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6 暗躍する者たち


「おい、どうなっている!?」


 煌びやかな屋敷の一室に、怒鳴り声が響く。中年を間近に控えた男の声だ。もっとも、その部屋は防音仕様となっているため、どれだけ怒鳴ろうが、声が外に響くことは無い。


「申し訳ありません。ただいま、捜索中です」


 頭を下げるのは背の低い黒装束だ。その声は低く、しわがれている。


「申し訳ありません……ああ、そりゃあんたらは頭を下げればそれで済むだろうが、こっちはそうじゃないんだ! いいか、時間が無いんだ! 一刻も早く、あの娘を俺のもとに連れて来い! 分かったらとっとと行け!!」


 黒装束の言葉に、男はますます激昂する。


 そこまで聞いた黒装束は、スッと影に紛れ、音もなく姿を消した。


「クソ……! 親父の代はあんなに有能だったのに、なんで急に無能になるんだ……!」


 黒装束が去ってからも、男は爪をかじりながら部屋をグルグル回る。どうにも、怒りのはけ口が見当たらないのだ。


 この男の名を、エイジム・ウルクといった。三十半ばを回っており、その()()()()()体は、着ている立派な服には少々おさまりが悪い。焦りからか、それとも部屋を歩き回ったからか、彼は玉のように汗をかいていた。


 エイジムは先代の死に伴って、数年前に家を継いだ。もともと不肖の息子として名高かったが、その放蕩ぶりはウルク家当主になってからさらに磨きがかかった。


 ウルク家は肥沃な土地を領地にもつ裕福な貴族である。加えて、魔法の名家でも知られ、高い名誉を得ていた。それをたった数年で傾かせたエイジムは、もはや天才と言っても過言ではないだろう。


 女遊びと賭け事に現を抜かし、ろくに公務もせず、挙句の果てに詐欺に引っかかり大枚をはたく。あっという間に金が尽き、借金で首が回らなくなった。


 そんな折、とある男から話を持ち掛けられた。たった一つの条件を呑めば、借金を肩代わりしてやり、金もやると。さらには事業も手伝ってやろうと。

 エイジムはその話を聞くや否や飛びついた。彼にとっては損なことは一つもなく、メリットばかりだったからだ。


 その条件は、腹違いの妹を嫁に差し出せ、というものだった。


「あいつが逃げ出さなければ、全部上手くいったんだ……!」


 正直なところ、エイジムはその妹のことを好んではいなかった。彼にはほかに数人の兄妹がいるが、その妹だけは血がつながっていなかったからだ。そのくせ態度はでかく、自分たちに敬意を払わないことに腹を立てていた。

 義母とともに別邸で過ごしていたためあまり面識もなかったが、その特別扱いも鼻についた。


 だから、そいつを差し出せと言われたとき、エイジムは心から喜んだものだ。鼻につくやつを排除出来て、借金からも解放される。まさにいいこと尽くしだ。


 だが、どこから情報が漏れたのか、身柄を拘束しに行く数日前、妹は使用人の手引きによって脱走した。そして行方をくらませていたのである。手引きした使用人も姿を消し、八方ふさがりとなっていた。


 そこで、エイジムは最終手段に出る。ずっと昔からウルク家に仕えてきた“暗部”を、妹を捕まえるために放ったのだ。


 暗部は優秀な諜報員であり、刺客であった。暗い仕事は常に任されていたし、その成功率も極めて高かった。案の定、発見の知らせがあり、数日後には妹を引き連れてくるだろうとエイジムは考えていた。


 それが、失敗したのだ。


 取引には期日が決まっている。それまでに妹を確保しなければ自分はお終いだ。


「クソ……クソ! アーリエェ!!」


 憎き妹の名前を叫びながら、エイジムは怨嗟を込めて拳を机に叩きつけた。



・ ・ ・



「そうか、大地が殺られたか」


 机に座るその男は、抑揚のない声で言った。彼の目の前には、身なりを整えた部下が立っており、ことの顛末を男に報告をしていた。


「とある女をさらったところ、その護衛に皆殺しにされた、そうです」


「断言はできないか……」


 男はその報告に眉をひそめる。彼は不確定なことは嫌いであった。部下の頬を冷や汗が伝う。それは男の性格を知っていたからである。


「申し訳ありません」


「それで、続きは?」


 部下は内心ホッとする。過去には、不確定な報告をしたせいで殺された者もいたからだ。それと同じ末路にならないだけマシだろう。

 そんな内心はおくびにも出さず、部下は報告を続ける。


「その翌日から姿を消したものがおります。その女と、一人の冒険者です。状況からして、そいつらが殺ったと考えられます」


「ふむ……」


「冒険者の名はケースケ。その付近では名の知れた、化け物狩り専門の冒険者だそうです。また、女のほうは、未確認ながら、その、アーリエ嬢だそうです」


 その両者の名前を聞いて、それまで無表情だった男の眉がピクリと上がった。


「ケースケ……ケースケと言ったか? それが、アーリエを護衛していると?」


「え、ええ……。ダイチには、アーリエ嬢やウルク家のことは伝えてませんでしたので……恐らく、知らずに襲ったのではないかと……」


 そんな部下の考察は、男の耳を右から左へ流れていった。


「そうか……生きていたのか……」


 虚空を見つめながら、心ここにあらずと言った風に男は呟く。そして静かに笑みを浮かべた。


「クク……まさに亡霊の騎士(ゴースト・ナイト)だな……」


 そうしてひとしきり静かに笑った後、男は部下に命令を下した。


「部下どもに伝えろ。ああ、下部の連中にもだ。冒険者ケースケと、そいつに同行している女を狙え。ただし、殺すな」


「分かりました。女は殺さないよう、厳に命令を伝えます」


 律儀に部下は返事をするが、男はそれに首を振った。そして、ゆっくりと口を開く。たっぷりの威圧感を出しながら。


「違う。女も、男もだ。ケースケのほうも、生かしてここに連れて来い。いいな、もう一度、正しく復唱してみろ」


 それだけで、部下は全身に汗を流しながら、ガタガタと震えてしまう。それでも、ここで復唱できなければ、自分の命は潰えるということだけは理解できた。


 だからゆっくりと、間違えないように、声に出す。


「お、女も男も、殺さずに捕らえ、ここに連れてくるよう、厳に命令を、つ、伝えます」


 その言葉に震えていない箇所はなかった。


 男の言葉を待つ間、それは実際には数秒にも満たなかったが、部下にはその数秒がとてつもなく長く感じた。


「いいだろう、掃除をせずにすんだ。行け」


 空気を弛緩させて、男は言った。


「は、ハッ! ドン・ツヨシ!」


 弾かれたように礼をして、部下は部屋を出ていく。


 静寂が部屋を支配する。それを破らぬほどの、低い声で、ドン・ツヨシと呼ばれた男は呟いた。


「亡霊は過去より出でる……か……」


 そして葉巻を咥え火をつけると、ゆっくりと紫煙をくゆらせるのだった。

 

作品にて主要キャラを作るとき、テーマ曲を決めてます。ケースケだと、ビリー・ジョエルの「Piano-man」です


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