4 人さらいの山賊ども
月が顔を出し、あたりも暗くなったころ、ケースケは目的地に到着した。町より一キロ程度離れた山中にある洞窟だ。アーリエと、そして山賊と思しき複数の反応があったのだ。
上がる息を整えて気配を消し、ケースケはそっと様子を窺う。
「あーあ。俺も宴会に行きたかったぜ……」
「お頭はルール違反に厳しいからな……。見張り当番になっちまったのが運の尽きだな……」
「はぁ~あ」
見張りらしき二人が、入り口で愚痴っている。どうやら、ほかの連中は中で宴会をしているらしい。
レーダーで確認した限りでもそのようだ。敵は十人、うち、入り口に見張りが二人。アーリエは洞窟の最奥だ。
ケースケはマントから手裏剣を二枚取り出すと、見張りめがけて投げる。それらはきれいな曲線を描いて見張りたちの喉に突き刺さった。訓練の賜物だ。
「!?」
ドサリ、と。うめき声の一つも上げずに、見張りは同時に倒れる。ケースケはきっちりと喉に剣を突き立てとどめを刺すと、そいつらを跨いで洞窟へと踏み込んでいく。
奥は部屋に改造されているようで、木製の板で区切られている。その中からにぎやかな声が聞こえてきた。そっと扉を開き、ケースケは様子を窺う。
そこには赤ら顔の男たちと、そして縛られたまま猿ぐつわを噛まされ、地面に転がされているアーリエがいた。意識はあるようで、ムームーと唸っている。
「さすがお頭! 狙った獲物は逃がさねぇ!」
「ハハハ! ま、俺様のスキル『空間跳躍』にかかればこんなものよ!」
頭領らしき男の言葉に、ケースケは頭の痛くなる思いがした。ヤツの言葉が正しければ……。
「しかしホントさすがですね! 護衛っぽいやつにも気づかれず、鮮やかに奪い去る……これはもう芸術ですよ!」
「そうおだてても……酒しか出ねぇぞぉ!」
下卑た笑い声がこだまする。どいつもこいつも相当に上機嫌だ。
「あとは金と引き換えるだけですねぇ!」
「バァ~カ! 俺が素直に引き渡すわけないだろ?」
頭領がガハハと笑った。
「なにせ魔法使いの血統、ウルク家のお嬢様だ! 使いでならいくらでもある! 散々金を搾り取ったら、どこぞの変態商人か、他国に流すのよ!」
ウルク家。ケースケは思わず反応する。その家とは多少なりとも縁があったからだ。
この国の名門貴族であり、魔法使いの血統。前の厄介ごとでも関わったことがある。何か、何かがつながりそうな感覚を覚える。……いや、まずはアーリエを助け出すことを優先するべきだ。
「さっすがお頭! 頭がいい!」
「よせやい! おっと、お嬢様が何か言いたそうにしてるぜ!」
頭領が顎で指示すると、部下たちがアーリエの猿ぐつわをほどく。同時に、顔を真っ赤にしたアーリエがわめき始める。
「下劣な連中が、こんなことをしてタダで済むと思ってるの!?」
「ほう、どうなるってんだい?」
だが、頭領は全く意に介さず、ニヤニヤしながら、アーリエの正面でしゃがむ。
「なあ、お嬢ちゃん。いいか、俺のスキルの力で、あんたがどこに連れ去られたなんざ誰も分からねぇ、証拠もねぇ。あんたがさらわれたなんて、誰が信じる。それに、ここにガサが入るころには俺たちゃさっさとトンズラさ。もう一回聞くぜ。そんな状況で、一体俺たちがどうなるってんだい?」
「あんたたちなんか、パパが……! パパ……が……」
そこまで言って、アーリエは勢いを失う。
「パパぁ!? あんたのパパなんざ、来やしねぇよ! なにせお貴族様だもんなぁ! あんたがこうしている間も、よしんば解放される瞬間だって、ふかふかのソファに座って、優雅にグラスを傾けてるさ!」
馬鹿笑いが響いた。山賊の誰も彼もが、アーリエの言葉を嘲笑する。当のアーリエは、目に涙をためて俯いているだけだ。
それを見ながらも、ケースケは道具袋から煙球を取り出す。
宴会をよそに、ケースケは突入のタイミングを見計らっていた。多勢に無勢のこの状況。不意を突いて一気に決めてしまわなければ、アーリエの、そして自分の命が危ない。
さしものケースケも、あのパパという言葉が、彼女の父親を指しているとは思わない。一方で、なぜ自分が、これほどまでに彼女に信頼されているのかも分からない。だが、彼はアーリエを助けると、心に決めていた。
一度護衛する、と口にしたからではない。彼女のためではもちろんあるが、それ以上に自分のためだとケースケは考えていた。
これは、チャンスだ。ここで動かなければ、あの日と同じ、俺はこけたままだ。起き上がるためには、何か行動を起こさなけらばいけないんだ。
ふぅと息をつき、笑う。今になって、そんな精神論で自分を鼓舞していることを自嘲したくなる。それでも、不思議と清々しい気分であった。
そして、スキルで煙球の導火線に火をつけると、小部屋へ放り込む。それはコツンと落ちるとともに、勢いよく煙を噴き出した。
「うお! なんだ! 煙!?」
「げ、ゲホゲホ! か、火事か!?」
子分たちは突然の煙に混乱をきたす。それに乗じて、ケースケは部屋に突入した。煙のせいで視界はゼロに等しい。おまけに、一分にも満たない短時間で、敵全員を制圧しなけらばならない。
だからこそ、ケースケはスキルをフルに活用する。
レーダーで敵の居場所を把握し、最短のルートを決める。生体電流を操作して自分の身体能力を底上げし、最速最小の動きで剣を振るう。
「ぎゃ!」
「ぐえ!」
「あ!」
煙の中、ただ断末魔だけが響く。ものの十数秒で、頭領を除く山賊七人の全員が、胸から血を流して倒れた。恐らく、ケースケを認識することも、死への恐怖も感じる暇もなかっただろう。
そんな連中に一瞬の思いもはせることなく、ケースケは頭領へと襲いかかる。頭領だけ殺さずにおいたのは、確認したいことがあったからだ。
突然のことに動けずにいた頭領の首を掴みあげると、ケースケは部屋から出た。そして、恐怖に歪むその顔をまじまじと見る。
「やっぱり……か。お前は……大地、か」
「ヒュ……お、お前、京助!?」
互いが互いの顔を認識する。その瞬間、ケースケの記憶がフラッシュバックする。
人さらいの頭領、その顔は、老けてはいたものの、元京助のクラスメイト、そして彼を置き去りにしたうちの一人、小川大地のもので間違いなかった。
言葉にならない感情ごと、彼は大地を地面に放り投げる。そして、静かに口を開いた。
「大地……おまえ、なんでこんなことを?」
「ゴホ……け……京助……生きていたのか……」
咳き込みながら、信じられないといった目で、大地はケースケを見上げる。彼にしてみれば、亡霊が蘇ったようなものだろう。ケースケは皮肉気に顔を歪める。
「おかげさまでな。それで、お前は俺の質問には答えてくれないのか?」
血に濡れた直刀を手にしたまま、ケースケは再度問いかける。
「なんでと言われたら……そりゃあ……」
スッと大地は目をそらす。そして、ケースケが置き去りにされる直前の夜にみせた、何かを馬鹿にするような笑い顔を見せる。
「簡単な話さ。ゴホ……考えても見ろ、特別な力を持った俺たちがなんで、へこへこ働かなきゃいけない?」
立ち上がらないまま、大地は声を上げて笑った。それは皮肉でもなんでもなく、心底そう思っているからこそ出る笑いなのだろう。
「そりゃ最初は、ちゃんと働いたさ。俺のスキル『空間跳躍』でな。でもすぐに馬鹿馬鹿しくなった! もうただの積み荷を運んで小銭を稼ぐのには飽き飽きしたのさ!」
「……」
言葉が出ない。自分よりはるかに良いスキルをもらっておいて、その結果がこの有様とは。
「そうだ兄弟! あそこの女、あれを売れば金になる! 京助、お前のスキルは弱そうだったが、ありゃ判断を間違えた、悪かった。今のお前は強くなってるからな、俺たちが組めば最強だ!」
いかにも名案だ、というように、大地は手を伸ばす。ケースケはフッと笑ってそれを掴み――。
「ああ、分け前についても……ヒィ!」
引き起こすと同時に、首元に剣をはわせる。ツツッと赤い血が大地の首元を流れた。
「すまないが、冒険者家業は信用が命でな。あいつ……アーリエは俺の依頼人なのさ」
手を放してやると、大地はへなへなと、力なくへたり込んだ。
「……だが、同郷のよしみだ、今回は見逃してやろう。空間跳躍だったか? それで、とっととこの場から消え失せろ」
冷たく、ケースケの言葉は響いた。
「へ、へへ……悪りぃな……この借りは、いつか返すさ……」
「期待はしないでおこう」
「じゃ、じゃあな……あばよ!」
ボウッと大地の体が光り、かき消える。
「死ねぇ!」
それと同時に、ケースケの背後から現れた大地が、ナイフを抜き、振り下ろした。
ザクリ。
刃が肉を裂き、血が噴水のように噴き上がる。
「カ……カケ……な……」
眉間を刺し貫かれながら、大地は呆然と言った。
「そうくると思っていたよ。言っただろう、今回は、とな……」
対して、ケースケは前を向いたまま、一瞥もしていない。ただ、彼の突き出した直刀が、寸分の狂いもなく、大地の頭部を貫いたのだ。
空間のゆがみを検知したこと、そして、大地の性格を知っていたからこそ、反応することができたのだ。ひどくプライドを傷つけられた大地であれば、必ず逃げたと見せかけて攻撃してくるだろうと、彼は読んでいた。
「なん……で……」
それだけ言って、大地はどしゃりと倒れ伏し、そのまま息絶えた。
「……期待していない。すまないな、あれは嘘だった」
かつてのクラスメイトの死体を見下ろしながら、ひどく平坦な声で、ケースケは言った。
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