02 転生
「それでは、転生するにあたって言っておきたいことがあります。
転生先の世界では魔法があると言いましたが、魔法には適性というものがあります。これは向こうのヒト種には生まれながらに備わっているもので、逆に言えば適性がないと生きて行けません。というのも、向こうの大気には、これまたデフォルトで魔力というのが存在し循環しているのですが、コイツが生身の生物には些か毒なのですよ。なので、向こうのヒト種は『魔法適正』という魔力への免疫をもっているのです。」
「なるほど魔力は毒と…。」
「えぇ。それで、別にこの適性が無くとも魔法は使えますし、生きることも出来なくはありません。…最も、もって5年でしょうけどね。」
「もって5年…え、俺向こうで5年しか生きられない、とか?そういう事を伝えておきたかったと?」
「いいえ。そうならない為に。ということです。異世界に胸を躍らせておいて、向こうの遺伝子欠損児のように、魔力に蝕まれて死にたくはないでしょう?
だから、転生先でそういった個体に当たらないように、態々あなたの為に新たな体を用意するのですよ。ということで…あなたの魔法適正についてですが、どうしますか?」
「どうしますかって、そんなこと決められるのか?」
「当然です。あなたは今現在実体を伴っていないのですから、その程度造作もありません。できなかったら神が廃れます。それで、どの適正がよろしいですか?」
決めても良いのか?という意味だったんだけども…まぁ自由にできるならそれでいいか。
そうだな…個人的には氷属性がいいかな。でも闇属性とかもなんか惹かれるよなぁ。う~ん…
「参考程度にご助言しますけれど、属性は【火・水・土・風・光・闇】がベースで作られています。ちなみに、光というのは俗に言う聖なる力を宿しています。そして、これらの他にもいろいろありますがそれらの殆どが複合属性や派生属性、また位階の上下です。例えば、水属性の派生には氷属性があります。
それに、属性をどれだけ扱えるかは自分次第です。そこまで悩む必要はないですよ。」
「そうだな、確かに悩み過ぎるのもよくないな、それじゃあ俺の適正は氷属性にしてくれ。」
「わかりました。ですが、先ほど言った通り氷属性は水属性の派生です。最初からは使えないので、何か別途違うものも選んでいただけますか?」
「そうなのか?てっきり神様のスーパーなパワーで何とかするのかと思ってたんだが、そういうのはできないのか…。」
「様式美です。」
…オイっ
「水属性で頼む。」
「承りました。」
「では次。何かあなたが欲しい能力はありますか?パワーバランスを崩さない程度に授けてあげなくもありません。」
の、能力だって!?それはほら、アレかい?いわゆるチートかい!?貰っちゃっていいのかい!?期待しちゃって良いのかい!?
「待ってました!!これ、これですよ。俺が待ち望んでいたことは!っっぱり転生したならチート能力でまったりスローライフでっせ!
そしてその為に!俺は万物を作りだす能力を望む!」
「却下。」
「ならばーー!あらゆる知識を身に着ける能力。」
「却下。」
「深淵より出でし操りの力。」
「何ですかその無駄に痛々しいの。ていうか却下です、容認できません。私言いましたよね?世界のパワーバランスを壊さない程度ならだって。」
「そ、ソウダッケ…オレ、シラナイヨ。」
「アルツかっ!」
「誰がアルツハイマーだっ、だれがッ。…はぁ、まあ悪かったよ。さっきのは流石に冗談だよ。」
「あれ、意外と素直だ。」
「…まあいいや。それで、俺の能力だよな。それじゃあ、乗り物を作る能力ってのはだめか?」
「さっきのと大差ない気がしますが…」
「さっきのは何でも作れただろ。でも今度は乗り物って限定されてるからさ、そこは違うと思うぜ!」
「…あなた、戦車とか戦闘機とか大型戦艦だとかつくるつもりでしょう。…怪しいので却下で。」
「流石にひどくないか…。」
思いっ切りやるつもりでした!てへっ!って気持ち悪いわ。男がやるぶりっ子ほど需要がないものは存在しないな。
にしても能力。能力。う~ん、そうだなぁ~。
「なぁ、そもそも能力ってなんなんだ?俺が考えてるのはこう、一人一人が持つ、何かに特化した別々の力なんだが…。」
「違いますね。」
「違うんかいっ!」
思わずデカい声にわざとらしい身振りで突っ込んでしまった。おかしい。俺はこんな性格じゃないはずなのに…。
「はぁ。まぁそうですよね。説明してないですもんね。」
こちらに合わせてオーバーな動作をしているのか、自称神とやらはまるで欧米人が『ヤレヤレだぜ』とでも言う時のように肩を竦めて俯き加減で首をフリフリ…なんて透かした野郎だっ!
「いいですか楓さん。能力というのはですね、決して超常の力では無いんですよ?」
今度は声のトーンを無知な子供を、いや赤子をあやす時のような調子にして下から俺の顔を覗き込むようにして目を合わせてきた。しかもその顔にはニタニタとした笑みを浮かべ、瞳には嘲りの色が浮かんで…
く、クソ!間違いねぇこの幼女、クソガキだぁああ!
「オイてめぇ。だれがガキだぁ?」
「ガキ?ははは、一体誰のことでしょうねぇ。わー僕分かんないなぁ。」
自称神の顔がヒクついた。
それになんだろう、著しい生命の危機を感じるのだが……。
「ネエカミサマ、ボク、ノウリョクノコト、シリタイナァ。」
「……」
この場に今、天使が通った。そんな気がする。
「天界に、天使はいません。」
「あっはい。」
「……」
「……」
「………能力とは、確かに個々人が持つ力です。しかしそれは、全てが異なる訳では無く、また全てが等しい力ではありません。弱く、脆く、力を持たぬ無能と呼ばれる者も、強く、あるいは賢く、あるいは美しくある者も、人には産まれ付き、向き不向きというものがあります。
そして、それを決定する存在。それが能力です。」
「…それはつまり、人が持つ不変の才…産まれ持ったセンス、ということか?」
「そうとも言えるでしょう。ですが、ちょっと違う。でもあなたに教える必要は無いし、教える気もない。知りたければご自分でどうぞご勝手に。」
能力。何となくだが理解出来た気がする。要するに能力というのは天賦の才能のことか、成長の方向の進みやすさといった具合だろう。
先程俺が言っていたような強力無比で突出した存在ではなく、ごくごく普遍的な、才能のお話。
普遍的で目新しさの欠けらも無い。
だが、それは変えることのできない絶対の壁として聳える障害だ。凡人と天才を、あちらとこちらに分断した崖だ。
それを、容易く変えてしまうと言うのか?
俺よりも後に始めようが、気づけば先にいる。
アイツは優秀で、俺は凡愚。
あの人は中心で、俺は外野。
憧れるのが俺で、憧憬を抱かせるのがキミ。
遠くに行くのが彼で、どこにも行けないのが俺。
手を伸ばせば届くのが天才。
手を伸ばしたようで伸ばせてすらいないのが俺。
やけに楽観的で、マイルールがあって、どうしようもない程バカなアイツ。
やけに楽観的で、マイルールがあって、どうしようもない程バカな俺。
アイツは常に未来を見ていた。俺は大抵過去を見ていた。
戻りたいと、そう思っていたから。戻れたとしても、何も変われないのに。
…仕方ないじゃないか。俺は常に、諦めていたんだから。何も、何も、期待しなければそれで良かったんだ。
そうしていたから、俺は常に笑っていられたんだ。
「あなたの過去を垂れ流すのは勝手ですが、そろそろ決めて頂けませんか。」
「っ…あぁ、すまんな。」
気がつけば随分と陰気臭い空気が漂っていた。いかんいかん、どうにも思考がネガティブだな。
咳払いを1つ。改めて能力について考える。
能力、それは成長の方向性。それは人生の向かう先を決めることと同義だろう。
せっかく与えられた2度目の生だ。どうせなら前回とは違う道を歩みたい。
例えば、魔法がある異世界だ。自由自在に魔法を操って、強くなりたい。でもそれだけじゃありきたりだ。
前世では出来なかったことを、やってみたい。
だから…やり残した事と言えば…コスプレか?アレは結局イベントに参戦することもなく、自己満で終わっちゃったんだよなぁ。来世でのやりたいことリストに入れるのはどうなんだと思わないでもないが、候補としてはいいだろう。
とはいえ、それだけではちょっと寂しい。
やっぱり前世での反省とか、欠点とか、そういう『失敗』を埋めるような能力がいいんだろうか?
となると、候補は『コミュ力』か?いやいや、それじゃあやっぱり寂しくなっちまう。何が悲しくて異世界転生のチートで他人と喋れるようにならなアカンねん。コミュ力はきっと大丈夫さ、前世だって片手で数えられるくらいには友達がいたんだ。うん。無問題。
とは言え妙案も浮かばない。せめてもう少し、こう、カッチリした感じがいいんだが……あっ。
「じゃあ、能力かどうか微妙なんだが、誰とでも上手く喋れる、交渉事が上手くいくっていうのはどうだ?つまり、交渉術、ネゴシエーション能力だ。」
「あぁ、それならバッチグーです。」
「…じゃあ、容姿を変えられるとかは?」
「先ほどと比べると幾分ましになっていますが、全てガラッとはちょっと、あれです。なので、妥協案として、髪や毛、それと、瞳の変更ならO.Kです………とでも言うと思いましたか?」
「え…」
「残念ですが、与えられる能力は一つだけです。というか、瞳だの髪色だの変えられるのは才能ではありませんよ!前者ので我慢しなさい。というか、変装の魔術程度なら向こうにあったはずですよ。」
「あ、そうなんだ。」
え、それありなの?そんな魔術が蔓延ってるなら犯罪とかやり放題じゃない?大丈夫かなその世界。
「じゃあ、その能力で頼んでいいか?」
「許可します。」
おお…やった。なんだか無性に嬉しい。能力、Getだぜ!
俺はその後、自称神とちょっとした話をしながら準備をした。
…試してみたいからと言って、能力を使わせてもらいながら…。
そう、一つだけ言っていないことがあった。俺、巳納鳥楓は確かにコスプレが好きでしたことがある。だが、イベントに出たことは無い。何故か?
衣装だって5,6着は持っていた。にもかかわらずSNSなどに投稿したこともない。何故か?
家の中で、家族に知られることなく、夜な夜な変身する日々…。何故ならば!
俺にはセンスがなかったから!
だから、多少の変装スキルくらい、願ったっていいよね?
「よし、これで準備はおわりです。いろいろしている間に、転生用の多次元超越神経粒子重圧縮加速装置へのチャージが終わったみたいだし。」
「…?あ、そういや、今更なんだが俺が向こうでやる必要のある事とか言われてないんだけど、何したらいいんだ?。ありがちなのだとこの世界を救ってくれーってやつなんだが…」
「別に、そんなのないですよ。」
…え?することないの?え、俺の存在意義とはこれ如何に?
「することないって、じゃあなんで俺は転生するんだ?流石にドッキリとか…じゃないよな。」
「世界を救うなんて、あなた達のアニメだとかライトノベルのことでしょう?そんなものを期待されても困ります。あなたは向こうで自由ですよ。好きなように生きてください。」
うぐぐ…そう言われれば納得するしかない。『何もすることがないなんて怪しい』と思っても、それはタラレバでキリがない。素直に、これはこれでいいと考えよう。
…好きなように生きろ、か。そういえば、日本で生きていたこの18年間、やることが多すぎて常に疲れていたような気もする。
「…分かった。あんたがそれでいいなら、俺がとやかく言う必要はないな。」
「もう質問は無くなりましたか?」
「ああ。問題ない。始めてくれ。」
そう俺が告げると、カナイリアスはいつの間にか出現していたレバーを下ろした。
そして、呟くように告げた。
「巳納鳥楓。ここは地球とよく似た世界。されど同じに在らず。竜種が生息し、ダンジョンが存在し、魔物が徘徊する。
ようこそ。第2の人生へ。あなたが進む世界の名はセリアス。この世界はあなたを歓迎する。ここではあなたは自由だ。傭兵になるもよし、国を造るもよし。好きに身の振り方を決めればいい。全てはあなた次第だ。この第2の人生に、この第2の人生を、この第2の人生で、己がままに生きるがいい。全ては自由だ。」
その言葉が聞こえなくなるのと同時に、カナイリアスの姿にノイズがかかる。それに留まらずノイズとブレが視界いっぱいに広がった。
段々と意識が遠のくように、頭に入ってくる音はまるで海中の如くくぐもり消えることなく反響し、景色は酷くボヤけていく。
ついさっきまで見ていた景色が、交わした会話が、目覚めたあとの夢のように急速に失われていく。
残った記憶を辿って思い出しても、それよりも早く記憶がこぼれ落ちていく。
…あれ?俺は、いったい何を…
〖不要データ検出。###作キャン##。〗
〖再試行…不#。〗
〖データをリセ#ト。###再#接続。〗
〖……特例。神の記憶の消去。〗
〖承認。デリート開始。〗
なんだ…今何か聞こえた気がする…。ああ、でもそれすらも、忘れてゆく…
転界の体験を思い出せなくなった時、刹那に鋭い閃光が目を刺し、耳障りに響いていた音を焼き尽くした。
後に残るのは完全無音。僅かな光もない、全てが無い停滞した世界。
否。ただ声1つ、天上より響く。
〖もう一度言う。この世界はあなたを歓迎する。〗
そして、俺は第2の人生に旅立った。地球とは別世界の、セリアスへ。