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34 脱出


「大丈夫か?」


 ケースケの心配に、アーリエは笑って答える。


「お父さんこそ、血は回復してないんだから無茶はしないでね」


 ケースケにおぶられながらも、アーリエは心配そうに言う。


 アーリエは華美なドレスから、いつかケースケからもらった服へと着替えていた。処分されそうなところを死守したらしい。それは彼女のわがままでもあり、そして意思表明であった。


 しかし、魔法を使って消耗したアーリエに体の心配されるとは、これではあべこべだ。そう、ケースケは笑う。


「お嬢様、京助くんも、どっちも人のこと言えないでしょう」


 彼らのやり取りを、奏が呆れたようにたしなめる。ケースケは瀕死の重傷を負い、アーリエは一気に魔法を使ったせいで自分の足で立てないほどになっている。互いを心配する前に、まずは自分の心配をしろと思うのは当然の意見ではあった。


 突入時からは考えられないほど、彼らの空気は緩んでいる。それだけ気が抜けていた。


 実際、作戦はすでに終わったようなものだ。このまま脱出してしまえば、あとは行方をくらませるだけであり、それも奏のスキルであれば容易いことだ。だからこそ、ある人物を見逃していた。


 スカーが横たわる広間を抜け、ホールまで出た時、不意にケースケたちの耳にキィィンと嫌な音が入ってきた。


「うん!?」


「なにこれ!?」


「……まさか」


「ハァーハッハッハ!! やはり天は貴人の味方だなあ!!」


 鳴り響く不快な音に彼らが顔をしかめていると、それ以上に耳障りな声が響いた。暗がりの中から姿を現したのはエイジムである。どうやら、彼の掲げたその手から、音が発生しているようだった。


「貴様らが生きているということはスカーはしくじったのか。あの無能め。しかし、この私が見逃しはしない。“音魔法”の使い手でありウルク家当主であるこの私がなぁ!!」


「お父さん……」


 ぽんぽんとアーリエはケースケの背中を叩く。降ろしてくれ、その意図を察した音に顔をしかめながらも、彼女を降ろした。


 アーリエは一歩、前に出る。


「アーリエェ! 貴様それでもウルクの女か! とっとと部屋に戻れ! 貴様も私の音魔法で、苦しみたくないだろう!」


「お兄様……引いてください」


 静かにアーリエは言った。その言葉に、いっそすがすがしいほどにエイジムは歓喜の声を上げる。その顔はやはり歓喜と、そして憎悪に染まっている。


「そうかそうか! 考えてみれば、貴様にはまだ折檻を与えていなかったな! ならば、当主直々に可愛がってやろう!!」


「……」


 そんなエイジムを、やはりアーリエは静かに見据えた。


「お嬢様!」


 主人の危機を感じ取った奏は、アーリエに駆け寄ろうとする。だが、アーリエは手を上げてそれを止めた。


「覚悟はいいか!? くらえ相伝≪共振爆鎖≫!」


 エイジムの掲げた手からより一層音が強くなり、ビリビリと振動が収束する。そしてそれは、指向性を持って一直線にアーリエへと放たれた。


 アーリエはそれにたじろぎもせず、静かに手を構えた。


「……はぁ!」


 少女は一息に気合を吐く。同時に、エイジムから放たれていた不快な音が、一切止まった。


「!? どういうことだ!? なぜ、貴様は苦しまない!?」


 エイジムは狂ったように叫ぶ。目の前で起きたことが信じられないとばかりに首を振る。


「私が相殺しました」


「馬鹿な! 貴様は音魔法を継げなかったはずだ!!」


「申し訳ありません。本当は使えました」


 エイジムは大きく目を見開く。同系統の魔法を容易く相殺される、これは彼の魔法の力量をアーリエが上回っていることの証左でもあった。


「こ、この……!」


「私はウルクを出ていきます。お世話になりました」


 ぺこりとアーリエは頭を下げる。自分を売ろうとしたとはいえ兄である。それに対する、彼女なりのけじめのつけ方であった。


「この! この! このぉ!!」


 そんな彼女へ、全身のぜい肉をタプタプと揺らしてエイジムは殴りかかる。だが、逆上するがゆえに、彼は彼女の後ろに控えていた二人を忘れていた。


 ガシリ。ぜい肉たっぷりの腕を、ケースケが掴む。彼からしてみれば、運動不足のデブの、それもハエが泊まるような拳を掴むなど屁でもない。力強く、その腕をひねり上げた。


 容赦のないそれに、エイジムは声にならない悲鳴を上げる。


「うちの娘に、手を出させると思ったか?」


 ミシリ。油の詰まった風船のようなエイジムの腹を、奏の拳が貫く。剛槍ごとき突きは鍛えられていない腹筋を伝って、エイジムの全身にくまなくダメージを与える。


「豚が。お嬢様に手を出すな」


「げぶぅ!!」


 勢いよく吹き飛ばされたエイジムは、ボールのようにゴロゴロと転がりうずくまる。


「げぼ……き、貴様ら……貴人に手を上げるとは……」


「貴人だろうが何だろうが、貴様は敵だ。なら、躊躇せずに倒す。それがどれだけ小物でもな」


 ケースケの目が猛禽類のように光った。


「死んで償え」


 奏は、底冷えがするような冷たい目で、吐き捨てる。そして、トドメを刺そうと近寄ろうとしたとき、それをケースケが押しとどめた。


「……なに?」


「こんなのでもアーリエの兄だ。肉親を殺すのは、さすがにな」


「もう父親面? 禍根を残すのならいっそ……」


「二人とも、止めて」


 言い争いに発展しそうな二人を、アーリエが止める。


「お兄様だって、いなくなれば困る人がいるはずだわ。私は……生きていてほしい」


「……お嬢様がそうおっしゃるのなら」


 アーリエの言葉に、奏はしぶしぶと引き下がる。それを頷きながら見ていたケースケはふと、エイジムの方向を見る。だが、そこに溶けたアイスのような巨体は転がってはいなかった。見れば、巨体に似合わないスピードでホールから走り去るエイジムの姿が、すでに遠くなっていた。


「見かけによらず、根性あるな」


 感心したように、ケースケは呟いた。


「でも、本当に大丈夫なの? また、お嬢様を狙ってくるかも」


「その時はその時さ。それに――」


 そこで一旦、ケースケは言葉を切る。奏は首をかしげて、継ぐ言葉をせかした。


「それに?」


「いや、それは後だ。まずは脱出しよう。アーリエも疲れているだろうしな」


「私はまだ……」


 強がろうとするアーリエを、ケースケはそっと遮る。


「親ってのは、子供がぐったりしていると心配なもんなんだ。今日ばっかりは、甘えてくれないか?」


 一瞬、ポカンとしたアーリエは俯くと、両手を伸ばして恥ずかしそうにせがんだ。


「……じゃあ負ぶって」


「了解」


 ケースケは少女を負ぶってやる。体重は軽いはずなのに、ズシリと重く感じたが、その重みは彼にとって決して不快なものでは無かった。


「あ、ずるい。後で私も背負らせて」


「存分にする機会はあるさ。まずは脱出だ」


「……私はずっとお父さんがいい」


「お、お嬢様~」


 ひと騒動あったとはいえ、彼らは目的を果たした。無駄口を叩きながらも、速やかに屋敷を後にするのだった。


 エイジムがドロドロに汗をかきながら、私兵を連れて戻ってきたときには、彼らの姿はすでに無かった。

 

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