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7 ほどなくして


「なぁ、いい加減、詳細な仕事の内容を教えてくれよ。せめて、目的地くらい言ってくれないと、パパ、困って泣いちゃうよ」


「そのふざけた喋り方を直すのなら、考えるわ」


「分かった、直すよ。これでいいだろう?」


「嘘よ」


「なんてやつだ」


 とある町の食堂で、ケースケとアーリエは食事をしていた。これまでいくつかの町を通り過ぎてきたが、幸いなことに追手の追撃は無かった。なので、アーリエが食事に文句を言ってくる以外は、さしたる問題もなく旅は続いていた。


 なお、アーリエは文句は言うが、毎回ちゃんと完食し、ぼそりとお礼を言ってくる。まったく面倒な性格だ。それが子供らしいといえば、らしいのだろうが。

 ケースケもそろそろ慣れてきて、むしろ文句がないと若干物足りないように感じることすらあった。


 だがこの町に来て、初めて大きな問題が起きた。アーリエが、旅の詳細な目的地を喋らないのである。これまでの道中で、ケースケは何度も催促をしたが、彼女は一貫して「隣国に入ったら教える」としか言わなかった。


 しかし、そうも言ってられない事情があった。


「いいか。この町は、隣国に入る分岐点だ」


 ケースケはテーブルに一枚の紙を開く。この近辺の地図だ。彼のオリジナルであり、数年前にこのあたりで活動していた時に作成したものである。


「街道を行くAルート、荒野を行くBルート、山を行くCルート。あと一つルートはあるが、過酷だからパスだ。どれも出口は違う道につながっているから、目的地に最短でいくにはここでのルート選びが重要なんだ。それは分かるだろう?」


「ええ」


「君を追っている連中がいるんだ。最短最速の道を選ばなきゃいけない、そうだろう?」


「そうね」


「だったら、目的地を教えてくれないか」


「隣国に入ったら教えるわ」


 がくりとケースケはうなだれる。結局、最後にはこうなるのだ。



・ ・ ・



「こんなに人が多かったら、急に襲われないのかしら?」


 宿へ戻る道すがら、アーリエはケースケに聞いた。今彼ら滞在している町は、それまでと比べても規模は大きい。それに彼女が心配を覚えるのも無理はないだろう。


「木は森に隠せっていうだろう。君がはぐれない限りは大丈夫だよ」


 少女の心配をよそに、ケースケは余裕を見せた。実際、今彼が通っている道も人であふれているが、こちらに敵意を向けてくるのであればすぐに察知できるだろう。


「それで、いつまでここにいるの?」


「もう少しだ。お嬢様が目的地を教えてくれない以上、どのルートを通っても問題ないよう準備しなきゃいけないからね」


 それにケースケはおどけて答えた。


「最初の町では、あんなに早く準備できたじゃない? 本当に、こんなに時間がかかるものなの?」


 少女は追及をやめない。それまで経由してきた町は、いても一日程度であった。その間に補給なども済ませてきたのである。ここにきて数日も手間取るというのは、彼女には信じられないのであろう。


「あれは、俺が地道に仕事した結果だし、カーボさんたちのおかげでもあるんだ。それに、そもそも冒険者なんて、信用が無いんだから、しょうがないんだよ」


 現在いる町は、隣国への分岐点であり交通の要所である。それもあってか物資が豊富で、補給には最適な場所であった。


 それでも補給が難航しているのは、単純に、ケースケが冒険者であったからだ。誰にでもなれる冒険者という職業は、それゆえに信用が無い。荒くれものも多く、白い目で見られることもしばしばだ。特にこの町ではそういう風潮が強かった。


 なので、彼は昔の伝手を使って、何とか物資を集めているのだった。


 そういった意味では、ケースケがいた町は珍しいといえる。そもそも、彼が最初の町にいたのも、すごしやすいというのが理由であった。


「ま、山師同然なんだから、仕事を斡旋してくれる組合(ギルド)があるだけマシ……アーリエ?」


 つらつら話しながら、ちらりと後ろを向くと、ついてきているはずのアーリエの姿は無かった。


「目を離すとすぐいなくなる……」


 彼はぼやきながら、すぐさまスキルを起動し、周囲を走査する。最初の町のように、スキルなどで一瞬にして誘拐された可能性を考えたからだ。


 だがそれは杞憂のようだった。すぐ近くの洋服店にアーリエの反応があった。彼女に近づく、好ましくない反応も。


 ケースケはすぐに駆けだすと、ドアをけ破り洋服店に突撃する。慌てる店主を無視して、状況を確認する。


 見れば、あからさまにゴロツキな風体のやからが四人、アーリエを囲んで下卑た笑いを浮かべていた。


 ダン!


 ケースケは強く踏み込む。敵は四人、素人のような体使いだが油断するのは危ない。万が一を考えればこそ、彼は速攻を仕掛ける。


 ゴロツキたちが足音に気がついたときには、もう遅かった。一人は顎、一人はみぞおち、残り二人は首根っこを掴まれて、火花が散るほど熱いキスをさせられた。


「……ふぅ。良かったアーリエ、無事で」


 一息つくと、ケースケはアーリエに声をかける。見たところ、ケガをした様子はない。


「……護衛をするのなら、もっとちゃんとしてちょうだい」


 俯いていたアーリエは、視線を上げることなく、ふてぶてしく言った。


「すまない、悪かった。パパが、もう少し気をつけるべきだった」


 そうしてケースケは、少女の頭を優しくなでる。この程度のわがままなら、過去に貴族のお守をしたときにいくつも経験がある。それに比べれば、素直になれない子供の言葉など、可愛らしいものだ。


「…………いいえ、ごめんなさい。勝手に歩いていって……」


 なでていると、アーリエはポツリと謝った。早いところ素直になってくれるのは、彼女の良いところだろう。


「ん。子供というのはすぐにどこかに走り出すもんさ。気にしちゃいないよ」


 ポンポンと二回、優しく頭を叩いて手を離し、ケースケはこの店の主に向き直った。


「騒がせて悪かった。すまないが、掃除は頼むよ」


「え、そ、そりゃ勘弁だ! 弁償もしてもらわんといけないし、あんたらが勝手にしたことだろ? これだから冒険者ってやつは……!」


 慌てたようにまくし立てる店主の話を、ケースケはにこやかに頷いて聞いていた。そして、ゆっくりと店主の前に歩み寄ると、そっと耳打ちする。


「……()()()してるのは、分かってるんだ。殺されないだけ、マシだろう……?」


 途端に、店主の顔が青ざめる。そして、へたへたと腰を抜かしてしまった。ケースケの殺気に当てられたのだろう。


「じゃあ、よろしく。さ、とっとと出ようか、アーリエ」


「えぇ……」


 その成り行きを見ていたアーリエの手を引いて、ケースケは店を出ようとする。だが、彼女の目線が何かを見ていることに、彼は気がついた。それは、貴族が着るには質素な、しかし可愛らしい洋服であった。


 ケースケは、少女の見せた子供らしさに思わず笑みを浮かべると、その洋服を手に取る。そして、アーリエにそっと渡した。


「さ、お嬢様。プレゼントだ」


「え、でも……」


 突然のことにアーリエは困惑した様子を見せる。それに構わず、ケースケは彼女にその服をもたせる。


「いいんだ。なぁ?」


 ケースケは店主に聞こえるように問う。


「え、ええ、もちろんですとも! お詫びです、どうぞ持っていってください!」


 店主はもげそうな勢いで首を縦に振った。それを確認したケースケは「さ、行こう」と、少女の手を引いて店を出た。


「いったい何だったの?」


 店を出てすぐ、アーリエは何があったのかを聞いてくる。それに、ケースケはため息交じりに答えた。


「あの店は、ゴロツキどもと手を組んで人さらいをしていたんだ。裏に、隠し通路があった。大方、一人で来た女子供を狙っていたんだろうな」


 実はアーリエを見つけた時、ついでに隠し通路やその他もろもろを発見していたのだ。その裏にいくつか反応があったことから、ケースケは黒だと気がついた。


「……放っておくの? 気がついたのに」


 アーリエの口調はどこか非難めいていた。それは至極当然の感情だろう。その感性を、ケースケは好ましく思う。


「ああ、俺たちはいかない」


 だが、今は追われる立場だ。あの奥にはまだ複数の反応があった。押し入れば、戦いになっただろう。そんな大騒動を起こしている暇は無いと、()()()()は考えていた。


「……人でなし」


 ますます、アーリエの視線が強くなる。だが、ケースケは手をひらひらさせて、おどけたように言う。


「ギルドにタレこみはするさ。市民の信頼を稼げるいいネタだろうから、すぐに飛びつくだろうよ」


 確かに、押し入る気はない。だが、完全に無視する気もなかった。それが、追手に見つかるリスクを孕んでいたとしてもだ。

 人道的な理由でもあるし、演技とはいえ、娘の前でそんな判断を下したくないと、()()はそう感じていた。その結果の判断が、これというわけだ。


「なら、最初からそう言いなさいよ……」


 なぜか疲れた様子で、アーリエは言った。


「悪かった」


 おざなりに、ケースケは謝った。


 そのままギルドを目指す道中で、ふと、アーリエは服を広げ、まじまじと見て言った。


「これ、本当にもらってもよかったのかしら」


「迷惑料さ。それに、似合ってると思うぞ?」


 ケースケがそう言うと、少女は顔を背けてしまう。たっぷり時間を取った後で、何食わぬ顔で服を片付けると、ポツリと毒を吐く。


「……それだから、冒険者って粗暴に見られるんじゃないのかしら?」


 その言葉に、ケースケはぐうの音も出なかった。


 そんな雑談を続けながら、彼らはギルドに寄って先ほどの話をし、宿へと戻るのだった。

明日からは隔日更新になります

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