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一樹2/小西5

日が空いてしまい申し訳ないです。

先週は体調不良(?)によりちょっと面白い状態になりまして、執筆どころじゃなくなってました…

 床に胸から倒れ込む。散らばった医療器具を滑る身体がかき分けていく。痛い、痛い!


「―――――っ、ぐ、うぅ……う」


 受け身を考えない全力のヘッドスライディングで受けたダメージは想像以上だった。

 目の奥がチカチカする。全身に脂汗が浮かぶのが分かった。


「くぅっう、……はあ、っはあ!」


 荒い呼吸に乗せて少しずつ痛みを外に逃がしていくと、だんだん騒音が耳に入るようになってきた。ああ、そういや非常ベルが鳴ってたんだったっけ。

 こんなに痛いんだ、踊り場から落ちた時の全身打撲と足の怪我が滅茶苦茶悪化したのは確実だな。


 床に両手を突いてゆっくり身体を起こしていく。両腕が何ともないのは不幸中の幸いだった。

 試しに立とうとしたが、脚に激痛が走ってもう一度地面に突っ伏し痛みに悶える羽目になった。こーれは立てる気がしねぇわ。


 首だけで背後を振り返れば、さっき俺の頭上から襲い掛かってきた細い板状の物の正体が分かった。シャッターだ。

 天井から降りてきたらしいシャッターは廊下を分断するように塞いでいる。それに加えてでかい音で鳴り続ける非常ベルってのでピンときた。これは防火シャッターってやつじゃないか?

 非常ベルが鳴ったせいだとしても、制御装置?か何かが壊れてんじゃねぇのか。あんな勢い良く落ちてこなければ必死で避ける必要もなかったのに。


「くそったれっ」


 文句を言いながらも廊下を這っていく。出口がどこかなんて分からないが、不思議とこういう時は勘に従えば出られる事をおれは経験上知っていた。


 痛みで朦朧としてきたところで非常ベルがピタッと止まった。ああ、でももう誤報でも関係ないな。今はおれ自身が助けを必要としてるから目的地は変わらない。

 廊下が中庭沿いから外れたのか、月明かりが届かなくなって周りは少しずつ暗くなってきている。そんな中、金属が反射した弱い光に反応して視線を上げると、目に入ったのは車椅子だった。それも折り畳まれた状態じゃない、広げられててすぐに座れる状態に見えた。


「っラッキー……」


 助かった、そろそろ限界だったんだよな。こういうマジで困った時にはいつも何だかんだ運が向いてくる。さすがおれ。


 座面に手をかけて乗ろうとしたら車輪が動いて失敗した。おっと、あぶね。

 車輪のストッパーをかけて再度挑戦する。車椅子の扱い方覚えてたのがこんな所で役に立つとは思わなかったぜ。

 今度は無事成功してホッと一息ついた。座る位置を調整してる時にふと気付いて尻に敷いちまってた布を引っ張り出す。ベルトに挟んでたマリンのカーディガンだ。痛くて存在を忘れてたが、這ってるうちにどっかで落としてなくて良かった。

 目の前で広げると、なんかシワだらけになってる気がして顔がひきつった。ヤベェ、これたぶんマリンに怒られるヤツだ。

 とりあえず、これ以上シワにならないように膝の上に置いた。


 ストッパーを外し、腕に力を込めて車輪を動かす。これ、思ったよりスムーズに動くな。軽く試しただけですぐに動かし方のコツが掴めたのでなかなかのスピードが出る。ちょっとした小物くらいなら問題なく乗り越えられるな。ちょっと錆びてるみたいだがこりゃ楽だ。


 さっきまでとは比べ物にならないスピードで廊下を突き進んで行く。ただ、中途半端に降りた防火シャッターの下は相当慎重に潜った。また挟まれそうになるのは御免だ。

 さらに進むと、壁の一部がシャッターになってる場所に差し掛かった。一度止まって見てみれば、シャッターの上の看板には大手コンビニの名前がでっかい字で書いてある。

 病院のコンビニって、大体出入口の近くにあるよな? 勘で進んでたが道は合ってそうだ。

 コンビニを通り過ぎた後一度曲がり、あとは道なりに進んでいると最初に見た待合い場所が見えて来た。


「おっ、やっぱな!」


 誰か先に戻って待ってる奴は居ないか期待して見回すも、誰も居なさそうだ。ここは月明かりで明るいから見落としてないはず。

 ガラス張りの出入口に顔をくっつける勢いで外を覗いたが、外にもまだ誰も出てないみたいだ。曇ってて景色は全く見えないんだがあいつらの持ってる明かりで居たら分かるだろ。

 かなりがっかりしてガラスから離れる。だけどおれにはまだ、おれだけに許された秘策があるからな!


 受付カウンターからは死角になったその場所まで車椅子を進めて、ポケットから取り出した十円玉を来た時と同じように緑の公衆電話に投入した。




――― ―――




「はあ、はあ」


 美加を気遣う振りをして立ち止まる。あまり汚れていないのを確認してから壁際に彼女を座らせ、自分もその隣に腰を降ろした。

 美加を引っ張って走り続けるには、エスカレーターを転がり落ちた時の打撲による痛みが少しは緩和されてからでないと無理だ。しかし、それを今の彼女に悟らせてはいけない。だからこその休憩だった。


 ちらりと隣の彼女を窺う。顔は蒼白く、茫然自失といった所か。視線は何処にもピントが合っていない様子で宙に固定されていて、此方が表情を窺っている事には全く気付いていない。

 無理もない、と思う。友人があんなまともではない状態になったのを見てしまったのだから相当な衝撃を受けた筈だ。

 自分も、珍しく動揺している。基本的に淡々としている自分は、彼に首を絞められた時のように思考が儘ならなくなっても動揺はあまりしない。だと言うのに、彼を下敷きにしてしまったと気付いてからは動揺し通しなのだ。


 ――アレ(・・)は自分のせいなのだろうか。自分が()を殺してああなってしまったのだろうか。


 負の螺旋に囚われそうになって頭を振った。今はそれを考える時ではない。美加を連れてどうやってこの病院から脱出するかが先決だ。

 それに、彼は吹き抜けで最初に声を掛けてきた時から様子がおかしかった。だからあの瞬間(・・・・)突如としてナニか別物に変わってしまった訳ではないだろう。

 ……切り替えると決めた途端に責任逃れしようなんて。彼は友人だったのに。


「……小西くん。ありがとう」


 隣を見やると、美加が顔を此方に向けていた。視線もしっかり自分へと注がれている。顔色は悪いままだが、きちんと表情もある。ある程度気持ちが落ち着いたのだろうと判断して、彼女に向き直った。


「私だけだったら、あのまま固まってたと思う。そしたら、きっと――っ」


 美加の顔が歪む。起こっていたかもしれない未来を想像するのが悍ましいのか、彼の様子を思い出したのか言葉に詰まっている。


 ――瞬間、脳裏に至近距離で見た彼の顔が鮮明に浮かび上がった。覗き込んでしまったあの暗い、昏い眼窩。


 ふるりと身体が震えて、慌てて美加を窺う。幸い彼女は自身の感情で手一杯だったのか、此方の様子には気付いていないようだった。

 今の内に話題を変えるのが互いの為になりそうだ。


「真凛の事、バケモノ、逃げ切ったって言ってた」


 あえて主語を抜いて話す。

 虚を衝かれたように瞠目した美加は、記憶を探るように何度か瞬いた後、こくりと頷いた。


「言ってた、ね?」

「真凛も、駄目なのかもしれない」


 ハッと短く息を吸い込んだ彼女は両手で口を抑えた。みるみる瞳に光るものが溜まっていくのを見て見ぬ振りをする。五人の中で最も仲が良いのは美加と真凛なのだ。


「基本的にはカズと真凛は探さずに、玄関を目指す。待合室で待つのは辞めて、病院の外で待つ」


 美加がこくこくと頷いてくれた。言外に真凛の無事の可能性を示したからか、彼女は溜まった涙を流さなかった。


「そろそろ行こう」


 立ち上がって軽く身体の調子を確かめる。動かすと背中や腰が鈍痛を訴えるが、休んだお陰で動くのには特に支障は無さそうだ。

 自分を追うようにゆっくりと立ち上がった美加が、懐中電灯を握る左側に寄り添ってTシャツの脇の裾をぎゅっと握った。密着しそうな程の身体の距離に些か驚いて振り向く。すると思ったより近くで彼女と目が合い、瞬時に目を逸らした。こんな距離感は慣れない。

 誤魔化すように一歩踏み出す。左横の暖かい身体がピッタリと着いて来る。落ち着かない。先程間近に見た潤んだ瞳の上目遣いが思い出されて、いや、今はそんな事を考えてる場合ではない。思考を戻して――。


 突如として静寂を破った軽快な音楽にビクリと背が強張った。自分の邪な思考を咎められたような気がしたのだ。

 幸い美加も突然の事に驚いて飛び上がり自分から身体を離した為に、此方の反応には気付かなかったらしい。

 軽快な――現状では不気味以外の何物でもないが――音楽を吐き出し続けるスマートフォンをポケットから取り出す。メーカーの代表的な着信音を垂れ流しているのは一樹のスマートフォンだ。画面には『不明』の文字。

 出るか否か、逡巡する。美加が再び身体を寄せて来たのを感じ、スマートフォンと懐中電灯を持ち変えて意を決して画面に指をスライドさせた。


「……はい」

『あっ出た! よかったー! 誰か拾ってたんだな。コニか? すげぇ助かったぜ!』


 スピーカーから聞こえた歓声に思わずスマートフォンを耳から少し離す。美加にも聞こえたようで、驚いた顔で端末を見詰めている。


「……カズ?」

『おう! そっちはコニで合ってるか? 一人か?』


 気持ちが昂っているらしき一樹が矢継ぎ早に質問してくる。


「うん、僕で合ってる。みっかと一緒」

「カズくん私もいるよ!」


 背伸びした美加がスマートフォンに口を近付けて声を吹き込む。思わぬ接近にまたドキリとした。


『マリンは知らねぇ?』

「……見てない。一緒じゃ?」


 一瞬口ごもったが、事実を答えた。真凛が病室から駆け去ってから自分達は彼女を一度も見ていない。


『あーマジか。おれ途中で見失っちまってさぁ。先にマリンに電話したんだが繋がんなくてな』

「そもそも。どうやって電話を?」

『ああ、入口横の公衆電話からかけてんだ。でも電話番号とかマリンのと自分のしか覚えてなくてなぁ。おれのも繋がんなかったらお手上げだったぜ』

「成程」

『なあ、二人ともちょっと入口まで来てくれよ』

「多分、近い場所に居る。だけど道が分からない」


 実は今居る場所はあの月光が降り注ぐ休憩所からあまり離れていない。折角正面玄関付近に辿り着いたというのに距離を離したくなかったし、アレ(・・)がまともに追って来られる状態には見えなかったからだ。かと言って逃げて来た道を戻る気には全くならないが。


『お、マジ? んじゃ途中で止まってる防火シャッターとか見てねぇ?』

「いや……探してみる」


 美加を促して歩みを再開する。此処までで見ていないという事は、まだ通っていない場所にあるという事だ。それなら、元から向かっていた方向にある可能性が高い。


『見つけたらさ、その近くにコンビニがあるからコンビニの前で待ってな。そこまで迎えに行くわ。じゃっ』

「待っ……切れた」


 此方の返事も聞かずに通話が切れた。思わず小さな溜め息が零れる。

 一樹の提案に文句がある訳ではないが、「途中で止まってる防火シャッター」なんて複数箇所あるかもしれない情報だけでは不安が残る。せめてシャッターを見付けてから切って欲しかった。


 画面を見詰めていてふと右上の圏外の文字に気付く。電波が届いたのは短い間だけだったようだ。繋がったのは相当に運が良かったのだろう。

 一樹のスマートフォンを元のポケットに戻し、懐中電灯を左に持ち直す。歩みを少し速めて件のシャッターを見付けるべく目を凝らした。





長くなったので微妙な所だけど切りました。

小西と一樹の会話がちょっと変なのは仕様です。彼らは二人で会話するとあんまり噛み合いません。

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