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5 出立

「アーリエ」


 部屋に戻ったケースケは、アーリエの拘束を解いてやると、そのまま抱きかかえる。そして、山賊どもの血で塗れている部屋から運び出した。


「ケホ……ケホ……け、ケースケ……」


 煙で咳き込みながらも、アーリエはヒシとケースケにしがみついた。やはり怖かったのだろうか、こういった動作は子供らしいと、どこか彼は思った。


「大丈夫か?」


「え、ええ……。それにちゃんと聞いたわよ……」


「何をだ?」


「依頼、受けるって……言質、取ったから」


 そこまで言うと、アーリエはニヤリと笑う。


 前言撤回。どこまでも貴族らしいやつだ。ケースケは思わず苦笑した。


「……可愛くないやつ」


 洞窟を出ると、すっかり夜も更け、月が煌々と輝いていた。夜風がスッと彼らの頬を撫でる。


「少し、休憩をしよう」


 ケースケはアーリエをそっと下ろしてやると、自分も手ごろな岩に腰を下ろす。とにもかくにも、今日は疲れた。ケースケはため息をつく。慣れない対人戦を二度もしたのだ。それも当然だろう。


「……ねぇ」


 ぼんやりと月を眺めていたケースケに、アーリエは静かに問うた。


「本当に、依頼を受けてくれるの……?」


 それは当然の不安であろう。一度はきっぱりと断った依頼を、舌の根の乾かぬ内に引き受ける、というのだ。誰だって疑うにきまっている。


 それに、ケースケは自嘲気に笑って答える。


「吐いた唾は飲み込めないからさ。ま、こんなつもりじゃなかったけど、こうなった以上はちゃんと護衛するよ」


 「因果な商売だ」と、ケースケはおどけて笑う。それにつられて、アーリエも少しだけ笑った。


 そこで、グゥ~~、と間抜けな音が響いた。


 呆気にとられたケースケがアーリエを見ると、彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。修羅場をくぐり抜け、気が緩んだのであろうか。そういえば、今日は朝食も食べていなかった。


 ケースケはフッと笑う。そして持ってきていたパンをそっと差し出す。


「どうぞ、お嬢様」


「~~~!」


 パシリと、照れ隠しか奪うようにアーリエはパンを受け取ると、無言で食べ始める。よほど腹が減っていたのか、さすがにかぶりつきはしなかったものの、ハイペースでパンを口に運んでいた。途中、むせそうになっていたので皮袋に入れた水を差し出すと、それもひったくるようにして飲んでいた。


 がっついていたわりに、それでも一定の品があったのは流石である。ケースケはひそかに感心した。


 結局、一分足らずで全部食べ終わり、そっと口元をぬぐってアーリエは呟いた。


「……まずい」


「……ひどい言い草だな」


 せっかく持ってきてやったというのに、つくづく可愛げのないやつだ。貴族のお嬢様が普段食べているであろう高級なパンと、一般庶民が食べているパンを一緒にしないでほしいものだ。


 そう思っていると、プイとアーリエはそっぽを向き、ポツリと言った。


「でも…………ありがとう…………」


「どういたしまして」


 返事をしながら、ケースケは思わず笑みをもらす。毎度、不器用な性格だ。どうにも、意地を張らねば気が済まないらしい。


「さて。今日はもう遅い。一旦、町に戻って休もう」


「……」


 そうケースケは提案すると、アーリエは無言で彼の後ろに立った。意図を察したケースケは、そっと彼女をおぶってやる。


 彼女を背負いながら、ケースケはゆっくりと山を下り始める。レーダーによる走査のおかげで、迷うことは無い。


 しばらくすると、背中からスースーと寝息が聞こえ始める。ケースケの背中で、アーリエは寝てしまっていた。


 ようやく、緊張がすべて緩んだのだろう。それだけ、特に子供にとってはハードな一日だった。もちろん、自分にとっても。


 安らかな表情で眠るアーリエを見ながら、ケースケは思った。


 ふと。アーリエの首元のネックレスが目に留まる。首元に何かかけていたのは分かっていたが、それが何かの拍子に顔を出したのだろう。

 それは青く美しい涙型の宝石でできており、中には夜空の星々のような無数の光が瞬いていた。


 瞬間、ケースケの中で、点と点が線を結んだ。かつての記憶が蘇る。十年近く前の、困難な依頼を。あの時に見た、柔らかな微笑みを。


『ねぇ冒険者さん。私、ずっと夜空を見ていたいの。手が届きそうで、でも絶対に届かない、あの空を……』


 そう言って彼女は、微笑んだんだ。俺の、目の前で。


「因果は回る、ってか……。なぁ、ナターシャ……」


 ポツリと、ケースケは呟く。それは誰にも聞かれることはなく、虚空へ消えていった。



 ・ ・ ・



「すいません、世話になりました」


 翌日、徐々に空が白み始めるのを眺めながら、ケースケは旅の準備をしていた。といっても、その大半をこなしたのは、カーボとヒスタであった。


 山から宿へ戻った後、アーリエを寝かせたケースケは、カーボたちに準備の手配を頼んだのだ。冒険者向けの宿屋をしている関係で、彼らにはその伝手があった。夜遅くからそれだけの準備を整えることができたのは、そのおかげだ。


「ま、いいってことさ。あんたの頼みなら、大抵のやつは断らないしな」


「しかし、やっぱりお人よしだねぇ。嫌いじゃないけどさ」


 カーボもヒスタも、にこやかに言った。その眼の下には、くっきりと隈ができている。


「……おはよう」


 そこへアーリエが起きてくる。満足に眠れていないのか、どこか寝ぼけ眼だ。それでも起きてきたのは、彼女も極力早く、この町から出ていく必要があると理解しているからだろう。


「おはよう。眠いだろうが、身支度は早めにな。終わり次第、出よう」


 ケースケは彼女にそう言葉をかけると、自分自身も荷物の最終確認を始める。


 アーリエを狙う敵対勢力がこの町にいることは、襲われたことからもすでに確定している。加えて、情報を聞き出そうと考え、刺客を殺さなかったのがアダになった。すでにケースケの情報も割れているだろう。だからこそ、一刻も早くこの町を出発しなければならない。


 だが、隣国まで行くにはそれなりの準備がいる。いくつか町などを経由はするが、それなりの食料は必要であるし、刺客に対抗する装備も必要であった。


「準備、できたわ」


 数分もしないうちに、アーリエが言った。ケースケがそれに頷くと、荷物を背負って宿を出る。カーボ、ヒスタもそれに続いた。


「さ、準備しておいたぞ。六足獣(ヘキサホーン)だ。中でもこいつは一押しだと」


 宿の入り口の前に、六本の足を持つ馬のような立派な獣が待機していた。この世界で使われる()()の中で、最も優秀で最も高価だと言われるのが、六足獣だ。準備金として相応の資金をカーボたちに渡していたケースケであったが、この六足獣でその三分の二を持っていかれた。


「ホントにお世話になりました」


 六足獣に荷物を載せ、あらためてケースケはカーボたちに礼を言う。すると、カーボたちは照れたように顔を見合わせた。


「男の旅立ちは唐突なもんだ、なあケースケ!」


「自分のこともしっかりするんだよ!」


 その言葉にコクリと頷くと、アーリエを前に乗せる形でケースケは六足獣に跨る。


「元気でやるんだよ!」


「また来たら、必ず顔を出せよ!」


「分かってます。それじゃあ、また……」


 別れを告げ、六足獣の腹を蹴る。ブォォオオンと六足獣はいななき、まだ誰もいない大通りを駆けていく。そうして、ケースケは三年間過ごした町を後にするのだった。


 町を出てしばらくしたころ、それまで黙っていたアーリエが、おもむろに口を開く。


「……ねぇ」


「なんだ?」


「次も来れる可能性はないのに、どうしてまたって言ったの? もう、会えないかもしれないのに」


 その問いに、ケースケは少し考えた後、おどけて答えた。


「ロマンってやつだよ」


「ロマン?」


「そうだ。分からないかな?」


「ええ。そうね……理解できないわ」


 呆れたようにアーリエは言う。そんな彼女に対して、高いテンションのまま、ケースケは話しかける。


「ホール・ニュー・ワールドってやつさ。パパとしては、娘には常に新しい世界を見て、自分の世界を開いていってほしいな」


「なにを…………今なんて言った? パパ?」


「ああそうだ、パパ。だってあの時、あんなに甘えてくれただろう?」


「それは、その……あ、あなたに依頼を受けてほしくって……と、とにかく、そういうことじゃないんだから!」


 プイっとアーリエはそっぽを向いてしまう。


 うーん、からかい過ぎたか。この年の女の子ってどう話せばいいのか分からないんだよな……。でもコミュニケーションくらいは取っていかないとなぁ。


 今後に悩むケースケを見て、アーリエはポツリと呟いた。


「よろしくね………………パパ……」


「……今パパって言った?」


「言ってない……キャア!」


「おお! 突然振り返るな、バランス崩して落っこちるぞ!」


「さ、先に言ってよ!」


 喧騒を抱えて、六足獣は道を駆けていく。


 高い雲が浮かぶ、快晴の日であった。


ここまで短編部分です。


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