16 過去より来たる 1
闇に目が慣れたおかげで、ぼんやりとその若々しい顔が見えた。ケースケは一つ、吐き捨てる。
「同窓会でも開いてるのか?」
「そのギャグうっけるわ~。余裕だね~」
ケースケの皮肉に祥子はほわほわと笑う。
葛西祥子。元クラスメイトの一人で、十五年前にケースケを置いていったうちの一人。もともとノリの軽い性格のだったと記憶しているが、それは今でも変わらないようだ。
性格と同時に、その容姿もほとんど変わっていはいない。学年でもトップクラスの美人であったが、その時と比べると、多少大人びて見える。おおよそ二十前といったところだろうか。実年齢は自分と同じのはずだが、いったいどういうことだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
「いや~ん。そんなに見つめちゃ照れるぅ~」
頬に手をやって祥子はクネクネしなる。全くの無防備だ。
それをついて、ケースケは先ほど手に入れた手榴弾の導火線にスキルで火を着けると、隙だらけの祥子に向かって投げつけた。全体重を乗せた攻撃より威力があるとは思えないが、目くらまし程度にはなるはずだ。
チュドッ!
およそ四秒。祥子に当たる寸前で、それは起爆する。同時に、ケースケは彼女に背を向けて走り出した。
この場に現れた時点で、彼女には相応の実力はあるのだろう。加えて、何かしらのスキルもある。戦えば苦戦は免れないし、時間もかかる。だったら、とっととあとの二人を片付けた後のほうが安心というものだ。
今の音で他の二人に気がつかれたかもしれない。急がねば……。
そう焦るケースケのすぐ横を、風切り音とともに何かが通り抜けた。それは木に刺さって、ビィィィィンと震える。
ツッと、頬から血が流れるのを感じた。
もう一度、風切り音。
「チッ……!」
直刀を素早く抜きレーダーに従って奔らせ、飛んでくるそれを弾く。
硬質の感覚。剣の形をしたそれは、くるくると回ってザクリと地面に突き刺さった。
二本目の軌道は完全にケースケの心臓を捉えていた。彼と同様、祥子も夜目がきくのだろう。それにしたって狙いが正確であり、祥子の力量が分かるようだった。
逃げられないか。彼は低い声で悪態をつく。
「もぉ~逃げないでよぉ。もーちょっと、仲良くしましょ♡」
背後から間延びした声が聞こえた。ガチャリ、ガチャリと、重そうな足音とともに。
「なるほど……。それがお前のスキルか」
ケースケは振り返り、祥子の姿をおぼろげながらに捉える。彼女は全身に、白く輝く鎧を纏っていた。
「そ。私のスキルは『鎧生成』。すっごい硬くなれるし、こんな風に――」
祥子が手をかざすと、ズズズ……と、鎧と同じモノがせり出し、剣の形をとった。
「すごいでしょ。武器だって作れるのよ」
「……やっかいな」
舌打ちをしながら、彼は構える。
初撃を防いだ時点でおおよその予想はついていた。しかし、あらためてそれが正しいと分かると、その厄介さが理解できているぶん嫌になる。特に時間的余裕のないこの状況においては、防御性能が高い『鎧生成』というスキルは最悪だ。
ケースケは短刀を抜き、そのまま祥子に向かって投擲する。
まっすぐ彼女のむき出しの顔に向かうそれは、しかしカツンと軽い音を立てて彼女の『鎧』に弾かれ宙に跳ね上がる。顔面はオートで防御するのだろうか。されど、これは予想の範囲内。
同時に駆けだしていたケースケは、宙に舞ったそれを掴むと、祥子の肩口に突き立てるとともにスキルを起動する。だが、彼女の余裕そうな表情は一切変わらない。どうやら電気が通らないようだ。
「だったら……!」
ケースケは手に持った短剣と、そして直刀を構えなおし、脇にめがけて振り上げる。この手の鎧は関節をすべて覆うと動けなくなるものだ。ゆえに、防御は甘い、はずだ。
だがその希望的観測は空しく潰える。当然の如く、関節にも鎧があり、ギィン! と甲高い音を立てて刃が止まる。
(……強いて言うなら、少し柔らかいのか?)
伝わってきた感触に、ケースケは少し違和感を覚えた。どうも関節部は、他のところに比べ柔らかいように感じた。とはいえ、刃が通らないことに変わりはない。
「う~ん。遊ぶのはいいけどぉ~……」
それまで一切動かなかった祥子が、小首をかしげる。
「少し、うっとおしいかな♪」
そして、腕を振り被って、鋭く殴ってきた。
とっさにケースケは左腕をはさみ、ガードする。固く、重く、威力のある打撃に、彼は数歩たたらを踏んで下がった。
衝撃が骨まで響いたのが分かった。パンチの打ち方といい、威力といい、やはり侮れない。
「分かったでしょ~。あんたじゃ私には勝てないの♪」
なるほど、確かに相性が悪すぎる。ケースケは内心で苦い顔をした。
彼には、祥子の強靭な鎧を突破する手段が無い。手持ちの武器でも、スキルでも無理だろう。ならばどうするか。
……相手は人型。鎧があろうと、人体構造に変化はないはず。ならば、関節技はどうだ?
試してみる価値はある。
「もぉいい加減~諦めてくんない~? 殺せって命令は聞いてないしぃ、知ってる? 夜更かしはお肌の大敵なんだゾ♡」
「祥子さんよ。お前、三十路でその喋り方はキツくね?」
「は?」
半笑いのケースケの返しに、祥子のひょうひょうとした態度が一瞬で消える。そしてどす黒い殺気を放った。その瞬間を見計らって、ケースケは走り出す。
スキルを起動し、パターンをセット。勝負は一瞬だ。
「死ね」
祥子が、全体重を乗せたパンチを放つ。まともに喰らえば顔が吹き飛ぶだろう迫力だ。だが、それ故に単調で読みやすい。
この一瞬に全力で集中する。向かってくる拳が、まるでスローモーションのように感じられる。ゆっくり、ゆっくりと白銀の鎧で覆われた拳が、迫ってくる。
――今だ。
「ふっ……!」
紙一重で拳を避ける。同時に左足で踏み込み、右手で突き出された無防備の手首を掴んでひねる。間髪入れず、左手で顎を抑え右足で彼女の足を刈りうつ伏せに倒す。最後に左足で体を抑えつつ両手で敵の腕を完全に極め、制圧する。
この間、わずかに一秒弱。稲妻のごとき早業である。
ギリギリと腕を締め上げるたび、鎧がビキビキと音を立てる。互いが干渉しあって、ひびが入り始めている。それほどまでに、ケースケの極め方は厳しく、万力のようであった。
「痛い痛い! はずしてぇ~!」
祥子は痛みに耐えかねてか、暴れ始める。相当深く極まっているため、こんな程度では外せない。だが、彼女には、どこか余裕があるようにケースケは感じる。返される可能性は無いはずなのに。
「へし折ってやる!」
そんな焦燥を振り払うように、ケースケは全体重をかけて彼女の腕を折りにかかる。祥子の抵抗と、鎧が邪魔ではあるが、あと少しで折れるはず。
「おぉ……!」
バキリ!
鎧が完全に砕ける。これでもう、阻害する要因は無い。あと少し……。その瞬間だった。
「……痛てぇっつってんだろうが! このクソが!」
豹変した祥子が、口汚く罵った。同時に、ケースケの手のひら、左足を何かが貫く。
「ぐぉ!?」
突然の、正体不明の攻撃に、彼は思わず手を放し、距離を取った。
「あーもう止め止め。京助も殺すなって言ってたけど、あのジャリいれば問題ないんでしょ」
のそりと祥子は立ち上がる。その態度に、先ほどまでのキャピキャピした雰囲気はまるでない。ただ、暗殺者特有の粘ついた殺気だけを放っていた。
そしてその全身には、棘が見えた。ケースケはうかつな自分に舌打ちをする。武器を作れるってことは、鎧を変化させることができるということ。ならば、これも予想してしかるべきだった。
「……は。今のほうがらしいな」
内心の焦りを見抜かれないように、彼は軽口を叩く。
「黙ってな。同郷のよしみで手加減してあげてたけどさ。もう殺すって決めたし」
もはや態度を隠す様子もなく、祥子は両手に剣を構えて、言った。
明後日更新です。
ちょっといろいろ迷ってまして、タイトルもしかしたら変更するかも。




