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美加/小西7

恋愛描写ってこんなんでいいんだっけ?どんなんだっけ?分からぬ…分からぬ…

 すすり泣きが二階の廊下に響いていく。

 カズくんから逃れて階段に逃げ込んだあと、三階へは防火扉に阻まれて出られなかったので、私たちは未知の二階を歩き回る事になっていた。

 私たちの置かれた状況を考えたら余計な物音を立てるべきじゃないのは分かってるんだけど、あまりにも怖くて勝手に嗚咽が漏れてしまう。

 私の手を引く小西くんは普段ならこんな時には気を逸らしてくれるのに、今はそんな余裕は無いみたいで黙々と歩き続けてる。だって本当は、私なんかよりよっぽど彼の方がショックを受けてるはずなんだもの。


 小西くんと翔英くんは、表面上は仲良くしてるのだけど実際の仲は微妙で、だけど内実はまた違うなんていう複雑な関係だった。

 誰にでも愛想が良い翔英くんは何故か小西くんにだけはちょっと意地悪な態度をとっていて、だけど同時に誰よりも小西くんを認めてるのは彼だった。その矛盾した態度から、私は小西くんに相対する時の彼を心の中で「ツンデレ翔くん」なんて呼んでた。

 小西くんの方も、普段は誰に何を言われても気にする素振りが全く無いのに、翔英くんに意地悪を言われた時だけちょっとムスッとしてた。

 その顔が珍しくて可愛くて、二人のやり取りをいつもコッソリ見てたから分かるのだけど、二人の間には他の人には分からないような絆が確かにあった。私と翔英くんの間にあった友情よりも強い絆が。

 だからエスカレーターから落ちておかしくなった翔英くんに、小西くんが激しい動揺を表に出していたのは、状況のせいもあるだろうけど相手が翔英くんだったってのも大きかったんだと思う。それなのに私が恐怖で動けなくなったりしたから、小西くんはその動揺と衝撃を押し込めちゃったんだ。


 カズくんの事だってそう。

 私が引っ張ってもらわなきゃ満足に足が動かなかったせいで追い付かれて、捕まった私を助けるために友達であるカズくんを消火器で殴らせてしまった。


 きっと小西くんは翔英くんもカズくんも自分が殺したようなものだって思ってる。そんなの平気でいられるはず、ない。それなのに平気な振りをしてるのは怖がりの私のため。それがとても心苦しい、だけど同時に嬉しくもあった。

 小西くんは今日この病院に来てから、ずっとずっと怖がる私を気遣ってくれた。彼から見れば私はただの友達に過ぎないのにTシャツを掴むのも許容してくれた。

 そんな、いつも冷静で優しくて、だけど不器用な小西くんが前からずっと好きだった。皆があだ名で呼ぶ中、恥ずかしくて苗字でしか呼べないくらい。いつか、彼を名前で呼んでみたい――。


 小西くんが急に左手の懐中電灯を振って、足を止めた。どうしたのかと思っていると、彼はこちらを振り向いて懐中電灯を強調するように動かした。


「みっか。光が弱くなってきた。充電が無くなって来たんだと思う」


 そういえば、小西くんが持つ懐中電灯の光が少し前から弱々しくなってる気がする。最初はちっちゃいのに結構明るくなるんだな、って感心してたんだけど。


「みっかも一緒にスマホで照らせない?」


 私の顔を見て、焦ったようにちょっと早口になった彼が聞いてきた。私、どんな顔してたんだろう。


「えと、スマホの充電切れそうで……」


 凄く申し訳ないんだけど、私のスマホは何かを起動したままにするとすぐに充電が無くなってしまう。いざという時に使えないのは何だか不安で、彼の要請をそのまま受け入れるのは気が引ける。

 愛着があって何年も今の機種を使い続けてきた事を、私は初めて後悔した。


「なら、これを」


 小西くんがポケットから取り出したのはカズくんのスマホだ。それを受け取ろうとした瞬間、万力のように私の腕を締め上げてきたあの手を思い出して体に震えが走った。

 受け取り損ねたスマホが床に転がったけど、拾う事も出来ずに両腕で自分を抱き締める。掴まれていた箇所がズキリと痛んだ。


「……ごめん」


 スマホを拾うために俯いた小西くんが発した声にハッとなった。彼の声が沈んでいる。


「あっ違っ小西くんは悪くないの! 私がっ足手まといで、ごめんなさい……」


 はっきり否定しようと思ったのに尻すぼみでズレた返事をしてしまった。


 ――ああ、でもそうだ。私、役立たずな上にずっと小西くんの足を引っ張ってる。


「みっか、そんな事ない。僕は、その……」


 上手く言葉に出来ないのか、言い淀む彼の表情には嘘が無いように見える。改めて小西くんは本当にとても優しくて、不器用だと感じる。温かい気持ちが胸の中に染み渡っていく。

 気付けば涙は止まっていた。


「……兎に角、僕はそんな風に思ってない」

「……うん。ありがとう」


 彼は言葉にする事を諦めたのか、そう締め括った。

 その一言で私の中の罪悪感が払拭された訳ではないけど、それでも彼が私を負担に思ってないのが分かって嬉しかったから。感謝の気持ちを込めて、はにかみながらも微笑みを彼に向けた。


「――んんっ。……行こうか」


 今の咳払いは何だろう。

 首を傾げようとした所で前に向き直った小西くんが一歩踏み出し、それにあ、と声が出そうになって慌てて飲み込んだ。


 ――いつの間にか手が外れてる!


 ずっと繋いでくれていた手が気付かぬ内に離れていた。自分からまた繋いで欲しいなんて言える訳がないし、残念過ぎるけど諦めるしかない。

 だけどもう自分の力だけで歩くのは怖くて出来ないから、慌てて小西くんのTシャツの右脇を掴んで身を寄せた。ほんのりと左側から彼の体温が伝わってくる。血の気が引いて真夏なのに冷えきった体には、それが凄く心地好い。

 一瞬彼の体が強張った気がしたのだけど、歩調を合わせるようにゆっくりと体を動かしてくれてるので気のせいかもしれない。手ぶらの方にくっついたせいで彼の右腕に抱き着くのに近い状態になっているのに振り払わずにこの距離を許してくれるみたいだ。

 ここまで彼に甘えてやっと少し気持ちに余裕が出てきた。


 ――役に立てなくても、せめて小西くんの気を紛らわせられないかな?


 何か話題のヒントは無いかとさっきまでは目に入らなかった周囲を見回す。すると、これまで通った三階や一階の廊下とは違う荒れ果てた様子にしばし絶句した。

 床にはガラスらしき破片やストレッチャー、ベッドまでもが所狭しと散乱し、通路は今までになく雑然としている。天井も一部表面が剥がれ落ちていて、蛍光灯がぶら下がっていた。扉は外れて倒れている物まであるし、壁には所々凹みや黒々とした染みが広がっている。何やらファンシーな色合いで動物の絵が描いてあるけども……こんな真っ暗闇の荒れた中で見ても怖い以外の感想が浮かばない。


 ――ここって、小児病棟だったのね。とんでもなく雰囲気あって嫌だけど、話の切っ掛けには出来そう。


 気味の悪さは頭から追い出して、意を決して口を開く。


「この病院、小児科があるんだね。実は私、子どもが大好きなんだよね」


 囁くような声量だったのだけど、チラッとこちらを見た小西くんがこくりと頷いた。変に思われる事もなく順調に話を聞く姿勢になってくれたみたいだ。

 こういった類いの話は皆の前ではした事がない。真凛ちゃんとは、たまにしてたんだけど。


 ――真凛ちゃん、無事かな。


「あの自分でたこ焼き作りたいって言った従姉の子どもはね――」


 思考を無理やり軌道修正する。今だけは、小西くんの心を少しでも軽くする事に集中したい。


「その子がお父さんの事が大好き過ぎて――」


 ――翔英くんの事どうやって説明したらいいの? 真凛ちゃん、大好きだったのに。


「それがあまりにも可愛いから私、従姉と一緒に――」


 自分でしだした話が元で私自身が悪い想像や思考に囚われそうになっている。これでは本末転倒だと焦りを感じたその時、ズズズ、という音が耳に入って思わずピタリと口を閉ざした。

 小西くんも足を止めて、引き摺るような物音がした廊下の前方を警戒している。弱まった懐中電灯の光では、暗がりの中から異常をすぐに見つけられなくて心拍数が上がっていく。

 再びズズ、と擦れた音がした瞬間、小西くんがパッと床を照らした。ぼんやりと光に浮かび上がったのは、病室の前に置かれたくすんだ色の透明な液体とナニかが入ったガラス瓶。そして、その背後で静かに閉まる病室の引き戸。


 ――病室の中に誰か居る? 中からアレが押し出されて来たの?


 混乱しながらも、さっきまであれこれ考えてた脳内が一気に恐怖の色に塗り替えられたのを感じた。

 ガラス瓶の中のぬらりとした液体に浮く物体は白っぽい灰色で、表面に凹凸のあるそら豆のような形をした――。


 ――み、耳! あれは、人間の、それも子どもの耳のホルマリン漬け!?


 気付いた途端、恐怖に加えて気持ちの悪さが襲い掛かってきた。

 ズズズズ、と三度(みたび)音がする。また機敏に反応した小西くんが、廊下の反対側の病室前の床を照らす。さっきより近い(・・・・・・・)

 外れた扉が斜めに引っ掛かった出入口を背景にしたガラス瓶は先程より一回り大きい。今度は、子どもの()のホルマリン漬け。

 四肢の一部、と考えた瞬間、コンビニ前の光景が目の前にフラッシュバックする。

 車椅子に乗ったカズくん。

 血に濡れたカーディガン。

 布とぐちゃぐちゃになっていて分からない、切断面。

 ない、何も。足が、ない。


 一歩、二歩と下がっていく。手に力が入らなくて、握り込んでた彼のTシャツ(拠り所)が抜け出ていく。

 五歩程下がった所で、小西くんが振り返りたくなさそうなぎこちない動きでこちらを見て、その表情が一気に強張った。


「みっか、そ、れ……」


 私のお腹辺りを見つめる彼の視線を追って下を向く。

 私の両手はいつの間にか、胎児の入ったホルマリン漬けを抱えていた。




――― ―――




「ヒィッ」


 短く悲鳴を上げた美加は、弾かれたように硝子瓶を落とした。やはり、ソレを持っていたのは彼女の意思ではなかったようだ。

 瓶が割れ、ホルマリンが辺りに飛び散って自分と美加の足を汚した。若干ふやけてブヨブヨになっている胎児は破片と化した硝子の上に転がっている。二人して呆然と凝視していると、(にわか)に胎児がうぞ、と動い――。


「――いやああぁあぁあ!!」

「みっか!?」


 美加が絶叫して走り出した。手を伸ばしたが間に合わず、掌は空を掴む。

 来た道を逃げて行く彼女は完全にパニックに陥っているようで走り方が滅茶苦茶だ。物に溢れた廊下を形振り構わず走っているため、彼女はあらゆる物にぶつかっては弾き飛ばし、彼女自身も壁に叩き付けられている。


「みっか、待って! 落ち着け!」


 美加に追い縋るが、彼女が崩した物の山やぶつかって動いたカート等に阻まれて少しずつ距離を離されていく。

 此処は硝子片も当たり前に落ちている上に彼女は明かりも持っておらず、非常に危険だ。転倒でもしたら大変な事になる。

 正気に戻って欲しくて必死で彼女に呼び掛ける。


「みっか待って! 待って、まてみっか! みっか、美加っ!!」


 これまで出した事の無い大声で彼女を呼んだ次の瞬間、頭上に大きな衝撃が走って意識が暗転した。




有名なホラー映画ってやっぱり恐怖演出が面白いですよね。あの映画もとってもリスペクト。


次回、完結。

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