15 闇の中の狩り
「絶対に出てくるなよ……」
ケースケはこっそりとアーリエに耳打ちする。彼女は神妙な顔で頷いた。
「すいません、少しトイレに」
ケースケは極めて自然に立ち上がる。
敵が来ている、ということは言わない。ゴーザを心配させないためであるし、迷惑をかけたくないためでもある。外に打って出て、素早く倒して戻ってくる。それが最善のはずだ。
「おぅ、小便か! 行ってこい行ってこい!」
泣き顔を見せながら、ゴーザは大きな声で言った。だから娘に嫌われるんじゃないだろうか、と若干思いつつ、ケースケはドアから出ていく。
広がるのは、闇。下手すると一寸先も見えないほどに、深い闇である。だからこそ、ケースケは自分の優位を確信する。
スキルによるレーダーで、敵の位置も地形も手に取るように分かる。もちろんSFに出てくるようなゴーグルみたいに、地形データが視界に現れる、なんて便利なものでは無い。脳内にイメージとして投影されるだけだ。
だが、それでもケースケの練度は、目隠しされても全力で森の中を走れるほどである。目の前すら見えるか怪しい連中とは、段違いの速度で行動ができる。
「……敵は五人……少ないな……」
レーダーを起動し、敵の動きを探る。どうやら広く散らばっているようであり、ゴーザの小屋を囲み始めている。しかし、その動きはのろく、しかもたったの五人しかいない。
ケースケはスラリと直刀を抜く。昼間にゴーザから砥石を借りて研いだためか、その刀身は凶暴なまでにギラリと光っていた。
そしてケースケは闇夜へ繰り出した。
小屋に踏み入れられるまでにケリをつけなければならない。素早く、静かに、確実に。それを肝に銘じてケースケは、最も近い敵へと回り込んでいく。気配と足音を殺しつつ、しかし急ぐ。少しすると、ぼんやりと敵の姿が見えた。
暗い色の装束に身を包んでいるが、足音が多少なりとも鳴っているということは、組織の連中だろう。ウルク家の刺客どもは、なぜか無音で行動する。
しかしながら、目の前の敵は刺客どもと同様の、特有の淀んだ気配を纏っている。
(……裏の連中か)
いったん止まり、ケースケは息を整える。
ギルドには裏と呼ばれる、汚れ仕事の依頼がいくつかある。好む、好まざるに関わらず、上位に位置する冒険者たちはそれを受けさせられる。だが、まれにそういった依頼のみを好んで受ける連中がいる。
ケースケたちのようないわゆる一般の冒険者たちは、そんな彼らのことも“裏”と呼んでいた。つまり、今襲ってきている面々は、雇われた裏の連中か、もしくはそういったことをこなす組織お抱えの暗殺者集団なのだろう。
また、裏の連中は対人戦の技量が高い。四六時中、人を殺すことばかりを考えているので当たり前ではあろうが。もちろん、しょぼいとはいえ『スキル』という絶対的なアドバンテージを持つケースケとしたら、たとえ正面から戦ったとしても負ける気はしない。だが、倒しきるのに時間がかかることは確実だ。
そして、そんな余裕はない。しかし、飛び道具は無いため、接近して直接殺すしかない。
スーッと、ケースケは足音も立てず気配も漏らさず、捉えた敵に忍び寄る。気配に敏感な怪物にも気取らせない、彼のテクニックだ。
そして、ぴったりと敵の背後に張りつき、両腕を首にかけた。同時に手のひらをそいつの口元にあてる。チョークの態勢だ。
「カ……!?」
そして間髪入れず、顎に手をやってひねり、ゴキリと首を折る。そいつは地面に倒れて少し痙攣した後、動かなくなった。
(さて……)
くたばったそいつの懐を手早く探る。現在、ケースケが持つ武器は直刀とスキルを含めた己の肉体のみ。手練れとやり合うには武器が足りない。
それに、こういった裏の連中は、案外面白いものを持っているものなのだ。細い鉄線、小刀、ボーガン……。
「……お」
珍しいものを見つける。小さなつるりとした陶器製の丸い殻に、ひょろりと縄が顔を出している。手榴弾だ。小さいことから、殺傷能力より、敵を驚かせることを目的としているのだろうか。
たかが一人を捕らえるためにこんなものを持ってくるとは、よほど本気のようだ。
「というか、こんなもん使ったとして、もし殺したらどうするんだよ……」
呆れ交じりに呟いて、ケースケはそれを腰のベルトに括り付ける。何かの役には立つかもしれない。ついで、鉄線とボーガンを装備すると、次の標的へと動き出す。
次の敵との距離はさほど離れてはいない。ケースケは標的の死角まで回り込むと、先ほど手に入れたボーガンを構える。
姿は欠片も見えない。だが、スキルのおかげで、ケースケにとっては真昼間よりもはっきりと敵を捉えていた。
バツン
引き金を引くとともに弦音が響き、一拍置いて、どさりと音が聞こえた。矢が見事に、敵の喉を貫いたのだ。
ケースケはボーガンを捨てると、倒れた敵に近づいて、しっかりとトドメを刺す。その後、やはり手早く探り、短剣と、先ほどの男が持っていたのと同様の手榴弾を回収すると、次の敵を片付けに行く。
レーダーで敵の動きを監視しながら、ケースケは行動している。ふと、次に狙う敵の動きがおかしいことに気がついた。
(動いていない……こいつがリーダーか……?)
そう、残った二人はじりじりと小屋へ距離を詰めているのに、そいつだけは少し離れた場所で立ち止まっているのだ。
一瞬、リーダーを倒せば残りは撤退するかも、という考えがケースケの頭をよぎる。しかし彼は即座にそれを切り捨てた。
山賊なんかのゴロツキや、正規軍の部隊ならともかく、殺しのプロたる裏の連中が依頼を放棄して撤退するとは思えない。連中はリーダーがやられようと、淡々と任務をこなすだけだ。
(……なんにせよ、俺は敵を排除するだけだ)
そう気を取り直すと、ケースケはスルスルと木に登る。そして静かに木々を飛び移り、動かないそいつの直上まで忍び寄った。
気がついてないはずだ。全く動きが無い。
バッと、音もなく飛び降り、自由落下の勢いに任せて直刀を突き立てる。鋭い刃は脳天ごと人体を貫き、赤い噴水を上げる……はずだった。
ガッキィィイイン!!
「うお!?」
硬質の感覚。突き立てたはずの刃は弾かれ、頭部の曲線をなぞって滑る。落下の勢いのまま、ケースケはなんとか受け身をとった。
警戒しつつ、ケースケは敵の出方を見る。しかし、全身を黒衣に覆ったこの敵は、動こうとはしない。それに注意しつつ、彼は思考を加速させる。
鎧兜の類? いや、たとえ兜を被っていたとしても、下手なものなら貫ける。そうでなくとも頭部に衝撃を受けているのだから、身じろぎの一つはするはずだ。
だというのに、正面のこの敵は、奇襲を食らったことなど意にも介していないふうに、のんきに立っている。
これは……まさか……。
「うわぁ。マジに京助なんだ。ウケるわ~」
血なまぐさい戦いの場にはおよそ相応しくない、そんな甲高く、幼い声。そしてケースケはその声に聞き覚えがあった。
「……誰だ」
かかずらっている暇は無い。だが、無視して背を向けることのできる相手ではない。ケースケは自分の籤運の悪さを呪った。どうせなら、最後に当たりたかった。
「あっれぇ~分かんないかなぁ? あ、そっか。顔を見せなきゃね♪」
変わらず、間延びした声で、そいつは被っていたフードを取った。
「やっほー、久しぶり♡」
「……次はお前か」
露わになった顔を見て、ケースケは憎々し気に吐き捨てた。
そこには、十五年前、ケースケを置いていった元クラスメイトの一人、葛西祥子が、当時とほとんど変わらない姿で立っていた。
明日も更新します。
初めてハートマークとか使ってみました。




