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鈍色の花  作者: 花南
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06

 この部屋はとても殺風景な部屋だ。

 カンバスとイーゼル、それからベッドがある以外にとりたてて物は置いていない。

 ただし部屋の一部は血に染まっており、ここで誰かが解体されたのであろうことがわかる。

(僕もきっとこの壁の血の一部になるんでしょうね)

 ギーは冷静にそんなことを考えた。この首輪にもきっと彼らの血が染みついているに違いない。

 アランから返してもらった服を着たあとは、何もない部屋でずっと窓の外を見ていた。外は綺麗なラベンダー畑が広がっている。こんな綺麗な場所で、むごい事件が起きていたなんて。

「何か気になるものがあるのかね?」

 窓の外を眺めていると、アランにそう話しかけられた。

 彼はカンバスに向かって、懸命に花園を描いている。そこには赤や、白や、黄色や、紫のパンジーが咲き乱れて、絵のわからないギーでも素直に綺麗だと思える絵だった。絵の中に人はいない。アランの心象風景はいつでも画面の外から眺めるしかないのだろうか。そんなことをギーは考えた。

「ラベンダーが綺麗だな、って」

「お前は攫われている状態でそんなことを考える余裕があるのか?」

「いけませんか? 花を愛でていたら」

 ギーがアランを振り返って聞き返すと、彼は複雑そうな顔をした。

「あなたもお花が好きなんでしょう? ここに家を買ったのはそれが理由ですよね」

「人気がないところだから選んだだけだ。別に花が好きだからじゃあない」

「そうですか? ラベンダーの花ってお茶にすると美味しいんですよ。あとシフォンケーキを焼くときに中に散らすと綺麗なんです。オーブンで焼いて開いた瞬間、ぶわーってお花畑にいるみたいな香りがして、僕は好きです」

「花が好きというより、お菓子が好きなんだろう。お前」

 アランが呆れたように呟いた。

「お前は食べ物以外に好きなものがないのか?」

 ギーはそう質問されて、沈黙した。勉強は好きだ。あと可愛いものも好きだったりする。

「女の子が可愛い服着ていたりするのが好きです。見ているだけで幸せになれます」

「女好きなのか?」

「いけませんか? 男っていうのは普通に女の子が好きなものだと思いますが」

「観賞用として好きというニュアンスで言っているように聞こえる」

「ええ、観賞用としてですよ。僕が女の子を好きになる基準もだいたい可愛いかどうかですし」

「私はその女が自分にとって都合がいいかどうかで判断している」

 猟奇殺人鬼と屈折した恋バナをしている気分になる。なんだ、その自分にとって都合のいい女というのは。自分の面喰い具合と比べてもやっぱり幾分か屈折している。

「都合のいい女性というのは、どういう人なんですか?」

「私のことを責めない人だ」

「責められるんですか? 女性に」

「デートプランが悪いとか、服装がださいとか、色々面倒な女性もいるだろう。黙って食事を作って愛想よく笑っていてくれる女性はなかなか見つからない」

「それは母親のような……という意味でしょうか?」

 突っ込んだ質問だろうか。そう思いながらギーは聞いてみた。

 アランはふっと陰湿に口を歪める。

「母親は、子供にまともに育ってもらいたいと思うものだ。失敗作には冷たい」

 失敗作。自分のことをそう思って育ったのだろうか。

 アランはフォローするように続ける。

「断っておくが、母親は人間としてはまともな人だった。ただ私があまりに彼女の理解から遠い存在だっただけだ。彼女は悲しんで、私に『どうして人並みの感受性が育たないの』となじった。泣きながらね」

 その場面が想像できるようで、ギーは黙って聞いていた。

「花を見て綺麗だと思う心は育ったのに、猫を蹴飛ばすと猫が可哀想だとは思わなかった。猫も苦しめばいいと思ったことはあっても、猫は生き物だと思えなかった。おかしいかね?」

「そういう人もいると思います」

 ギーは無難な答えを選んでそう答えた。

「花は綺麗だと思った。私を責めない、風に揺れているだけだ。明日散るかもしれないのに、ただひたむきに咲いているだけ。踏みつけられても、人間を責めようとはしない。私は猫は蹴飛ばせるけれども、花は踏みつけられないな。彼らはあんなにも、美しい」

 うっとりするように語るアランに、ギーは聞いてみた。

「あなたはラベンダーが好きなんじゃあないですか?」

「私がラベンダーを好きだったとして、どうなるというのだ。絶望に打ち拉がれた夜明けに見る朝日のようなものだ。世界が美しいからまだ死ねないと思う、延命措置でしかない。私の命の源でしかなく、それ以上のものにはなりえない。私は、空っぽだ。ラベンダーのように綺麗にはなれない、すぐに散る命でもない。醜く今日も生きているだけだ」

 そこまで語ったあと、アランはふと笑った。

「何故だろうな。今まで殺した相手にこんなことを語ったことはなかったのに」

 ギーはどう答えるべきか悩み、最終的にはこう言った。

「ラベンダーは僕も好きですよ。やさしい香りがしますから」

 アランは頬笑んで、「たしかにな」と答えた。


 窓の外でラベンダーが風に揺れている。

 明日消えるともわからぬギーの心も、儚げに揺れている。

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