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異世界で試したい幾つかのこと  作者: Einzeln
第1章
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姉妹 09

 「だから明日から毎日ここに来な。ああしが教えてやるさ、魔法ってのをねぇ」

 「っ!はいっ!!」


 俺に、初めての師匠ができた。


 「ま、まって!あたしもやる!」

 「おぉそうかい。でもちょうどいい、お前にもそろそろ教えようと思ってたんだよ」


 師匠ができたと思ったら、ついでに姉弟子もできた。

 …いや、タッチの差で俺の方が早く弟子になったんだ。出来たのは妹弟子であって姉弟子ではない。実の姉だけど、妹弟子と言ったら妹弟子なのだ。


 「さぁ2人とも。お母さんが家で待ってるんだろう。早く帰ってあげなさい」

 「うん!」


 ルビアは頷くと、早速踵を返して廊下へと出ていってしまった。その後ろ姿はまるで『早くママに会いたいっ』とでも言っているようで、足取りも軽いように思えた。


 「あ、お姉ぇ。お使いは?」

 「大丈夫!もう終わったよ」


 ルビアはいつの間にか頼まれたものを手に入れていたようだ。



 俺たちは村長と夫人に見送られて村長宅をでた。


 家に帰る道すがら、姉がチラチラと、何度かこちらを伺う仕草をしていた。俺はそのことに気づいてはいたが、反応すべきかどうか決め(あぐ)ねていた。

 もし姉から『さっきの会話はなんだったのか』と問われたら、上手く返す自信が俺には欠片もなかったのだ。


 俺が姉と村長や夫人と話すところをまともに見たのは今日が初めてだが、姉はどちらとも親密そうであった。それどころか、姉が『私もやる!』と言った時の夫人を見る表情は、まるでヒーローを目の前にした少年のような、憧れとリスペクトを孕んだ顔だった。


 4歳も年下の妹が、自分の憧れの存在に絶賛されている。その状況を隣でまざまざと見せつけられた姉の感情など俺には到底推し量れない。

 もしここに正解を与えられるなら、俺はその人のことをモルガンと讃えよう。


 俺は戦々恐々としながら家路をたどった。大袈裟と言われるかもしれないが、俺はそのくらい、この解の求まらない空間が嫌で嫌で、どうしようもなく怖かった。

 何か1つ間違えば2人の姉妹関係は崩れ、取り返しが付かなくなってしまうのではないか。そういった強迫観念が俺を縛り付け、体は勝手に緊張する。


 気づけば俺は両の手を握り拳に、俯いたまま無言だった。


 「………」

 「…ルエラ?」

 「ッッ!」


 急な問い掛けに肩が跳ねる。心臓は俺の意志と無関係に鼓動を強めた。顔は相手に何事もないと思わせるため、自身の感情や考えを悟られないため、いつも通りの笑顔を作った。


 「な、なに?」


 だがしかし、身体は強ばり声は震える。こればっかりは仕方の無い、俺の生来の性分だった。


 「大丈夫?具合い悪いの?」

 「えっ?い、いや、平気!」


 咄嗟に姉の方を向いて返事をするが視線が定まらない。目を見返したり、鼻を見たり、眉間を見たり、下を見たり、姉の後ろを見たり。

 ダメだ。これでは明らかに嘘をついているように見えるだろう。


 このまま姉の質問に答えるだけでいたら、いずれ聞いて欲しくないことを聞かれるかもしれない。その前に姉のペースから抜け出すんだ。話の主導権さえ握れれば!


 「あっ、の、その……っ。」

 「ん?」


 俺は切り返しの言葉を探した。先手を打たれまいと、姉が何かを返す前に声を上げた。


 だが、肝心の言葉は出てこなかった。


 どれだけ頭を捻ろうと、妙案は浮かばず。


 「えーと」「ほら、あれだよあれ」などとその場を濁すように時間を稼いでも、段々と苦しくなっていく。

 俺は何とか引き出した先程の村長宅のことを話題にして、強引に話を切り替える。そしてそれだけでなく、相手に入る隙を与えないような長文をダラダラと話し始めた。姉は少し困ったような表情だったが、俺は構わず続ける。

 だが、限界はすぐに来た。


 息ができない。


 どのタイミングで息を吸えばいいのか、会話文をどこで区切ったらいいのか、息の配分はどうしたらいいのか。分からない。段々と言葉は尻窄みになり、呂律も言葉選びもままならなくなる。

 それはまるで、カナヅチがプールに入ったようなもの。どれだけ浮こうと努力しても段々と沈んでいき、最後には溺れてしまう。

 そう。俺はカナヅチなのだ。会話という海を泳ぐことができず、どれだけ頑張っても沈んでしまう。会話の海にいる限り、体の端から蝕まれるように苦しくなり、いずれ溺れる。



 息が足りなくなり、言葉が中途半端に終わってしまった。


 姉は何が何だか分からないといった顔をしていた。だが、俺が再び喋ろうと息を吸った時だった。


 「まって!」


 姉は比較的大きめの声で俺を静止したのだ。そしてそれに留まらず、両手で俺の肩を掴んで引き寄せると、間髪入れず姉は自らのおでこを俺のおでこにあてた。


 「…うん。大丈夫、熱はないみたいだよ!」

 「え、どうして?」

 「だって、ルエラ村長さんのお家出た時からなんか変なんだもん!心配してたんだよ?」


 そんな前から様子がおかしいのに気づいていたのか!?てっきり俺は、今さっき気づいたものだとばかり思っていた。

 というか、それなら…


 「じゃ、じゃあ、さっきからチラチラこっち見てたのは?」

 「えぇ!見てるの知ってたの!なんだぁ、分かってたなら言ってよーもお!」


 どうやら姉は、自分が見ていることを察知できないほどに俺の具合が悪いのだと思っていたらしい。

 純粋に、姉は心配してくれていた。


 …要らぬ心配をかけてしまったな。これは反省だ。



 俺はすぐ横でプンプンしている姉を見て、何故だかどうしようもなく可笑しくなってしまった。


 「プっ。」

 「ああー!笑ったなぁー。」

 「ごめん。だって、お姉ぇは人のことあんまり見てないと思ってたから。」

 「えぇーひどいよ。私はずっとルエラのこと見てるのにー!」


 そう言って肩を落とす姉がまた面白くて、今度はハッキリと、腹の底から笑った。するとまた、姉もそれに釣られたようにして笑うのだった。


 今、姉も俺も笑っている。俺はそれが、ずっと続けばいいのにと本気で思った。

はい!本編はこれで今年最後の投稿です。どうでしょうか?皆さんは楽しい1年だったでしょうか?それとも辛いことがありましたか?

作者は推しが辞めてしまったりと悲しいこともありました。けれどそれでも来年はやってきます。作者にできることは少ないですが、ルエラとルビアのように、来年は皆さんが笑って過ごせる年になることを願っています。


それから、今日の18:00に一本番外編を出します。良かったら読んでくださいね!


それでは、良いお年を!

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