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鈍色の花  作者: 花南
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05

◆◇◆◇

 チェスター=クラークは不機嫌だった。先輩に画家が怪しいと言ったら、その根拠を聞かれ、思わず勘だと答えたら頭をはたかれたからだ。

「ギー、お前の予想はずれたっぽいよ」

 食堂にはいってギーを探すが、見つからない。まだ仕事中なのだろうか。署まで戻って探すか、そう思ってピーナッツバターのサンドイッチを買うとそれを食べながら署に戻った。

 ギーにどの部屋で仕事をしているかは聞いている。その部署を訪ねると、ネクタイにシャツ姿の華僑出身と思しき男が顔を出した。

「あなたは誰?」

 男はスターバックスの珈琲を飲みながらそう聞いてきた。

「ギーの友達です」

「ギー=ワロキエならば、今日も姿を見せていない」

「今日、も?」

 も、ということはここ数日姿を見せていないということだろうか。

「ここ数日、ずっと姿を見ていないよ。まったく、真面目そうな奴だと思ったのにサボってるのかな」

「ギーはそんなことをする奴じゃあありません」

 何故か腹が立ってチェスターはそう言った。

「俺も最近姿を見ないんです。携帯に連絡いれても返事がないし、何かあったのかもしれない」

「何かねえ……本当に連絡こないのか?」

「まったく」

 サムは携帯を取り出してギーの番号に電話をかけた。たしかに電源が切ってある。

「電源が切ってあるとGPS追跡もできないな」

「どうすればいいんでしょう」

「俺としてもギーがいないとちょっと困るからな、探すの手伝うよ」

 サムがスターバックスの珈琲をゴミ箱に放ると、ジャケットを着て出てきた。

「何か探す宛はあるんですか?」

「あるっていうか……とりあえず自宅に行ってみるのが先決だろ」

 駐車場で覆面パトカーに乗ると、サムはチェスターにナビを頼んだ。しばらく車を運転して、ギーの住むアパルトメントについた。

 インターホンを押すが、誰も出てくる気配がない。

「留守かな……」

「風邪ひいてたりして」

 サムは無言で銃を取り出すと、それを鍵穴に向かって発砲した。木造の扉に穴が開いて、鍵が剥き身で見える。解除して問答無用で中に入った。

 チェスターはサムのあまりの手際のよさに、彼が現場慣れした刑事で、すでに事件の匂いを嗅ぎつけているのだと思った。

 部屋の中は資料が山のように積み上げられたテーブルと、料理の道具が所狭しと積み上げられた棚と大きなオーブンレンジ、あとはベッドとクローゼットがあるだけだった。

 あまり片付いている部屋とは言いがたかったが、荒らされた形跡はない。

「ギー、いませんね」

「昨日はここに帰ってきているのか?」

「さあ。あ……帰ってきていないみたいだ」

 チェスターはぱさぱさになったカトルカールをつまむと、口に運んだ。すぐに吐き出す。

「ほら、お菓子が黴てるもの。食い意地張ったあいつがお菓子が黴るまで放置しているわけがない」

「どんなプロファイリングだよ?」

 呆れたようにサムが呟いた。

「ここ数日、ギーは帰ってきていないということか」

「みたいですね」

「ギーは恋人とかいないのか? そっちの家にいっているとか」

「あいつ恋人とかはいませんよ。妙に真面目だから『アメリカでは恋人は作らない』とか言っていて。ほら、卒業したらイタリアだったかフランスだったかに帰る予定だったみたいだし」

「友達なんだろ? イタリアだったかフランスだったかってなんだよ」

「フランス系イタリアハーフなんですよ。ややこしいですよね。親はフランスに住んでいたんですが、警察学校に入る前はイタリアの叔母さんのところで心理学の大学に通っていたんです」

「へえ。あいつセラピストとかのほうが向いてたんじゃあないの? プロファイラーに向いているように思えない」

「あいつはプロファイリングやらせれば優秀ですよ?」

「そりゃ知ってる。貰った地理的プロファイリングは有効活用させてもらっている最中だ」

 チェスターは部屋の中を物色した。

 エロ本ひとつ出てこない生真面目な部屋の中に犯罪の痕跡がないか探したが、何も見つからない。

「……何も見つからないと、次の行動とれないな」

「とりあえず捜索願いを出すところからスタートだな」

「あの……サムさん。ギーを探すの、手伝ってくれますか?」

 サムは漢民族特有の、つりあがった目でチェスターをにらみつけた。

「仕事が忙しくてそれどころじゃあない」

「えー」

 薄情な。と言おうとしたら続きがあった。

「――と言いたいところだが、ギーの行方不明が今関ってる事件と無関係とは言えないかもしれない。だからギーを探すのには協力する」

「ありがとうございます」

 サムはため息をついた。たぶんギーが消えたことをサムは快く思っていない。


◆◇◆◇

 肌が寒い、と感じた。

 頭の芯がぼんやりする。虚ろな目で天井を見上げた。

(さっきの紅茶、絶対何か薬が入っていましたね……)

 不味い紅茶だと思ったら、何か入っていたのか。頭の上でフラッシュが数度瞬くのが見えた。写真を撮られている。

 あまり考えたくないけれども、回らない頭で必死に考えた。

 こんなに肌で直に空気を感じ、身体が重い状況を考えると、寝ている間に服を剥ぎ取られたのだろう。脚までスースーして妙に解放感がある。自分が今、下着を身につけているかすらわからない。

(ああもう、そういう展開は勘弁なんだけれども)

 アランが男色という展開だけは考えたくない。

 ただ攫われて首輪を填められているだけでも恐怖だというのに、これから何をされるかわからないというのはさらなる恐怖だ。犯されるくらいなら死んだほうがマシだと女の子のような考えが頭の中を掠める。


 十数分、そのまま放置してアランは姿を消した。

 写真を撮るだけが趣味だとしたら問題ない(いや、問題あると思うけれども)が、それをおかずにされるのを想像すると背中に怖気が走る。

 ようやく少し動くようになった身体を起こし、自分の身体を見た。一指纏わぬ姿に、左足に銀色のアンクレットがつけられている。自分でつけたものではない。

 それを指でつまんで、いじった。銀色のプレートがついたシンプルなアンクレットだ。男がつけるものではないにしろ、男がつけたとしてもぎりぎりOKかもしれないと思うようなデザインだった。

 しばらくして、アランは隣の部屋から戻ってきて、ギーに数枚の写真を見せた。

 虚ろな目をして死体のように寝そべっているギーの目のアップ写真、そしてふくらはぎから足のつま先までが入るように撮られたもの、腰のラインの写真。

(気持ち悪い……)

 パーツフェチか。そんな考えが頭の中をよぎる。

「よく撮れてますね」

 腹立たしさと羞恥心を隠したまま、相手を賞めた。

「私はね、画家なんだよ」

「へえ、知りませんでした」

「君はとてもモデルに向いていると思ってね、写真を撮らせてもらった」

「今度からは薬を使って眠らせるなんて方法ではなく、口で言ってください」

「口で言ってそのとおりに動くのかね? 『全裸になって、身体の無駄毛を剃り落としてから、足首にアンクレットをつけてベッドに横になりなさい』と言われて」

「ごめんなさい。想像しただけで怖くなりました」

 言われる場面を想像して戦慄した。知らない間に無駄毛を全部剃られたのか。すね毛もわき毛も存在しないことに遅まきながら気づく。

「だけど動いている君も写真に収めたいな」

「動いている僕、ですか?」

「目に光が宿っているところをね」

 アランはカメラを構えて、ギーの顎に手をかけた。

「顎、これくらいの角度で。視線こっちに向けて、肩は少し後ろにひいて」

 ヌードモデルじゃあないんだ、この野郎。と言ってやりたいところだが、自分の命がかかっている状況ではそうも言ってられない。

 仕方なしに言われるとおりに顎を引いて、視線をカメラに向ける。

 何度かフラッシュが光った。

「あとで印刷したら見せるよ」

「いえ、けっこうです」

 自分のヌード写真を見て興奮する趣味はない。

「あの、服……返してください」

 おそるおそる口にする。返さないと言われたらどうしようと思いながら。

 アランは意地悪そうに笑って、ギーに言った。

「何をそんなに怯えているんだね? 私が君のことを手篭めにするとでも思っているのかね」

「いえ……そんな滅相もない」

「そういう期待をされるとこっちとしても期待に応えなくてはいけないかな?」

 首輪の鎖を引っ張って、ギーの首を押さえつけると、アランは間近に顔を近づけて言った。

「あまりびくびくするもんじゃあないよ。殺したくなってくるだろう?」

 低く、甘く、恋人に睦言でも囁くように言われた声は、ギーを深い沼に埋没させるように静かなものだった。

 今度こそ、ぞく、とした。

 彼はきっと殺すときに快楽を感じる男なのだ。それが男であれ女であれ、構わない。

 FBIのプロファイリングは犯行現場に性的ファンタジーが再現されていないとできないとされているが、彼は間違いなく性的な快楽のために人を殺すタイプの人間だと思った。

 アランがギーの瞼にキスをし、舌で瞼をこじ開けると青い目を舐め上げた。

「この目……殺すときに貰うよ?」

 犯罪心理学のすべてを言い尽くしたときに、自分は確実にこの男に殺される。

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