動物たちの絵本
森の中の青い屋根のお家には、猫の小説家が住んでいます。
昨年ベストセラーになった[ミーシャの冒険]の作者のジャスミン先生こと、猫のミーシャです。
ミーシャの一日は、飼い主の茉莉花が仕事に行ってから始まります。
猫ハウスから出て、ご飯をすませると、パソコンを開いて、出版社とのメールを確認し、ブログのコメントを返しつつ、新作の告知までして、ようやく執筆に入ります。
ミーシャの冒険は、家猫のミーシャがしたいことがたくさん詰まった夢の物語なので、内容に困ることはありません。
最近では、仲間の黒猫ビーシャが、伝説のカリカリのなる木を求めて、地図を手に冒険するシリーズも人気を博しています。
ピンポーン
チャイムの音に、ミーシャは執筆の手を止めて、モニターホンを確認しました。映っているのは、出版社の担当で、茉莉花の恋人の青森でした。
ミーシャがニャーと鳴くと、青森が鍵を開け入ってきました。
「先生!おはようございます!今日はファンレターをお持ちしました!」
青森はそう言うと、ファンレターを一枚一枚開封してミーシャに見せました。その横に、小さめのノートパソコンを置き、青森と文字で会話もできます。
ミーシャは一枚一枚丁寧に読みながら、お返事を打って、青森に送っていました。
その中に一枚、気になるファンレターがありました。それは、ミーシャの冒険のワンシーンの絵だけが描かれたファンレターでした。宛先も絵の具で、なんとかミーシャ宛だとわかるような、絵とも文字ともつかないものでした。
ミーシャがそれに見入っていると、青森が、
「子供ですかね?」
と覗き込みました。
ミーシャがクンクンと匂いを嗅ぐと、ほのかに獣の匂いがしました。
[秋斗(青森の下の名前)、これを描いたのは猫だよ。私の勘だけど。この相手を探してほしい。私の他にも文字が読める猫がいるのかもしれない。]
青森は驚きましたが、ミーシャの例もあるので、疑いませんでした。
数日後、青森は住所を頼りに、田舎の町まで来ていました。
なんとか読み取った住所に行くと、その家の住人が帰ってくるところでした。
「こんにちは。私…。」
声をかけようとして、ハッと気づきました。その人は、盲導犬に引かれて歩いていたのです。
盲導犬の爪に付いた絵の具の色で、青森は、この犬が絵を描いていたと気づきました。
ミーシャが飼い主に知られたくなかったように、この犬もそうかもしれない。青森はそう思い、
「盲導犬の取材に来ました。街なか出版の青森というものです。お話伺わせていただいてもよろしいでしょうか?」
と言いました。
すると、その男性は、いいですよと一言いい微笑みました。
家の中に入ると、たくさんの絵が飾られていました。どれも動物を主人公にしたもので、躍動感に溢れ、楽しげでした。
「僕は元々画家だったんですけどね。事故で視力を失いまして。今では画材も彼…盲導犬のアーリアのおもちゃになってますよ。どんな絵を描いてるのか、描いていないのか、僕に絵の具をつけた画用紙を持ってくるんですけどね。さっぱり見えないものですから。ハハハ。」
優しそうな男性の表情には、少し寂しさが見えました。
青森は、意を決して訪ねました。
「ミーシャの冒険をご存知ですか?」
すると、男性は、もちろんと答え、アーリアに合図を送ると、ミーシャの冒険の朗読CDが流れました。
「僕は動物が好きでね、いつもこのCDをかけて癒やされてるんですよ。なんでも、作者のジャスミンさんは、自宅から出ないらしいじゃないですか。なんとなくね。僕と同じく、ハンディキャップを持ってるんじゃないかと思うんですよ。勝手な想像ですけどね。」
そう言うと、男性は幸せそうに朗読CDを聞いていました。
ミーシャになんて説明しようと青森が思いながら、帰ろうとすると、アーリアが大きな封筒を持って来ました。
「多分、彼の落書きですよ。絵描きのつもりなのでしょう。受け取ってやってください。」
青森が、封筒を開けると、ミーシャの冒険の一話から、数話分のシーンを描いた絵が入っていました。
青森は、
「アーリア先生、これを挿絵にしたいのですか?」
とこっそりアーリアに耳打ちしました。
アーリアは何も言いません。
「絵本ですかね…。」
青森がつぶやくと、アーリアは前足を出し、お手のポーズをしました。青森はニコリと微笑み、お任せくださいと耳打ちしました。
数ヶ月後、ミーシャの冒険は絵本になりました。
原作 ジャスミン
絵 アーリア
この絵本を犬と猫が作ったものだということは、青森以外知りません。
ミーシャの冒険の仲間に、絵描きの犬が加わるのは、もう少しあとの話です。
おわり