コミュ障の俺が婚約!? 無理だってば!
アンリさま主宰「告白フェスタ」参加作品です。
ハッピーエンド縛りなのですが…ハッピーエンド?
「そんなに私との会話はつまりませんか?
さっきから、生返事ばかりです」
「あ…あの…」
王族とサシで話すのなんか初めてで、緊張してるだけなんです。
あなたが気に入らないとか、そんなんじゃないんです。
って言いたい!
「所詮は政略結婚ですが、私はできれば心の通った夫婦になりたいと思うのです。世間知らずの甘い幻想だとお思いになりますか?」
「い、いえ…」
「あなたは私を拒絶しておられる。
確かに私の母は、たかが子爵家出の側妃ですが、この婚約は公爵家にも利があるはず。
何がお気に召さないのか、教えていただけませんか」
俺は、これから一世一代の告白をしなければならない。
こんなことを告白したら、今後どうなるかわからない。頭がおかしくなったと、生涯監禁されるかもしれない。だが、だからといって黙っているわけにもいかないんだ。
このままでは婚約させられる。いや、それ自体は仕方ないけど、絶対後で問題になる!
俺には、前世の記憶がある。大学生だった記憶が。
俺は、農学部畜産課で、家畜相手に日々を送るコミュ障だった。
人間を相手にするより、牛や豚を相手にしている方がずっと気が楽だった。あいつらは言葉こそ通じないが、世話をしてやればきちんと懐いてくれる。人間のように裏でコソコソ陰口をたたくような陰険なこともしない。
そんな記憶を思い出したのは、5歳の時だった。
今世の俺は、ある王国の公爵家の跡継ぎとして生まれた。
いわゆる異世界転生というやつだと思う。
屋敷はヨーロッパ風というか、石やらレンガやらみたいな材質でできていて、夜には屋敷の中はガス灯が点いてそこそこ明るい。屋敷の外に出たことはないから、他がどうかは知らないが。
少なくとも、前世を思い出したあの日までは、俺はごく普通の子供だったはずだ。子供らしく無邪気で、コミュ障の欠片もなかった…と思う。
全ては、前世を思い出したあの日に狂った。
この国では、貴族の跡取りは5歳になると国王陛下に挨拶することになっている。挨拶に行くため俺が親と共に馬車に乗ろうとした時、何かに驚いた馬がいなないて竿立ちになった。その振り上げられた前足を見た瞬間、俺は前世での最期の光景を思い出したのだ。
馬の蹄が俺の胸に降ってきた瞬間を。
たぶん、農耕馬として飼っていた馬に胸を踏まれて死んだんだろう。折れた肋骨が肺に刺さったとか、そんな感じで。
とにかく、死の恐怖を追体験してしまった俺は、その場で悲鳴を上げて気絶した。
幸いというか、実際目の前で馬が足を振り上げた瞬間に悲鳴を上げて倒れたわけだから、誰も不思議に思わなかったらしい。
その後、前世の記憶と一緒にコミュ障を復活させて部屋に籠もりがちになっても、ショックのせいと思ってくれたようで、無理矢理外に引きずり出されるようなことはなかった。
おかげで思う存分引きこもり、日に焼けることもなく顔も体も真っ白だ。
そして、怪我の功名だが、前世の記憶のおかげで、勉強に関しては非常に優秀だった。
コミュ障とはいえ、何度も顔を合わせていれば最低限のコミュニケーションは取れるようになるから、家庭教師には可愛がられている。生徒としてはデキがいいしな。
親からは、人見知りの口下手と思われていて、公爵家の当主として貴族の世界を渡っていくために改善を望まれてはいるものの、今のところその見込みはない。
まだ11歳ということで大目に見てくれているが、いずれ改善のための訓練という名の地獄が待っているのだろう。
いや、もう既に地獄に片足を突っ込んでいるのかもしれない。
今、俺の目の前にいるのは、婚約者候補だ。
陛下の何番目だかの子で、母である側妃の実家は裕福な領地を持っているし、我が家と繋がりを持ちたがっているから俺の結婚相手にちょうどいいとかなんとか。そういうパワーバランスは、今ひとつわからない。
とにかく、正式に婚約する前に一度正式に顔合わせを、ということで、俺は朝から余所行きの服を着せられた。
婚約者候補殿は、俺より1つ上の12歳だそうだが、12とは思えないくらいしっかりしている。
王族ということで、厳しい教育を受けているんだろうなあ。
さっきまでは母上が一緒にいてくれたけど、今はふたりっきり。要するにお見合いで「あとは若い人達で」とおいてかれたような状態だ。
どうにも間が持たない。というか、俺から話しかけた記憶がない。
話しかけられたことになんとか答える、というのを延々繰り返しているが、答えているだけ偉いと誰か褒めてほしい。
コミュ障の俺にとっては、これは限界を遥かに超えた難易度なんだ。
だが、向こうは俺が生返事しか返さない、何が不満だと突っ込んでくる。
やめてくれ。コミュ障にそれは、死ねと言っているようなもんなんだよ!
早く本題を切り出さないと。
「ぜ、前世って信じますか?」
わああああああ! 何口走っちゃってんの、俺!? いきなり前世とか! この国の宗教には、前世なんて考え方、ないんだよ!
「ぜんせ…ですか? 聞いたことがありませんが、何のことでしょう?」
「ひ、人が死んだら、生まれ変わるという…」
「何かの哲学ですか?」
「う、馬に踏まれて死んだんです」
「誰がです?」
「わ、わたし、が」
「生きておられるではありませんか」
「だ、だから前世で…」
「?」
「わたし、は、前世、男で、馬に踏まれて死んだんです」
「失礼ながら、そのお話は、この婚約と何の関係があるのでしょうか?」
「だ、だから、前世、わたしは男で…」
「男になりたいとか、女性がお好きだと、そういうことですか?」
「そ、そうじゃなくて…」
「では、私をお嫌いであるとか、この婚約が嫌だとか仰るわけではないのですね?」
「それ、は…、だって…」
俺、前世男なんだってば。
「仰ることの意味は正直よくわかりませんが、口下手であることは、あなたの魅力をいささかも損なうものではないと、私は思いますよ」
み、魅力!? ちょっと、おま、何言って…!?
混乱した俺は、もう何もしゃべれなくなった。口だけぱくぱくして、あ…とか、う…とか変な声を出すばかりで。うえええ。顔が熱い。
そうしたら、話がどんどん進んでいって…。
気が付いたら、あの王子殿下と正式に婚約していた。
3年経ったら、うちに婿入りしてくるそうだ。俺が女公爵で、殿下は王位継承権を失い、単に“女公爵の夫”という立場になる。つまり、俺の方がイニシアチブを取れる立場なんだけど…、全然そんな気がしない!
けど、殿下に任せておくと、うまい具合に段取ってくれるから、何も言わなくても話が進む。
これはすごくいい! 最高の秘書だ!
殿下がしょっちゅう訪ねてくるようになって、少しだけど会話も弾むようになってきた。
隣に置いとくんなら、殿下以外考えられないよな!
side殿下
サルード公爵家に婿に出されることになった。
側妃の生んだ王子ごときが正妃の王子より優秀だなんて噂が流れたせいで、私の命が狙われかねない状況になったからだ。
サルード公爵家は、跡継ぎが私より1歳下の令嬢なので、そこに婿入りすれば実質的に私の政治的影響力はなくなる。
私が王位に興味がないという態度を示すことで暗殺の危険を避けようという、まあよくある話だ。
母上の実家は子爵家だけど、それなりに裕福だから、公爵家にとっても損はないはずだ。
公爵令嬢は、幼少のころ馬に踏まれそうになって以来、馬車に乗れなくなったそうで、その姿を見た者は少ない。
なんでも、日の光を浴びたことがないかのような白い肌と、鮮やかなブラウンの髪と目を持つ、人形のように美しい令嬢だとか。
正式な婚約の前に一度顔合わせすることになっているから、会うのが楽しみだ。
なるほど、本当に人形のような令嬢だ。
すました顔で座っているだけで、何も話そうとしない。
相鎚は打つけど、ただそれだけ。
さては私の立場を知っていて、この婚約が気に入らないのかな。それは困るんだけど。
周囲が気を遣ってふたりきりになったところで、核心を突いてみた。
「あなたは私を拒絶しておられる。
確かに私の母は、たかが子爵家出の側妃ですが、この婚約は公爵家にも利があるはず。
何がお気に召さないのか、教えていただけませんか」
対する令嬢の答えは、要領を得なかった。
「ぜんせ」とか、「馬に踏まれて死んだ」とか、「私は男」とか、何を言っているのかわからない。
跡取り娘には、「男のように」と意地を張って女性らしさを否定する向きもあるらしいけど、彼女はそうは見えない。
わかったのは、とてつもなく口下手で、他人に自分の意思を伝えるのが苦手だということだけだった。
少なくとも、私に嫌悪感を持っているというわけではないらしい。むしろ、口下手なせいで後々私との間に問題が生じるのを恐れているように感じられる。
なら、問題ない。
正式に婚約した後、私は足繁く公爵家に通った。
彼女は、口下手というより、極端な人見知りらしい。
慣れてくると、ちゃんと会話が成り立つようになった。
そして、会話できるようになると、彼女が噂どおり、いやそれ以上に優秀であることがよくわかった。領地経営や資産管理などへの造詣も深く、細かい理論になると聞いてもわからないくらい高度な話になる。最初に彼女の話が理解できなかったのも肯ける。
最初から言葉少なにこんな高度な話をされたら、ついていけなかったのも当たり前だ。
慣れてきた今なら、判らない言葉について聞き返すと、事細かに説明してくれるが、彼女は誰に対してもうっかりそういう物言いをしてしまうのだ。
なら、私がすべきことは、女公爵となる彼女を補佐する、いわば公爵家内での宰相のような役割を果たすことだろう。
彼女が苦手な根回しをしてやると、本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
あくまで公爵家のためだから、全力で動いても誰も文句を言わない。
彼女を支えて、その笑顔のために生きるのも、悪くない生き方かもしれない。




