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18 それでもなお進む


 もはや気がつかれることなど構わない。いかに早く現場に突入し、いかに早く場を制圧するかだ。ケースケは足場の悪い森の中を、全力で駆け抜ける。


 香の匂いと、かすかな明かり、そして半壊した目的地が見える。もとより離れた位置にあるわけではない。走ればすぐにたどり着ける。


 反応は四つ。


 アーリエと、それに近寄る反応、動かないゴーザと、おそらく周囲を見張っているのだろう敵の反応。


 ケースケは直刀と、そして短刀を抜く。すでにプランは出来た。どれだけ手練れといったところで、祥子以上ではあるまい。不意を打てばどうにでもなる。


 敵の視界に入るまであと三、二……今だ!


 踏み込むと同時に、手に握った直刀を真っすぐに振りかぶる。そして満身の力を込めて投げつけた。間髪入れず、もう片方の手に持った短刀を、上空高くに放り投げる。


「ガ……!」


 直刀は寸分違わず見張りの額を貫いた。うめき声を上げてそいつは倒れる。それを一瞥することもなく、ケースケは小屋へと踏み込み……


「動くな!」


「ケ、ケースケ……」


 そして止まる。最後の一人が、アーリエに刃を突き付けているのだ。アーリエは青い顔をして、少し震えている。ケースケは一つ、舌打ちをした。


 現場は凄惨の一言であった。見たところ、アーリエには目立った傷は無い。せいぜい、頬にぶたれた跡がある程度だ。だが、ゴーザは違う。恐らく刺されたのか、わき腹に穴が開き、そこからドクドクと血が流れている。倒れ伏した床に、真っ赤な池を作っていた。


 抵抗したのだろうか、内壁には血が飛び散り、吹き飛んだ天井には爆発の後か、焦げが焼き付いている。


「動くなよ……てめぇはそこでおとなしくしていろ……」


 刺客である男はひどく焦った顔をしていた。負傷したケースケが戻ってきた時点で、仲間が全滅したことを悟ったのだ。ゆえに、生け捕り対象を人質に取ってでも、強敵の動きを封じようとしているのだ。


「依頼は生け捕りだろう? そんなことをして大丈夫か?」


「へ、へへ……うるせぇよ。どのみち、てめぇは手を出せねぇ。護衛対象に傷がつきゃあ大変だもんなぁ」


 玉のように汗をかきながら、男は嘯く。確かに、この依頼は貴族のものであるから、失敗すれば彼女の大元の依頼者から追手が差し向けられることになる。そのリスクについて、警告しているのだ。


 だが、実際のところ、男もアーリエに傷をつける気はないのだろう。ケースケの負傷具合を見た彼は、失血にて己の敵が動かなくなるのを待っているのだ。


「一歩でも動けば、命は無いと思え」


「……ああ、分かった……」


 戦意を解き、ケースケは棒立ちになる。左腕に左足、両手のひらからドロドロと血が流れ、血だまりを作っていく。それを見たアーリエが青い顔を見せながらも悲痛な声で叫ぶ。


「わ、私はいいから、構わず……」


「大丈夫だ、お嬢様。そこでゆっくりくつろいでいてくれ」


 それに、ケースケは静かに首を振って答えた。


「い、いい気味だぜ……一歩も動けず、何もできない気分てのはどうだい……?」


 ケースケの、強がりにも聞こえる言葉に、男は下卑た笑いを浮かべる。幾度となく浮かべてきたのであろう、堂に入った嘲笑の顔だ。


 それにケースケは、皮肉気な笑いで応えた。


「……さてな。お前なら、分かるんじゃないか?」


「何を――カペッ!?」


 問い返そうとした男のその頭蓋を、天から降ってきた短刀が砕いた。突入前に投げておいた短刀である。


 男の全身の力が緩み、動きがこわばる。それと同時にケースケは素早く動くと男に組み付くと、トドメとばかりに短刀をひねり、脳髄をグシャグシャにかき回した。


「一歩も動けず、何もできなかった気分はどうだい?」


 動かなくなった男にそう吐き捨てると、ケースケはガランと短刀を投げ、アーリエに向き直る。


「さて、ご無事で何よりだ、アーリエ」


「私のことはいいの! ケースケ、大けがしてるじゃない!」


「これくらい何ともないさ」


 正直、強がりである。血を失いすぎて、倒れそうだ。


「ウソ! だってどんどん青くなってるじゃない! 座って! 私の魔法で治してあげるから!」


 それは少女の優しさなのだろう。魔法はその系統によっては、一目で血筋が分かってしまうものもある。目的地すら隠していた彼女にとって、それは隠したいもののはずだ。それを二度も、しかも今回はケースケが起きている状況で使おうというのだ。それだけ、アーリエという少女は虚勢の下に優しさというものを持っている。


 だが、それと同時に、少女だからこそ見えていないものもある。


「大丈夫。それより、治してくれるなら俺より先にゴーザさんを治してやれ。放っておいたら、死んでしまう」


「あ……」


 アーリエは一瞬迷いを見せたが、すぐにゴーザの下に駆け寄ると、跪き負傷部に手をかざす。柔らかな光が放たれ、虫の息で今にも息絶えそうだったゴーザの呼吸が、徐々に規則正しいものになっていく。


 その姿がケースケには、ナターシャとダブって見えた。遠い日に、ナターシャが治療のために魔法を使ってくれた姿と、アーリエの姿。懐かしい、記憶だ。


「これで、大丈夫な、はず……」


「お疲れ様。大丈夫か?」


 程なくして、アーリエはかざしていた手を戻し、魔法を解く。その額には玉のような汗をかき、肩で息をしている。やはり、相当に体力を消耗するようだ。


「これくらい、平気。ケースケも、すぐ、治療するから……」


 フラフラと彼女は立ち上がると、今度はケースケのほうへ向き直る。その様子からケースケは少し不安を抱く。止血くらいしなければ倒れそうだったので、やむなく少女に無理をしてもらうことにした。


「すまないな。完全に治さなくていいから、止血だけ頼むよ」


 優しくそう言うと、アーリエも悔しそうな顔で頷く。本当であれば傷まで治したいのだろうが、自分の体力からみても、完治は難しいのだろうことを、彼女は理解しているのだろう。


 そっと、少女はケースケに寄り添うと、ゴーザの時と同じように手をかざす。光が放たれ傷を包み、出血が止まるのと同時に体に活力が湧いてくるのが、ケースケには分かった。


「う、うぅん……」


 そうしていると、ゴーザがうめき声を上げた。そして、ゆっくりと体を起こし、混乱しているようにあたりを見まわす。

 さすがの魔法の威力である。先ほどまで死線をさまよっていたゴーザは、すでに回復しており顔色も戻っている。


「ゴーザさん、大丈夫ですか……」


 ケースケの言葉に答えず、そして振り向かず、ゴーザは静かに口を開いた。


「ケースケさん……ありゃあ、あんたらを追ってきた連中かい?」


 一瞬、ケースケは言葉を濁すことを考える。しかし、ゴーザの言葉に暗い表情を作っているアーリエを見て、それを思考の外に出した。


「……はい、そうです」


「……そうか」


 一言。それっきり、ゴーザは黙ったまま、微動だにしなくなる。重い沈黙が、小屋の中を包んだ。


 謝って、それですめばどれだけ楽だろう。ケースケはそう感じる。それは、恐らくアーリエもだろう。結局、ここが襲われた原因を作ったのはケースケたちだ。彼らがここに来なければ、ゴーザは死ぬ思いをしなくてもすんだ。


 ゴーザは命の恩人ともいえる男だ。普通、こんな森で傷だらけの男を抱えた少女など、怪しすぎて関わろうとしないだろう。それを助け、宿と飯を与えてくれた。本来ならば、ケースケは彼の厚意に報いなければならない立場だ。そんな負い目を感じていた。


 と、この暗く重い沈黙を、ゴーザが破る。


「……あんたらを見た時、正直放っておこうと思ったさ。けど、嬢ちゃんがパパを助けたいって、あんまり必死だったから、つい受け入れちまった……」


 静かに、この気の良い娘思いの男はしゃべりだす。


「だから、あんたらを助けてやったことは後悔はねぇ。娘に顔向けできなくなっちまうしな……。それに、傷を治してくれたのは嬢ちゃんだろ? てことは、俺の命の恩人なんだろ」


 ケースケもアーリエも、それを黙って聞いている。

 

「……けどな、俺は、もっと娘と、家族と生きていきたいんだよ。だから――」


 そこでゴーザは一度言葉を切って、そして吐き出すように言った。


「だからすまねぇが、出てってくれ。それが終わり次第でいい。だが、終わったらすぐに出てってくれ」


 本当であれば、すぐにでもケースケたちに出ていってほしいのだろう。家族と一緒に生きたい、そんな当たり前の願いが、失われる前に。

 それでも、こう言ってしまうのが彼の優しさなのだ。


「……アーリエ」


 ケースケはポンとアーリエの肩を叩き、促す。すでに止血はすんでいる。ならば早く立ち去ることこそが、唯一、彼らにできるゴーザへの報い方だ。


「……」


 アーリエは、何かを言おうとゴーザに向かって口を開きかけ、ためらうようにそれを閉ざした。そして、今にも泣きそうな、揺れる瞳をケースケに向ける。


 それにケースケは首を振ると、立ち上がり、見張りに突き刺さった直刀を回収する。そうして、少女を伴って、小屋を出る。


「……すまなかった」


 そう一言だけ告げて。


 そうして、白み始めた森の中を、振り返らずに進むのだった。

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