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31 暗殺者の長 1


 引き金が引かれようとするさまを、奏は瞬きもせずに見ていた。死への恐怖を覚えるには、あまりに時間がなさ過ぎた。代わりに沸き上がってきたのは、後悔の念である。アーリエに対して、結局何もしてやれなかった、救うことすらできなかった、そんな思いだ。


 そして、無音の雷鳴が放たれた。


 同時に、先ほどまでスカーが立っていた奏の目の前に、ダン、ダン! と手裏剣が突き刺さる。


「チッ……()()()()()()()……」


 続いて、苛立ち混じりの悪態をつきながら、暗闇に一つの影が降り立つ。


「……け、京助くん」


 奏は息を吐き出すように言った。


 ぶわりと全身に冷や汗をかき、今頃になって襲ってきた恐怖に顔を青ざめさせながらも、彼女は生きていた。額に突きつけられた銃口は、直前になって急に狙いを変え、彼女の後方に向けて発砲されたのだ。


 恐らく、自分を見つけたのと同様の手段でケースケの存在に気がつき、標的を変えたのだろう。なんにせよ、九死に一生を得た形となった。


「京助くん。な、なんでここに……?」


 奏は、自分の声が震えていないかと変な部分を心配しつつ、ケースケがこの場に駆けつけたことを問うた。それにケースケは、スカーから視線を外さず答える。

 

「俺の持ち場は終わったからな。それに、アーリエを連れ出したとして、奏がいなくなると本末転倒だ。それじゃ、仕事を果たしたことにはならない」


「……ありがとう」

 

「依頼主様だからな。気にするな」


 茶化したケースケのその答えに、奏は思わず笑みを浮かべる。それは死から救ってもらったことへの安堵か、目的を共有する仲間が助けに来てくれたことに対する嬉しさか。どちらにせよ、この状況に置いて確かに彼女はほっとした。


「それに――」


 だが、彼女の安堵も、ケースケの硬い声音ですぐに引き締まる。


「やつには俺たちの姿が見えている。倒さなければ、逃げ切れるものじゃない」


「そうね……」


 奏は頷く。確かにケースケの言う通りで、姿を隠しても捕捉される以上、アーリエを連れて逃げるというのは至難の業だ。あっという間に居場所がばれて、囲まれるのが関の山だろう。


 そして、当のスカーはというと、新手の出現に対しても、余裕を見せるかのようにただ立っている。まるで門番のようだ。


「止血しとけ。俺がやる」


 直刀を抜き放ち、構える。


「私だってまだやれる……!」


 ケースケの言葉に奏は首を振り、立ち上がる。だが、相当の流血もあり、足元がふらついている。ケースケはそれをちらりと見て、ふぅとため息をついた。


「ならトドメは譲る。メインは任せろ」


 それは最大限の譲歩であった。そしてもちろん、奏もそれを理解している。今現在、自分はお荷物だと。


「……分かった」


 奏はストンと座り、小さく頷いた。


 彼女の返事を聞いたケースケは、それに応えるように片手を上げ、一歩前に出た。


「乳繰り合いはすんだのか?」


 不意に、しわがれた声が響いた。スカーである。


 一瞬たりともスカーから注意をそらさなかったケースケは、そこで面食らう。つまりあの暗殺者のトップは、絶好のチャンスであえて襲いかかって来なかったということだ。


「身なりの割に、紳士なことだ」


「……」


 ケースケの皮肉に、しかしスカーは答えない。代わりに、一歩だけ踏み出し、スッと構えた。


 動いたのは同時だった。


 スカーが駆けると同時に、ケースケは手裏剣を投げる。スカーは飛んできたそれを難なく掴み、投げ返す。投げ返された手裏剣を避けながら、ケースケがムカデのように低い体勢で距離を詰める。


 そのままケースケが直刀を振うも、スカーは紙一重でかわし、袖に仕込んでいた刃物で逆襲を仕掛ける。ケースケはギリギリでそれを避けると、勢いのままバク転気味に体を回転させ蹴りを放つ。だが、つま先が腹部に突き刺さる寸前に、スカーは大きく後退して回避した。


「……すごい」


 一連の攻防を見ていた奏は思わず、呟いた。だが同時に、互いが互いに、攻撃を悉く避けるのが気になった。攻撃を貰う訳にはいかないケースケは当然として、スカーも過剰にケースケの攻撃に反応しているように見えた。


 と、ケースケが忌々しそうに呟いた。


「……知られているのか、俺のスキル」


 彼の頭によぎるのは、初めてアーリエとあった時に黒装束と交戦したことである。あの時、黒装束を殺すことができなかったことから、情報が伝わったのだろう。


「……」


「だが、俺も読めてきたぞ。お前の魔法は恐らく『音魔法』だな」


 スカーは答えない。だが、その沈黙が肯定しているようなものであった。


 ケースケが最初に奏から話を聞いたとき、違和感を覚えたのは彼女の手甲でガードしたにも関わらず、体にダメージがいったことだ。それは、あの時森で消された葛西祥子の状況に似ている。そして、暗闇の中で自分や奏を見つけることができる能力。


 そう考えた時に、一つ思い当たるものがあった。それが振動、すなわち『音』である。使い方によってソナーにもなるし、振動を体に叩きこめば、硬い装甲の上からだって人を殺せるだろう。無音で行動することにも説明がつく。


「それが……どうしたというのだ……?」


 スカーが口を開く。その声音に一切の感情の揺らぎも感じられなかった。


「俺の気分が楽になる。それに、覚悟も決めさせてくれた」


 対するケースケもまた、飄々と返す。


「少なくとも今は……後先考えるのは止めにする」


 ゴキリと肩を鳴らして、ケースケは深く構える。そしてスキルを最大稼働させた。


 ぶわりとケースケの髪の毛が逆立つ。それは、彼の全身に『静電気』が流れていることを示している。それこそがもう一つの切り札。何のことはない、ただ全身の筋肉のリミッターを外すだけである。


「行くぞ!」


 気勢とともに、ケースケは踏み出す。


 スカーも迎撃のため構えた。素人でも分かるほど、ケースケの構えは単純であった。ただ直線を突き進む。故に、スカーは特別警戒はしない。そして、次にスカーがケースケの姿を捉えたのは――


 ――己の眼前であった。


「!?」


「シィ!!」


 暗闇に輝く銀閃が走り、赤いしぶきが飛ぶ。


 トン、とスカーは大きく、大きく後退していた。今まで被っていた黒い頭巾は切り裂かれ、露わになった壮年の顔には一筋の大きな切り傷ができている。


 極限の反射神経によって、ケースケの剣戟を薄皮一枚で避けたのだ。だが、その顔に浮かぶ表情には、一切の感情は浮かんでいなかった。


「殺ったと思ったが……しぶとい……!」


 全身に走る痛みを我慢しながら、ケースケは静かに吐き捨てた。


 今使っている必殺技は、もう一つの必殺技である身体操作よりもさらに体の負担が大きい。筋繊維断裂はもとより、心拍数上昇に酸欠など、いくつもの苦痛が体を襲う。一瞬、使用する部位だけを強化する身体操作に比べ、常に全身を強化するこの技は、奥の手中の奥の手である。


 だが、それに見合う性能ではある。


 スカーは避けたまま動けていない。いや、動けないのだ。ケースケの全身、そして武器を巡る静電気が、被弾した敵の体をマヒさせる。むしろ、その状態で大きく後退で来たスカーこそ、賞賛されるべきであろう。


「だが、トドメだ……!」


 今こそが好機である。ケースケはもう一度深く構え、そして踏み出す。高速で流れる景色の中、やはりスカーは動かない。その細い胴を薙ぐように、ケースケは直刀を振るった。


「なっ!?」


 だがその刃は空を切る。スカーが土壇場で、まるで羽毛のように剣戟を回避する。素肌まで到達していないので、流れる静電気も意味をなさない。


 ぐるりと空中で回転するスカー。その纏う黒装束から、闇の中でなお黒い銃口が火を吹いた。


 スキルによるものとは違う痛みを感じて、ケースケは呆然と自分の腹部に手をやる。そこからは、熱い血がドクドクと流れていた。

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