この体で何を言っても同じだった。
「□□□□□。」
というか、母親の言ってることがサッパリだ。考えてみれば当然だがここは異世界。言語が全く違う。だからもし日本語が喋れたとしても意味は無い。
前途多難とはこの事をいうのだろうか。
しかしこの母親、何をしに来たのだろう。俺の顔を見てはしきりに面白そうに笑う。…もしかして、今世の俺はそんなに不細工なのだろうか?
別に前世でイケメンだった訳では無いが、ルックスだけならそう悪くないはずだった。実際告白されたこともあった。小学生のときだけど。でも中学でもそれなりにいい雰囲気になった娘はいた。いたったらいたのだ。
高校生?知らんな。何しろ俺は過去を振り返りまくる男だったから。
…もしダメだったら、前世の小中のような体験は出来ないだろう。
今世での最悪のシナリオを考えて身震いしていると、それを寒がっていると勘違いしたらしい母親が俺を抱き上げた。すると視点が高くなり見える景色が変わる。
ちらりと見えた窓の外は茜色と青紫色のグラデーションが塗りたくられ、少し離れた場所に森の木々の先っちょが見えていた。だがそこから下を見ることは出来ない。
おそらくこの部屋が2階か、またはこの家自体が高台にあるのだろう。
どうやら景色は良さそうだ。でもちょっとしか見えないからもどかしい。自分1人で見れるようにならないかな。というか早く動けるようになりたい。赤ん坊になって早々だがこればかりは致し方なかろうて。
これからどうしよっかなーなどと物思いに耽っていると、ふと衣擦れの音が聞こえた。視界をそちらに向けると、母親が俺を片腕で抱きながら上手いこと半裸になっていた。
…俺は大人しく食事を取って、また眠りに落ちていった。神よ、俺は悪くないぞ。
起きて、飲んで、寝て、起きて、退屈して、飲んで、寝て、またある時からはドロっとした離乳食と思われるものを食べ、寝てを繰り返す毎日。それなりに長い間ここにいて分かることが増えてきた頃、その日がやってきた。
俺は完全に乳離れして乳食みたいな何かを食べるようになった頃から、ご飯は家族と一緒にリビングで食べるようになっていた。その日の夕飯もまた、いつもと同じようにテーブルの母親の席の隣に座らされ、対面に姉、その隣に父親が座っていた。
ちなみに姉と父親だが、俺が初めて彼らを認識したのは、父親はこの世界に来た当日。姉がその3日後くらいだった。
この数ヶ月で分かったのは、姉は自由奔放な性格で両親を困らせることも多いが、明るく元気な、つまりよくいる子供ということ。歳は5歳くらい。母親譲りの金髪だが、瞳は父親譲りのエメラルドカラーだ。あと、姉の名前は【ルビア】。
父親はブラウンがかった金髪の若い男である。体格はそれなりに良い。いわゆる細マッチョというやつだろう。彼は毎日、俺がまだ寝ている朝早くに家を出ているようで、俺のところに顔を見せるのは夕飯時以降だ。彼が何の仕事をしているのかは不明だが、この間イノシシらしき動物の死体を背負って帰ってきたので、ひょっとしたら猟師かもしれない。そんな父親の名前は【レイル】だ。
彼ら2人は俺の対面の席に座って何やらウィスパーで話している。何度か言葉を交わす度にこちらを見るのを繰り返しては、同じような顔でニマニマ笑っていやがる。
まるで何かを企んでいるようだった。
父親と姉を注視していると、ふと二人の視線が俺の後ろに向かった。
コツコツと足音が近づいてくる。母親が料理を運んでいるのだろう。
母親の名前は【エスティア】。正確な年齢は分からないが、20代前半なのは間違いないだろう。姉が駄々をこねたときは怒鳴らず優しく諭し、父親と喧嘩をしたところも見たことがない。俺はまだ簡単な単語しか分からないが、雰囲気からも普段の生活からも彼女のやさしさが垣間見えるってものだ。
母親の作る料理は基本的に野菜や木の実が多く使われていて、とにかくいい匂いがする。前世では見たことのない料理だが見た目も良く、そこに肉が加わるとそれが更に顕著だった。
早いところ彼女の料理を食べてみたいところだが、赤子の俺に与えらえれるのは離乳食らしきなにか。これも母親のお手製なのだろうが、如何せん味がないので食べ飽きてしまったし、美味いとも不味いとも思えないそれは食べることの楽しさを薄れさせるようであった。
そして極めつけは父親と姉の二人だ。こいつら俺の目の前で母親の手料理を旨そうにまあ食べること食べること。
なんだあ?毎日同じ物食ってる俺のことを煽ってんのかぁ?おいっ、俺にもよこしやがれ!
そう思ってぐいっと手を伸ばしたこともあったが、あの時はひょいっと躱されて、なにやらお説教らしきことをされた。
…チクショウ。俺も早く食べれるようになりたいです。
毎日離乳食生活を父親と姉にガンを飛ばして八つ当たりしていると、突然二人がでかい声で話し始めた。しかも二人とも同じことを喋っている。
なんだなんだと思っていると、後ろから母親の声も混じってきた。
彼らは同じ音程を、同じ言葉を、同じタイミングで発している。
そう、それはまるでメロディーを奏でるように…って、これってもしかして『歌』か!
なにやら三人そろって合唱を始めたらしい。いや唐突だなあ。
などと思っていたら、母親が大皿に乗った肉料理を運んできた。見た感じ前世の鳥の丸焼きみたいな料理だ。
ただ、一点だけ違うところがあるとすれば、肉のてっぺんに蝋燭が刺さっていること。
…セリアスには丸焼き料理に蝋燭を刺す文化があるのだろうか?
はて?と心の中で首をかしげていると、父母姉が一斉に喋った。
「「「ルエラ!1□□□□□□□!!」」」
聞こえてきたのは【ルエラ】という今世の俺の名前と、1という数字。そう。俺はこの異世界暮らしの中で1から3までの数字を覚えることに成功していた。使われる頻度が高かったからな。あとハイハイで移動できるようになっていたのが主な要因だ。
そして俺の名前だが、今世の俺の名前は『ルエラ』というらしい。初めて知ったときはなんとなく女の子っぽい名前だとおもった。でもそれは俺の感性が多分に影響しているせいだろうから、あまり気にしないことにしていた。
しかしなんだ、皆一様に笑顔で俺のことを見ている。さっきも俺の名前を呼んでいたことから、恐らくこの場の主役は俺なのだろうが、一体なにがしたいんだ?というか、もしかして何か反応しないとヤバくない?俺たぶんびっくりして固まってるよね?
そこまで考えたところで三人の間に困ったような雰囲気が漂い始めた。
ほら言わんこっちゃない。でも、ごめんなさい。俺、こういう時どうしたらいいか分からないの。笑えば、笑えばいいと思うよ、俺。
…うん。とりま笑っておこう。
スマイルは大事なコミュニケーションだって、前世で見た動画で言っていた。
最も俺は、それが出来なかったからボッチ陰キャだったのだが。
俺は頑張って口角を吊り上げた。ちょっと歪で、哀愁と諦観のこもった笑顔だったかもしれない。だが、三人の纏っていた不安は無くせたようだ。彼らも笑顔で食事を始めた。
…よかった。間違いじゃなかったらしいな。
ほっとした俺も、彼らに続いて夕飯を食べる。
しかし、サプライズを食らっただけでは面白くない。ここは1つ、なにか仕返しをしてやりたいんだが…うーん。あっ。
俺は1つだけ浮かんだ名案に飛びついた。
そしてニタっと笑ってこう告げる。
「いああきます!」
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