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小西3

執筆速度ナメクジィ

 特に何も無い。

 光が照らし出したそこには、中綿が飛び出たマットレスを乗せる、歪んだ金属パイプのベッドがあるだけだった。

 知らず息を詰めて肩に力が入っていたことに気付き、ゆっくりと息を吐き出す。

 カーテン内を懐中電灯で隈無く照らしたが、特段変わった所は無かった。

 安堵すべきだろうかと首を捻ったが、逆だ。何も無いのに真凛の様子がおかしくなったのなら、大問題だった。改めて彼女が心配になる。


「小西くん、もういいでしょ? そろそろナースステーションに行こうよ」

「そうだね、戻ろう」


 カーテンから手を離して、振り向く。

 Tシャツの背を離した美加は、今度はシャツの左裾を摘まんだ。

 美加を振り切ってしまわぬように気を付けながら数歩進んだところで、彼女が摘まんだ裾が軽く引かれた。


「ねえ小西くん。あそこ、何かチカチカ光ってる」


 美加が指した隣のベッドの下辺りを照らすと、スマートフォンの黒い画面が光を反射した。

 慎重に近付いて拾い上げ、裏を見る。スポーツブランドのロゴが入ったケースを使っていたのは、確か一樹だった。


「カズのだ」

「さっき懐中電灯と一緒に落としたのかな? 気が付けて良かった」


 美加の言葉に頷く。

 スマートフォン画面上部のランプが白く点滅している。こんな風に何かの通知が来ていなければ、病室に落としたまま見逃していただろう。運が良かった。


「行こう」


 一樹のスマートフォンを後ろのポケットに仕舞い、美加を連れてナースステーションに向かった。




―――




 ナースステーションにはまだ三人は戻っていなかった。

 不安そうにカウンターに凭れる美加を尻目に、自分のスマートフォンを取り出す。一樹のスマートフォンを預かっている旨を、メッセージアプリケーションの五人のグループに送るためだ。


「ん?」


 アプリを起動しようとして、電波が圏外になっていることに気付いた。試しにWi-Fiを起動したが、やはりそちらも繋がらなかった。


「どうしたの?」


 美加が不思議そうに小首を傾げる。303号室に居た時よりも恐怖は落ち着いているように見えた。


「圏外だ。みっかは?」


 直ぐ様彼女は自身のスマートフォンを取り出して確認してくれる。

 普段から美加は――それと翔英もだが――ともすれば端的過ぎる自分の言葉を直ぐに理解してくれるから有難い。


「私のも圏外になってる。何でだろう?」


 別行動を取っている現状、連絡が取れないのは非常に不味い。

 悪いとは思いつつも、一樹のスマートフォンも取り出して操作する。ロックが掛かっていない所が彼らしい。


「駄目だ、繋がらない」

「一時的な電波障害かなぁ?」


 そう口にしつつも本人はそう思っていないらしい。折角落ち着いた恐怖が少し戻ってきたようで、声と表情に不安が滲んでいる。


「連絡は後にしよう」


 圏外の理由など考えても仕方ない。

 自分と一樹のスマートフォンを仕舞うと、二人の間に沈黙が落ちた。


「……ねえ、翔英くんたち遅くないかな? まさか噂みたいに帰って来ないとかないよね?」


 暫くして、不安に耐えかねたのか美加が声を掛けてきた。彼女は縋るような表情を此方に向けている。


「……噂は、“朝になっても(・・・・・・)帰って来なかった”だった。“二度と(・・・)”とは言ってない。なら、昼には帰って来たのかもしれない」

「た、確かにそうだね……?」


 こんな物は屁理屈だ。だが今は彼女の不安を取り除ければ何でも良い。


「それに、カズがスマホ落とした事に気付いてたら、探しながら戻るだろうし。気長に待とう」

「あっそっか。ごめんね、ちょっと焦っちゃった」


 半笑いで謝る彼女の顔の強張りは、先程よりは幾分かましなように見えた。

 何とか不安を和らげられたようで安堵する。自分なりに慎重に言葉は選んだが、どう言えば相手を安心させられるのかなど自分には分からない。こういった事が得意なのは翔英なのだ。




 ――ジリリリリリリリリリリリリリ


「っ何? なんのおと!?」


 突如鳴り響いた不快で耳障りな大きな音に、美加がビクリと飛び上がった。

 一瞬ベル式の目覚まし時計が脳裏に思い浮かんだが、これは――


「――非常ベル!」


 片手で耳を押さえながら赤く点灯した場所を思わず照らした。ナースステーションの正面の壁で赤い非常ベルが鳴っている。


「火事!? 小西くんどうしよう!」


 美加が左腕を掴んだ。懐中電灯の光が揺れる。彼女はパニックに陥りかけている。自分が落ち着かないと。


「避難しよう!」

「みんなはどうするの!?」

「皆も外に出ようとするはず。行こう!」


 左腕に掴まらせたまま彼女を引っ張る。急ぎ足で来た道を引き返した。


 十メートル程戻った所でふっと、非常ベルが止まった。


「と、とまっ、た……?」


 足を止めた美加が周りを見回している。ベルが止まれば脅威も去ると勘違いしてやいないか。


「兎に角、避難しよう」

「え? でも……」

「壊れてるのかもしれない」

「あ、そっか。だけど、非常ベルが壊れてるのかもってみんなも思うかな?」


 言われて少し考える。翔英なら万一を考えて避難するだろうが、合流出来ていなかった場合あの二人だけでは怪しい。かと言って呑気に探索を続けるとも思えない。


「……待合室まで戻ろう。そこで待つ」

「うん、それがいいかも。それならみんな合流出来そうだね」


 最初に入った待合室で待機していれば、本当に火事か何かが起こっていても直ぐに外に出られるし、先に三人が外に出ていてもガラス張りの正面玄関から確認出来る。連絡も取れない今は、それが最善だろう。


 二人で廊下を逆に辿って行く。

 急いては事を仕損じる。美加は多少落ち着いたとはいえ、まだ冷静とは言えない。焦って彼女が怪我でもすれば目も当てられないので、何時もの歩調を意識して保つ。

 

「あ、れ? 嘘っ階段がない!」


 上ってきた階段があった筈の場所に、壁が出現していた。光沢のあるその壁に反射した光が少し眩しい。目を眇めながらゆっくりと懐中電灯を動かし、廊下の隅、天井まで完全に塞がれているのを確認した。


「防火扉……」


 非常ベルが作動した事により自動で閉まった防火戸が、自分達の居る廊下と階段を遮断してしまったらしい。

 そう言えば、先程ベルの騒音に紛れて何やら別の物音がしていたような気がする。


「えと、えっと。こういうのって閉まってても人間用のドアで通れるようになってるんだったよね?」

「うん」


 閉ざされた空間の端へと光を向ける。特に表示もなく分かりにくいが、そこには通常の扉サイズの潜り戸が設けられていた。

 潜り戸はこれまで何度も目にして来たが通るのは初めてだ。不謹慎だとは思うものの、取手に手を触れると少し気分が上がってしまう。


「んっ?」

「えっどうしたの?」


 もう一度取手に手を掛け体重を掛けて押す。開かない。まさかと思い引いてみる。やはり開かなかった。


「壊れて、る……?」

「う、嘘っ閉じ込められたっ?」


 隣に並んだ美加と共に戸を押しても、開く気配は無かった。


「――別の階段探そう。あっちの方にもあるはず」


 目の前の潜り戸を開けるのは諦めて、今来た廊下と垂直に交わる廊下へと光を向けた。病院のような広い施設なら、対となる位置に階段があると予想される。


「そう、そうだね。急ごっか」


 美加がTシャツの裾を摘まんで歩き出した。此処に来て初めて彼女が自分を先導した事に少し驚く。それだけ避難が間に合わなくなる可能性を考えて焦っているのだろう。目に見えないモノに対する恐怖はすっかり飛んでいるようだった。




―――




 階段探しは思ったようにはいかなかった。至る所を防火戸で塞がれており、その中で開く潜り戸があまり無かったからだ。

 一番もどかしかったのは、シャッター式の防火戸が閉まりきっておらず、廊下の向こう側が見えているのに潜り戸が壊れていた時だった。シャッターと床の間の隙間は十五センチ程で、下を潜る事も出来なかった。

 そういった苦労をしながらも何とか階段を見つけて一階まで降りた。彼方此方回ったせいで正面玄関の方角が怪しくなっているが、恐らく今歩いている方向で合っていると思う。美加はもう方角に自信が無いと言うので、頼りになるのは自分の記憶だけだ。


 しかし、これだけ歩き回っていても焦げ臭い臭いの一つもして来ない。火事が起こっているとはどうしても思えず、誤報かやはり非常ベル自体が壊れていたのだろうという気持ちが強くなっていた。自然、歩調も気持ちも緩む。


「広い……」

「本当だ、吹き抜けになってるね」


 道を模索しながら歩いていると拓けた場所に出た。

 天井付近の窓から入った月明かりに浮かび上がる、テーブルや一人掛けソファー、観葉植物が植わっていたと思われる植え木鉢。恐らくこの場所は休憩所か何かだろう。こういった空間は正面玄関からそう離れてはいないのではないか。

 止めていた足は、誘蛾灯に集まる羽虫のように月明かりの方へと、知らず向いていた。自分の持つ懐中電灯以外の優しい光を見て安堵したのだ。此処までで見た光は、壁に設置された非常ベルの隣でぼんやりと怪しく瞬く赤い表示灯のみだったのだから。


「ひゃあっ」


 斜め後ろから聞こえた短い悲鳴に我に返った。Tシャツの左側にずっとあった、微かに突っ張った感覚が無くなっている事に気付いて慌てて振り返る。


「みっか――?」


 彼女は両手で必死に頬を擦っていた。荒い息遣いから、今にも泣き出しそうになっているのが分かる。


「――どうした」

「なに、なにかが! ほっぺたに落ちてきて!」

「何か?」

「わかんなっぬるってして、やだぁ」


 今度はブラウスのゆったりとした袖で頬を何度も強く拭っている。そのままその場に(うずくま)ってしまいそうに見えて、まずは宥めようと彼女に手を伸ばす。


 ――グチュッ


 反射的に足を跳ね上げた。即座に懐中電灯で床を照らす。靴底に残るナニか軟らかくて硬いモノ(・・・・・・・・・)を踏みつけた感触が気持ち悪い。


「何だ、コレ?」


 何か妙なモノが落ちている。全体的に白っぽく所々汚れているように見え、紐状の物の先は破裂したように潰れていた。潰れた時に中身が飛び出したようで、周りは水様の透明な液体が飛び散っていた。先程踏んだのはコレで間違いないようだ。


「落ちて来たのは、コレ……?」

「なにこれぇ?」

「判らない」


 半泣きの美加は得たいの知れないモノに近寄りたくないらしい。正直踏み潰してしまった自分ももう飛び散っている水が靴に触れるのも嫌だが。彼女の為にも正体が分かった方が良いだろう。

 床に膝が着かないように気を付けながらしゃがみ、ソレをじっくり観察する。


「何処かで、見たような……」


 初めて見るモノだと思うのに、何処か見覚えがある気持ちの悪い物体。何かが記憶に引っ掛かっているのに、思い出せない――


「――コニ?」


 上から降ってきた声に、ハッとして顔を上げた。




お化け屋敷で顔にこんにゃく当てるみたいな。

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