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3 刺客たち


「悪いがね、聞いてたよ。ま、あまり気にしなさんな。子供とはいえ、あんたをだまそうとしたんだ、お相子さ」


 モーニングセットを両手にヒスタが顔を出す。その慰めの言葉も、ケースケにはあまり響かなかった。彼はおざなりに返事をする。


「慰め、ありがとうございます」


「ま、これでも食べて元気を出しな」


 ヒスタはことりとモーニングをケースケの前に置く。固パンに干し肉、そして固焼きの目玉焼き。それらがホカホカと湯気を立てている。


 このメニューは、彼が少しでも元の世界を忘れないように考案したものだ。だが、それによって僅かでも沸き立つ望郷の念すら、今の彼には疎ましい。

 食べるでもなく、パンを手に取りぼーっと眺める。今感じているのは罪悪感か、自己嫌悪か。久しく顔を出さなかった“京助”が感情をかき乱しているのか、判断がつかなかった。


 そんなケースケを不憫に思ったのか、ヒスタは不自然な口調で話を戻す。


「そ、それにしても、いくらあくどい子供だからって、もうそろそろ日も暮れそうなんだから、一泊くらいしていけばいいのにねぇ」


「もうそんな時間ですか?」


「まあ、あんたらが起きてきたのも、だいぶ遅かったからねぇ」


 そんなに時間がたっていたことにケースケは驚く。それだけ、久しく真剣に悩んだと言うことなのだろうか。


「最近、近くの山に山賊が住み着いたって話でねぇ、人さらいの被害も出てるらしいのさ」


 ヒスタのその言葉に、ケースケは反応する。特に最近はギルドへ頻繁に出入りしていたが、そのような話は初耳だったからだ。


「そうなんですか?」


「ああ、あんたは怪物退治専門だから、知らなくてもしょうがないだろうけどねぇ。なんでも、変な術を使って痕跡も残さず人をさらうってのさ。魔法使いってもっぱらの噂だよ」


 ケースケはそれを聞いて首をひねった。この世界にも魔法はあることにはある。だが、魔法使いは希少で保護される存在だ。野に出てくることはほとんどない。それが、人さらい? ありえない話ではないが……。


「……しょうがない。あの子、探してきますよ」


 少し考え、ケースケはそう決めた。この世界は夕方になると一気に治安が悪くなる。多少の縁があったのだから、心配だという気持ちも多少あった。


 それに、少しでもこの気持ちが晴れるのならそれもいいだろう。


「そんなお節介だから、あんたの娘だってだまそうとしてくるんだよ」


 お節介なヒスタに、お節介だといわれ、ケースケは思わず苦笑する。そして、肩をすくめて答えた。


「一杯の水をもらいましたからね、礼には礼を持って返さないと」


 そうおどけると、ヒスタは呆れたようにため息をついた。


「これ、もらっていきますよ」


 そう言って固焼きパンをもう一つ手に取ると、ケースケは食堂を後にする。 


 部屋に戻ると、彼は装備を整える。気を抜いた冒険者が集団で襲われたという話も聞いたことがあるので、フル装備だ。と言っても、手甲に脚甲、仕込みマントに寸の短い直刀だけであるが。最後に、パンを比較的清潔そうな皮袋にしまい、すぐに飛び出す。


「じゃ、行ってきます」


「気を付けるんだよ」


「心配いらねぇって。この町でケースケを襲うやつなんざいやしねぇよ。ま、変な女には引っかかるんじゃないぞ」


 カーボとヒスタに挨拶をして、ケースケは夕闇に染まる町に繰り出した。



・ ・ ・



 目当ては、比較的早く見つかった。珍しく人通りが少ないことが幸運であった。加えて言うなら、身なりと良い装備と言うのは、存外目立つものなのである。


 アーリエは、道の端っこで、ポツリと立ち尽くしていた。


「アーリエ」


 そんな彼女に、ケースケは声をかける。彼に気がついたアーリエは慌てて顔をそむけると、ごしごしと目元をこすって、すぐ向き直った。


「依頼を断った貴方が、一体何の用かしら?」


 強く、棘のある口調で彼女は言った。目が腫れていなければ、先ほどまで彼女が泣いていたとは分からない態度だ。貴族らしい、そうケースケは感心する。


 感心ついでに、彼はスッと背筋を正すと、大昔何かのテレビで見たように、跪く。そして、手を差し伸べながら言った。


「いや、なんてことはないさ。ただ、ここらは暗くなると治安が悪くなる。だから、今日くらい護衛を務めさせてもらおうかとね」


 相手はお貴族様で、ましてや子供だ。だからケースケは下手に出る。下手な癇癪をおこされたくはないし、子供の扱いなどよく知らないからだ。


 差し出されたその手を、アーリエはポカンと見つめていたが、しばらくして顔をプイと顔を背けた。一瞬、拒否されたかとケースケは焦ったが、彼女の耳を見て安堵する。その耳は真っ赤になっていた。


 そうしてたっぷり時間を取って、ようやくアーリエは向き直った。時間を置いたこともあり、幾分か落ち着いた様子で口を開く。


「わ、分かったわ。じゃあ、私を――」


 そこで、彼女の表情は凍った。


「――いえ、違うわ……。この人は関係ない……」


 低く、冷たい言葉が響く。


「それを判断するのは、貴女(あなた)ではない」


 殺気。


 ケースケは咄嗟に直刀を抜き放ち、己の直観に身を任せて振るった。ギィン、と金属音と、そして、恐らく斬撃を防いだ感覚が手のひらに伝わってくる。


 それをはじくと同時に、ケースケはアーリエを守るように振り返った。


 そこには黒い装束ですっぽりと体を覆った連中が三人、ケースケたちを囲むように立っていた。その手には剣が握られており、抜身の殺気を放っている。


 これほどの殺気に気がつかなかった間抜けな自分に、今更ながらに腹が立つ。考えてみれば、夕方の大通りで人通りが少ないことに違和感を覚えるべきであった。


「……ここまでステレオタイプな追手がいるとは思わなかったよ」


 自己嫌悪と一握りの恐怖に口の端を歪めながら、ケースケは軽く口を開く。俺という人間はどうも、窮地に追い込まれると軽口を叩きたくなる性格らしい。


 そんな言葉に付き合うこともなく、ジリジリと黒装束の連中は距離を詰めてくる。ケースケは必死に、しかし冷静に彼らの穴を探すが、一分の隙も見当たらない。対人戦の経験は比較的少ないケースケであったが、そんな彼でも分かるほど、目の前の連中は練度が高い。


「その恰好暑くないか? 知ってるかい、黒い布地は日光を――!」


 火ぶたを切ったのはケースケ。言葉の途中から、ノーモーションの奇襲。彼から最も近い右手の黒装束へ直刀を奔らせる。


 連中の虚を突いた自信はあった。しかし、目標の黒装束は素早く反応し、手にした剣を繰り出して剣戟を防ごうとする。そこには、攻撃を防いでケースケの態勢を崩し、連携を取ってたたみかけよう、という腹が見える。


 だが、その目論見はケースケの起動したスキル『静電気』によって崩れ去った。


「いっ……!」


 バチリ!


 弾けるような音が響く。


 ケースケの攻撃を防いだ瞬間、黒装束は剣を握る手に鋭い痛みを覚え、思わず剣を取り落とした。


 その隙をケースケが見逃すはずもなく、黒装束の腹に回し蹴りを突き刺して、吹き飛ばす。壁に叩きつけられた黒装束は、そのまま地面にへたり込み、沈黙した。


 続いてケースケは、左右から同時に襲い掛かる黒装束たちの攻撃を紙一重でかわすと、片方の手を掴んで腕を極める。そして、もう一人目掛けて勢いよく投げた。追撃の態勢に入っていたそいつは、迫りくる仲間の背中を避けることができず、もろともに地面に転がる。


 折り重なってもがいている二人に、ケースケはゆっくりと近づくと、首筋に手を当て最大出力でスキルを起動した。


 バチリ、と音が弾け、黒装束たちは沈黙する。もっとも、スキル『静電気』に人を殺せるだけの火力は無いので、連中はただ気絶しているだけだ。


「……ふぅ……」


 極度の緊張状態から解放されたケースケは、大きく深呼吸をした。


 護衛任務とアーリエは言っていたが、この敵から身を守れ、と言うことなのだろうか。断っておいて良かったと、今更ながらにケースケは思った。こんな手練れに四六時中狙われるとなると、命がいくつあっても足りない。


 一応気絶させたが、とどめを刺すべきか、それとも情報を引き出すべきか……いや、これでは依頼を引き受けることを前提としてしまっているな。


 なんにせよ、とりあえずはアーリエを連れて宿に戻ろう。一度口にした以上、今日くらいは守ってやらないと気分が悪いしな。そう思いつつ、ケースケは振り返る。


「……アーリエ?」


 そこにアーリエはいなかった。


 一瞬、戦っているうちに逃げたのかと考えるが、それはありえないとすぐに判断する。舗装がなされている元の世界と違って、この世界の大通りは基本的に砂地だ。戦いの中、焦って走れば、痕跡の一つくらい残るはずだ。


 痕跡……。ヒスタの言葉が唐突に思い起こされる。痕跡を残さず人をさらう山賊……。


「まさか、な……」


 嫌な予感がする。十五年間で培ってきた勘はそう外れない。その彼の勘が、アーリエの身に何かが起こったことを告げていた。だが……。


「俺がそこまでする義理がどこにある……」


 自分に言い聞かせるように呟く。今朝初めて会っただけの、名前以外素性も知らない生意気なやつだ。そんな相手のために、なぜこれ以上のリスクを冒す必要があるのか。すでに死地を経験した、これ以上はごめんだ。


 その一方で、京助が主張する。吐いた唾は飲み込めない、動かないと絶対後悔することになるぞ。お前はまだ、()()()()()なのか、と。


 ボリボリと頭をかいて、ケースケは大きなため息をついた。


「はぁ……しょうがない……」


 ケースケはスキル『静電気』を起動する。十五年にも及ぶ鍛錬の結果、彼はスキルを十二分に扱えるようになっていた。単純な放電以外にも、多くの使い方を編み出した。

 微弱な電波を発生させ、レーダーの如く周囲を走査するのも、スキル応用の賜物だ。アーリエの波長も、彼はきっちり記憶していた。


 捕まってないのならそれでいい。ありえないだろうが、ただ逃げ出していて、この町にいるのならそれでいい。それならば、面倒は無い。


 広く、広く探っていく。その範囲は町を出て、周囲の山々まで広がっていく。そして、ある山の中腹で、複数の波長を捉えた。


「……」


 正直なところ、勘は外れてほしかった。自分自身にため息をつきながら、ケースケは夜道を駆けだす。結局、自分の性格上、こうなるだろうとは分かっていた。


 彼の中のケースケがわめく。また死ぬ思いをするぞ、と。だが、彼はそれに苦笑しながら答えた。


「……たまには、京助に戻るのも悪くない」

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