11 プロ
「よっこいせ、と。どうも、六足獣ってのは落ち着かねぇ……」
ゴロツキのリーダーは、六足獣から降りる。そして、コキコキと首を鳴らした。
「まったく、変な連中は襲ってくるし、メンドーな森に逃げやがるし、仕事だっつっても嫌になるよなぁ」
「い、嫌になるなら、見逃してくれても……いいんだぜ……?」
ケースケは軽口を叩きながら、スキルを起動し周囲を走査する。現状を把握するため、そして現在地を知るためだ。彼の記憶が正しければ、この先には急流がある。アシが無くとも、それを下っていけば、森を抜けることができるかもしれない。
「そうもいかねぇ。それじゃ俺がドンに殺されちまう。俺だって命は惜しいんだ」
余裕を見せつつ、リーダーはゆっくりと近づいてくる。
そんな彼の前に、アーリエは立ちふさがった。
「あん?」
「……誰がタダで連れていかれるものですか……!」
男は立ち止まって、少女を見下ろす。巨漢であることも相まって、まるで立って間もない赤ん坊が、大人に立ち向かっているようだ。いや、実際男にとってはそうなのだろう。
「ハハァ! こりゃ威勢がいいお嬢ちゃんだ!」
案の定、男は大爆笑を始める。
「私だって、戦えるんだから……」
それを意に介さず、アーリエは戦意を高める。今にも飛びかかっていきそうだ。
ケースケは焦る。確かに戦いのマネごとならできるのだろう。なにせ、ウルク家の血筋だ。何の魔法か知らないが、使えることには使えるのだろう。だが、そんな程度で、目の前の男をどうにかできるとは思えない。
ケースケはやむなく、周囲の走査を切り上げた。一応、欲しい情報は手に入った。
どうやら、リーダーのこの男は、残ったゴロツキ全員に、ウルク家の刺客どもの足止めをさせているらしい。少し離れたところで、複数の反応が戦っている。大方、負傷した冒険者程度、一人で大丈夫と考えているのだろう。
……運はこちらに味方した。速攻で男を倒せば、まだ目はあるはずだ。
「アーリエ。よせ……」
スキルを起動して、立ち上がる。そして、少女を安心させるように笑みを作った。
「け、ケースケ……」
「マジかよ……」
アーリエも男も、絶句している。それもそうだろう。なにせ、先ほどまで息も絶え絶えの男が、元気よく起き上がってきたのだから。
「痛くないの!? 死んじゃうわ!」
珍しく、アーリエが取り乱している。それをポンと、彼女の頭に手を置いて落ち着かせると、正面の男に向き直った。
「……驚いた。てっきり、もう立てやしねぇと思ってたんだがな」
「フフ、トリックだよ」
「へ……タフさだけは、化け物並みってか」
実際のところ、ケースケが言った通り、トリックがある。
テリーで行った、生体電流操作による肉体制御。これは本来、自分自身の体に行うものだ。頭をつぶされなければ、よほど体がズタズタになっていない限り、彼は自分の体を動かすことができる。過去の窮地も、彼は幾度か、この技術で切り抜けてきた。
「言っておくが、化け物並みなのはタフさだけじゃないぞ……!」
そして、ケースケは二つある必殺技のうちの、その一つを使おうとしていた。
「ほざけ!」
男が襲いかかってくる。頭二つ分ほども大きいため、視界一杯に巨体が迫る。覆いかぶさるさってくるかのようだ。
バカッ!!
瞬間、打撃音が鳴り、男は数歩後ずさった。その表情は、ハトが豆鉄砲を食ったかのようにキョトンとしている。鼻を打たれたと彼が理解したのは、ツツッと鼻血が垂れてきてからだ。
「……は?」
呆然と、男は鼻血を拭った。そんな彼を、ケースケは挑発する。
「どうした鼻たれ坊主。かかってこないのかい?」
「て、てめぇ何しやがったぁ!!」
再度、男は突っかかってくる。だが、またもバギ! と打撃音が鳴り、男は片膝をついた。
「な、なんて速さなの……」
それを横で見ていたアーリエが、ポツリと呟く。彼女の目に映ったのは、目にもとまらぬ速さで顔面にパンチを入れ、顎に蹴りを入れるケースケの姿だった。
ケースケの必殺技。その一つは、生体電流による身体操作を応用した、最速の連撃だ。
格闘ゲームのコマンドのようなもので、事前に電流と動きのパターンを組み、その通りに体が動くようプログラムしておく。そして、スキルを起動し、状況に応じて組んだパターンを入力する。
これにより、脳を介さない最速の攻撃を繰り出すのだ。
「うおおぉおおらぁ!!」
立ち上がる隙さえ与えず、ケースケはさらに追撃を仕掛ける。
肝臓、心臓、顎と、稲妻のように拳を食らわせる。三連撃だ。鈍い打撃音が、あたりに響く。
「ど、どうだ?」
それ以上の攻撃は仕掛けず、ケースケはスッと構えを戻し、様子を窺う。それは余裕でもなんでもなく、単純にそれ以上の連撃を入れる体力が残っていなかったからだ。
とある漫画をヒントに編み出したこの技は、しかし体に大きな負荷をかける。万全の状態ならともかく、現在のような瀕死では、長く使えない。もとより、体を無理やり動かす技だ。下手すると死んでしまう。
ケースケとしては、もう終わってほしい。だが、その願いとは裏腹に、男はペッと口から血を吐き出し、動き出す。
「……」
そして、ゆっくりと立ち上がってくる。その顔に、先ほどのような余裕は浮かんでいない。
「オーケー、分かった」
「な、何が分かったんだい?」
「余裕ぶっこいて倒せるほど、貴様は弱くないってことがなぁ!」
男は吠え、そして剣を抜いた。男が大きいために、剣がナイフのように見える。
「ドンは殺すなと言ったらしいが……そうも言ってらんねぇよな……!」
ニヤリと笑いながら、男は距離をゆっくりと詰めてくる。明らかに、ケースケの攻撃を警戒しているのだ。
(まずいな……)
内心で、ケースケは苦笑いする。すでに全身が痛み始め、意識が飛びそうだ。この技も、あと一度か二度が限度だろう。
「チェリャアアアア!!!!」
男が三度、襲いかかってくる。
「ふッ!」
ケースケの体がピクリと反応し、最速の拳を男の腹部にめり込ませた。
「グフっ! フゥハア!!」
だが男は今度こそ、それを耐え抜いた。間髪入れず、剣を振り下ろす。
「ク……」
スキルは使わず、倒れるに任せて体を前に動かし、迫る刃を回避する。しかし、振り下ろされた手が、手刀のように鎖骨にめり込み、ケースケは思わず崩れ落ちた。
「ふぅ……ふぅ……」
全身が悲鳴を上げているのが分かる。それを見下ろす男は、一瞬拍子抜けし、そして勝ち誇った。
「へ……へへ……やせ我慢なら最初からそう言えってんだ! おら!」
「グゥ……」
まるでうっぷんを晴らすかのように、男はケースケの腹部を蹴り始める。つま先がめり込むたび、ケースケは苦悶の声を上げた。
「や、やめて!」
アーリエが悲痛な声を上げる。それに、男は動きを止めると、にやりと笑って言った。
「こいつが終わったら、次はお前だぁ! たっぷり可愛がってやるぜェ!!」
ガハハと、野太い笑いに下種さが混じる。それは、気丈なアーリエが、一歩引いてしまうほどであった。
「さぁてと。殺しちゃだめだが……締め落とすんならいいんだろ?」
大きな手のひらを広げ、男はケースケの首を掴み、釣り上げた。ケースケの首が締まる。もはや、もがく体力もない。
「ほらよぉ……とっととお寝んねしな!」
さっさとアーリエに移ろうと、男がさらに力を強める。だがその瞬間、ケースケは不敵に笑った。
「フ……フ……」
「おかしくでも――ウゴ!?」
まさしく蛇のようにケースケの体が動き、男の手を外す。そしてスルリと背後へ回り込むと、左手を首に右手を頭に回し締め上げる。裸締めの態勢だ。
「とっとと……腕の一本くらい……き、切り落とす……べきだったな……」
「ウギ……ギギ……!」
男は腕を振り回そうとするが、ケースケは足で挟んでそれを封じる。巨漢を誇る男はパワーも段違いだ。それでも、まるで閂でも入ったかのようにガッチリと極められ、もがくことしかできない。
ケースケは、潰されないよう前に体重をかけてうつ伏せに倒し、男の体を完全に制圧した。いくら暴れようが、ここまで極まればもはや外せない。
「……大丈夫、俺はプロだ……」
「~~……! ~~……!」
そっと、男の耳にささやく。
「やさ~しく……落としてやるよ……」
「…………! ………………」
やがて、その巨体は全身の力を失い、白目をむいて、男は完全に落ちた。
「……ブハ!」
ケースケは大きく息を吐きだす。同時に、スキルを完全に解除した。全身を走る激痛に叫びたくなる気持ちを、何とか抑える。今叫んでしまったら、アーリエが余計に心配する。それだけは避けたかった。
「ケースケ! 無茶して……」
アーリエが心配そうに駆け寄ってくる。その眼には涙がたまっているように見えた。
「すま、ないが……マン、トから……地図を取り出して……くれ……」
「う、うん! 分かった!」
焦ったように少女はマントを探る。そして地図を取り出すと、現在地を指し示す。大まかな地図ではあるが、地形の特徴くらいは載っている。レーダーと比較して、位置を示すことは可能だった。
「この、先……か……わ……」
ろれつが回らなくなってきた。それでも、ケースケは気合で指を動かし、川をなぞる。アーリエは賢い、意図を理解してくれるはずだ。
「……わる……い……な……」
何とか謝罪の言葉を口に出す。依頼を達成できなかったことへのだ。だが、アーリエであれば、一人でもその目的地にたどり着けるだろう。
「…………」
そこで意識が途切れた。
何か温かいものが、頬に落ちてきたような気がした。




