33 再会
一応の手当てをして、彼らは再度探索を再開していた。
あいも変わらず薄暗い屋敷の中を、ケースケと、彼に肩を貸す奏は慎重に進む。当然、奏のスキルで透明になっている。
スカーとの戦いにおいてひどく傷を負ったことに加え、戦闘音が聞こえていた場合、最悪大勢の敵に囲まれることになる。むしろ、あれだけの戦いの後にすら、一切敵が現れないというのは異常だ。
「……だが、実際そうなっているからな」
ケースケは釈然としない様子で呟く。現状、体を動かすことにスキルを使っているため、レーダーの使用はできない。顔面は蒼白で息も絶え絶えである。それでも、彼は積んできた経験から、敵の気配というものをある程度探れる。その気配がほとんどないのだ。
「よく分からないわね。守りたいのか、そうでないのか」
奏もそれに賛同する。戦いの後、いくつかの部屋を見たのだが、その間、やはり敵の姿を見なかったのだ。屋敷に入ってくる警備兵すらいない。
「スカーが敵を探すためにあえてそうしたのかもな。音の発生源を消して、侵入者を特定しやすくするためってところだろうか? あるいは……」
「さあ? ま、いいわ。そんなことより、アーリエよ」
「違いない――と、次の部屋だ」
奏の肩から手を放すと、ケースケは武器を構える。これまで敵の姿を見ていなかったとはいえ、敵がいない可能性はゼロではない。警戒するに越したことはないのだ。
ケースケと奏は無言で頷きあうと、扉をけ破り突入する。
果たしてその部屋には人がいた。
豪華な服を纏った無表情のアーリエと、そして――
「う、動くな!」
震えながら銃を構えるデビットである。
だがケースケはそれを無視し、呆気にとられるアーリエへ視線を向ける。
「……奏。それに、ケースケも……」
「アーリエ。遅くなったが……迎えに来た」
「お嬢様。お待たせしました」
驚く表情のアーリエにケースケは優しく微笑みかける。アーリエの表情は困惑と、そしてほん少しの嬉しさが現れていた。
「か、勝手にしゃべるな! 命令に従わなければ、う、撃つぞ!」
自分の命令を無視されたのが癇に障ったのか、デビットはがなる。そんな彼に対して、ケースケは向き直った。
「あんた、アーリエの祖父なんだろう? それに奏の計画に協力もしていた。それが何で、こんなだまし討ちのようなことをしたんだ?」
「……! うるさい! 下種の狂犬に、話せることなどない!」
すでに真っ白になった髪を振り乱し、デビットは叫ぶ。その必死から、ケースケは死すら厭わないデビットの覚悟を感じ取った。
らちが明かないという風に、ケースケは奏に合図する。頷いた奏は一歩前に出た。
「あの豚のおかげで、大体の事情は把握しております。ご子息が誘拐されたとのこと、であれば我々の敵は共通しているのではないでしょうか?」
「そこまで知っているのなら理解できるだろうカナデ! いくら孫とはいえよその家の娘と、我が家の跡取りと、どちらが大切かを! いくらお前であろうと、私は躊躇なく撃つぞ!」
「そうですか……残念です……」
そう言うが否や、奏は素早くデビットの後方へ回り込み、その首筋をトンと打った。
「うっ!?」
所詮運動不足の老人だ。反応することもできず、デビットは昏倒し、床に倒れる。そんな彼の前に、ケースケは一枚の紙を落とした。
「あんたの息子がいる場所だ。町はずれの廃墟に監禁されていたが、今は宿で休んでもらっている。……結局無駄になっちまったが、やっちまったからな、一応教えておくさ」
デビットは一瞬、信じられないという目でケースケを見上げ、それからフッと目を閉じた。
「……相変わらず、かっこつけなのね」
凛とした声が響く。アーリエだ。
「お前も相変わらず、えらそうだ」
ニヤリとケースケも返す。一週間と経っていないのに、このやり取りがなんだか懐かしいように、ケースケには感じられた。
「それで、ここに何の用かしら?」
アーリエは感情の乗らない表情でケースケに問う。だが、その瞳にはかすかに、期待の色があった。
「お前を助けに来たんだ。奏の依頼でな」
「……そう」
アーリエは努めて無表情で、しかしどこか悲し気に顔を伏せる。
ドン、とケースケは奏に背中を叩かれた。奏だ。余計なことを言うなということだろう。それに、ケースケは分かってるさ、とばかりに手を軽く上げると、アーリエの目の前まで歩み寄る。そして、少女に語りかけた。
「それで、依頼はお前を助けるまでなんだが……その、なんだ……これは、俺からの依頼……いや、お願い……違うな、頼み……あー、まあ、そんなところなんだが……」
ケースケはもごもごと言いよどむ。吐きそうなのは、何も全身に負った重症のせいだけではない。
「……俺の、娘になってくれないか?」
それでも、ケースケは言い切った。しばしの沈黙の中、アーリエはポツリと聞き返す。
「……それは誰からの依頼? カナデ?」
「違う。俺が、俺自身がそうしたいと思ったんだ」
「…………あの時、断っておいて」
「悪かった。けど、今ならはっきりと答えられる」
「………………あの時、そう言ってほしかった」
「悪い」
「……――」
「……アーリエ」
うつむいたままのアーリエを、そっとケースケは抱きしめる。親が子に、愛情を示すように。
「……おとう……さん……」
ケースケの背中に小さな手が回された。子が親に、甘えるように。
しばらくの間、彼らは抱き合っていた。その時、パチパチと乾いた音が鳴る。奏が手を鳴らしたのだ。
「ハイハイ。私だけ置いてけぼりにしてないで、早いとこ脱出しなきゃでしょ」
「お、おうそうだな……」
「あ、ごめんねカナデ……。本当に助けに来てくれるなんて、感謝しているわ。ありがとう」
「どうせ私は京助くんのおまけですよ。それよりお嬢様。申し訳ないのですが、一つ頼みが」
少しぶーたれた奏であったが、すぐにモードを切り替える。この辺りは流石だ。
「何?」
「京助くんの傷を塞いでいただけませんか? 放っておけば、命にもかかわる重傷です」
「え、え!? 大丈夫なのケー……お父さん! すぐに治すわ!」
アーリエは焦ったようにケースケへ向き直る。
「あ、ああ。だが時間も無い。少しだけでいいからな」
「大丈夫。すぐにするから、安心して」
ケースケの服をめくったアーリエは一瞬、その傷の深さに泣きそうな顔をするが、すぐに手をかざした。温かい光が傷を照らし、みるみるうちに穴を塞いでいく。
その様をケースケは感慨深く見ていた。もう、ナターシャとは重ならなかった。




