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22 仕事の話


 最近は、目を覚ますと見える景色が変わっていることに慣れてきた気がする。意識が戻ったケースケは、そんなことを思いながら起き上がる。


 沈みそうなほどのベッドに高そうなソファやテーブル。棚にはいかにも高そうな酒瓶が並べてあり、いくつかグラスも用意されていた。どうやら、ずいぶん上等な宿へ運ばれたらしい。


 体には活力が漲っており、傷も完全にふさがっている。アーリエの魔法によるものだろう。心身ともに疲弊した状態で魔法を使わせてしまったことは心苦しいが、おかげで治療に時間を費やさずにすむのはありがたい。


 すぐにでも礼を言いたかったが、あいにく、彼女はこの部屋にはいなかった。と、ガチャリとドアが開き、黒髪黒目の女性が入ってきた。

 女性は、起き上がっているケースケの姿を確認すると、慌てて部屋から飛び出していく。


 少しして、ドタドタと廊下を走る音とともに、アーリエが飛び込んできた。続いて、先ほどの女性もしずしずと入ってくる。そこで、ケースケは、その女性が草原で戦った相手だと気づく。茶の外套ではなく、一丁前にメイド服だ。


「ああ、ケースケ……よかった……!」


 飛び込んでくるなり、アーリエはケースケまで駆け寄ると、その胸に顔をうずめる。ケースケはそれをなだめるように、頭を撫でてやる。


「心配かけてすまなかったよ。体、治してくれてありがとう」


「うん……うん……ケースケが無事で、本当によかった……!」


 結局、心配させてしまったようだ。気丈なアーリエがここまで取り乱すということは、それだけこれまでの旅で精神的負担が蓄積していたのだろう。


 自分がその一端を担っていることに自嘲しつつ、ケースケは顔をうずめたまま肩を震わせる少女の頭を、優しくなで続けるのだった。



・ ・ ・



「コホン……」


 十分ほどそうしていた後、アーリエは顔を拭って一つ咳ばらいをする。そして、何事もなかったかのように彼女は口を開いた。


「紹介するわ。彼女はカナデ。私の侍女よ」


「奏です。どうぞ、お見知りおきを」


 カナデと呼ばれた女性は、慇懃にお辞儀をする。その様子をケースケは、頭が痛くなるような思いで見ていた。ついでに、意外と記憶力がある自分に、呆れたような感心も抱いていた。


 黒髪黒目、カナデといういかにもな名前、そして特殊能力(スキル)。十五年間、一度も出会わなかった連中に、今になって立て続けに遭遇するとは。本当に、誰か同窓会でも開いているのではないかと疑いたくなる。


「急に戦いを仕掛け、申し訳ありません。お嬢様をお守りした方の実力を知りたいと思いまして……」


「全く、これだからカナデは……。怪我してるのなんて、見れば分かるじゃない!」


「申し訳ありません、お嬢様。京助様にも、お詫び申し上げます」


「あー、いや一ついいか?」


 ケースケはこめかみに手を当てながら、アーリエたちの会話を遮る。


「その、な。敬語は勘弁してほしいな。……立花奏(たちばなかなで)さん」


 そうケースケが言ってやると、カナデもまた、勘弁してくれとでもいう風に肩をすくめる。


「そうは言っても、お嬢様の前ですし。違和感あるのは私も同じですが」


 慇懃な態度を崩さないカナデに、ケースケはますます頭が痛くなってくるような気がした。


「な、なに? 二人とも、知り合いなの?」


「……そうだな。言ってしまえば……まあ、同郷だ」


「まあ、その言い方が一番正しいですかね」


「そ、そう……」


 ケースケたちの歯切れの悪い言葉に首をかしげつつ、アーリエはそれ以上は突っ込まなかった。


 立花奏。元クラスメイトの一人で、活発な女子であったと記憶している。まともに顔を見たのは、元の世界でバスに乗り込んだのが最後だ。それ以来、こちらの世界に来てからは初めての遭遇である。


 ケースケと同じ中学とのことで多少話したことはあるが、それ以上の関わりは無かった。なので、あまりその人となりを知らない。確か、空手を習っていたと聞いていたので、あの動きにも納得がいった。


 ただ、同い年の、同じクラスの同級生であった人間に敬語で接されることに、ケースケはなんとなく居心地の悪さを感じていた。


「さて、自己紹介はこれまでにして京助様。仕事の話に入らせていただきます」


 奏は場を仕切りなおすと、ケースケにそう言った。ケースケは思わず目を細める。そう、目的地に着いた以上、この話はしなければいけないことであった。それがどれだけ嫌なことであっても。


「まずは、お疲れ様でした。ここまでお嬢様を守り切っていただき、感謝しております」


「……どうも」


 おざなりに返事をする。あまり、依頼に成功したという達成感は無い。


 そんなケースケの態度を気にも留めず、奏はつらつらと説明を始めた。 


「京助様、単独での護衛はここで終わりになります。明日にでも、お嬢様の母方の生家、バース家より護衛の一団が参りますので、お嬢様の護衛はそちらに引き継ぐ形になります」


 バース家。やはり、ナターシャの生家だ。ちらりとケースケがアーリエのほうを見ると、彼女はなぜか、バツが悪そうに顔を背けた。


「京助様は、その一団に同行していただき、屋敷に到着後、報酬が支払われるという形になります。その間の旅費、食費はこちらで負担させていただきます。ここまでで、何か質問はありませんか?」


 つらつらと奏は説明する。その内容は、大方予想通りであった。護衛があと一日で到着する、という点も含めて。大きな疑問点は無い。こんな時、()()()()()()()自分に、嫌気がさす。


「いや……ない」


 ケースケが絞り出すようにそう言うと、奏は一つ頷き、彼に向かって一礼をした


「では、私たちはこれで。お嬢様、いきましょう」


 そして、アーリエの背中に手を添えて、退室を促す。


「……ええ」


 それに従い、アーリエは部屋から出ていく。ちらりと見えたその顔には、何かにおびえたような、しかし期待するような、そんな表情が浮かんでいた。


 静けさが残った部屋の中で、ケースケはふぅと一息をつく。彼は立ち上がると、酒瓶とグラスを取り出してテーブルに並べ、ソファに座る。そして、トクトクと琥珀色の液体をグラスに注いだ。


「…………」


 琥珀色の水面をじっと眺めた後、ケースケはそれをグイとあおった。度数の強い酒が、胃の腑まで焼いていく。久々のその感覚に眉をひそめながら、投げやりにソファにもたれかかった。


「俺は……」


 ポツリと漏れ出た言葉は、後には続かなかった。

明日も更新します。



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