13 ある森の小屋
(いったい、ここはどこだ……?)
アーリエの頭を撫でつつ、ケースケは自身の状態を確認する。
木造の小屋と思われる場所に、自分は寝かされている。ご丁寧に、布団まで敷いてある。
全身に包帯が巻かれてはいるが、不思議なことに体に痛みを感じない。特に、例の必殺技を使うと、一週間は全身がちぎれるように痛くなるはずなのに、それもない。
(まさか、一週間も寝ていた?)
一瞬、そんな考えがよぎり、しかしありえないと首を振って打ち消す。一週間じゃきかないケガやダメージはあるはずだ。なのに、それらすら、すでにない。まるでケガをしてないかのようだ。
そんなことを考えていると、「んん……」とアーリエが目を覚ます。そして、寝ぼけ眼でこちらを眺めた。
「…………」
「アーリエ……?」
やがて、認識がはっきりしてきたのか、少女は表情を変える。一瞬泣きそうになったかと思えば、頭に置かれた手に顔を真っ赤にし、何か文句を言いたそうに頬を膨らませる。百面相のようだ。
最終的に、くるりと顔を背けると、三分ほどして、不満そうな表情を作ってケースケに向き直った。
「あ、あなたがあそこで脱落するなんて、私は雇い主としてよ、容認してないし……!」
そしてつらつらと、文句のような心配の言葉を喋り始めた。
「あなたには私を護衛するって依頼したわけだし……途中で投げ出すなんてありえないし……それに……」
時間を置いて戻したはずの少女の頬に、かすかに朱が入る。
「演技とはいえ、パ、パパを……あんなところに置いていけないでしょ……」
その言葉にケースケは、自分の心に温かいものが沸きあがるのを感じた。
立ち直るキッカケになればいいと思っていた。あの辛く、何も得ることのできなかった十五年間に意味を持たせてくれる、キッカケ程度であった。彼女を守り切れば、立ち上れるかもしれない。そんな気持ちから、この依頼を引き受けた。
あの人の娘である、と気がついてからも、そのキッカケが一つ増えただけだった。
ああ、しかし。
アーリエを見ながら、ケースケは思う。それ以上に、このワガママで気分屋で、けれど素直になれない優しい少女が、無事であることが単純に嬉しかった。
出会って一か月もたたないいうのに、ここまで入れ込むか。我ながらチョロイと思う。それでも、少女のために、この依頼は必ず達成しよう。そう、ケースケは強く思った。
ケースケはゆっくりと上半身を起こす。
「だ、大丈夫?」
先ほどまでクールを装っていたのに、コロコロとアーリエは表情を変える。そんな彼女に向かって、ケースケは柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、助かった」
キョトンとした顔でアーリエは数秒止まり、プイと顔を背けながら言った。
「…………ホントだったら、ケースケが私を助けないといけないんだからね!」
「ああ、繋がった命だ。もっと、頑張るよ」
「そ、そうね! 頑張りなさい!」
ふんぞり返って少女は言った。そして勢いよく立ち上がる。
「どこに行くんだ?」
「の、のどが渇いたの!」
そう、ドタドタと出口に向かう。そして、彼女がノブに手をかけた瞬間。
ガチャリ
ドアが開き、一人の男が入ってくる。
「おお~、目覚めたんか」
作務衣を来た、ガタイの良い屈強そうなその男は、手には、お盆を持っている。
「じゃ、じゃあ私は水を飲んでくるから!」
一瞬固まっていたアーリエだったが、すぐに男を避けて、早足で部屋を出ていった。
「お~う。元気のいい娘っ子だなぁ」
「失礼ですが、あなたは……?」
のんびりと呟く男に、ケースケはそう問いかける。
「ああ、オレは猟師をしてるゴーザってもんだ」
にこやかに男はそう言って、ケースケの横に座った。
「ここはその拠点でな。アングボア狩りに来てたら、びしょ濡れのあの嬢ちゃんが突然訪ねてきてよ。まーそろってボロボロだったから、入れてやったのよ。三日前だったか」
「それは……」
ケースケは思わず絶句した。水に濡れていた。それは、アーリエがケースケを抱えたまま、あの先にあった急流に飛び込んだ、ということだ。あの状況でどのように自分を助けたか彼は気になっていたが、それでようやく理解した。
彼女は命をかけて、自分の命を救ってくれたのだ。
「……ありがとうございます。この治療も?」
一呼吸おいて、ケースケは自分の体を見ながら言う。
「ああ、その包帯は確かにオレんだが、巻いたのは嬢ちゃんだ。泣きそうな顔でな。なんぞ手から光を出しながらやっとった。したらたちまち、傷がふさがるんだもんなぁ」
「そうですか……」
体のダメージが抜けている理由も分かった。つまり、アーリエの魔法によって、たった三日でここまで回復できたのであろう。
彼女……ナターシャと同じだろうか。もし、彼女の魔法を忠実に受け継いでいるのなら、回復も攻撃もできる万能の光魔法のはずだ。
本来自分が守るべき立場にも関わらず、アーリエに助けられている。もちろん、彼女に感謝の気持ちはあるが、それ以上にふがいないと彼は思った。
より、全力を尽くすだけだ。そう、ケースケは己に言い聞かせた。
「そうなのよ。いやぁ~あんなの初めて見たけどなぁ、すごいもんだなぁ。あ、これ食え」
ゴーザは、手にしたお盆をことりと置いた。湯気が立つほど温かいスープと、堅パンだ。
「傷は治っても、食わにゃ体力もどらんからなぁ」
「……すいません、いただきます」
「おお、食え」
頭を下げ、ケースケはスープを飲む。熱いそれが食道を伝って胃に入り、全身を温めてくれる。パンは固いので、スープに浸してふやかしてから食べる。
よほど腹が減っていたのか、その自覚が無かったのか。自分でも驚くほどにケースケはがっついた。
すべて食べ終えて、ほぅ、と一心地つく。そして、あらためて、ゴーザに礼を言った。
「ありがとうございます。おいしかったです。何か、礼をさせてほしい」
「ああ、いらんいらん。人は助け合いだ、口で言ってくれりゃそれで満足よ」
「……本当に、すいません」
今、金品を渡すことも、ものを渡すこともできない。ゴーザの厚意に報いることができない。
ケースケはせめてもと、ただ、感謝を込めて深く頭を下げるのだった。




