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鈍色の花  作者: 花南
3/9

03

 愛情の裏返しかそれとも理不尽な嫌悪によるものか、ともかくチェスターと違う班になってしまったのは残念なことだった。

 ほとんどの生徒たちは実際に先輩のプロファイラーがひとりずつついて仕事の手本を見せてくれるらしいのだが、ギーの場合は警察の人間がいっしょに仕事をすることになった。

「サムです。よろしく」

 自分と同い年くらいの、若い男だった。

 おそらく高校を卒業してすぐに警察の仕事に就いたのだろう、がっしりした肉体と精悍な顔つきは、もう学生のそれではなかった。たぶん中国人二世あたりじゃあないだろうか。東洋人でつり目だとどうしても中国人を想像してしまうのはギーに限らず白人の悪癖だ。とはいえ日本人なのか韓国人なのか、それとも東南アジア系なのかさえ想像がつかない。

「ギーです、よろしくお願いします」

 簡単に握手をすませる。彼の手は銃を握る部分にタコができていた。自分の手は泡立て器を握るところにタコができている。

「それで、担当の事件ってどんなのですか?」

 緊張した面持ちでそう聞くと、サムはふっと笑った。緊張させまいと気を遣ってくれているのかもしれない。

「安心しておけよ。まだ学校も卒業していないような奴に凶悪な事件とかは任せられたりしないから」

「はあ」

 派手な事件のほうが考察は書きやすいのだが。そう考えながら、サムのあとをついていく。

 サムのパトカーに乗ると、彼は運転席の手前から資料を取り出してギーに渡した。現場に向かう車の中で、渡された資料を確認する。

 川べりで見つかった水死体。死体は損傷していないことから溺死と思われる。女性、中年、現在近しい人間を調べ中。霊感のある占い師が発見した。

「霊感のある占い師?」

 聞きなれない単語に首をかしげる。

「死体に呼ばれたとか言ってたぜ」

 運転中のため、こちらを見ずにサムはそう答えた。ギーは死体は電話をかけたりしないよなあと考えながら、続けて質問をした。

「被害者との関係は?」

「まったくないみたいだな。お客というわけでもないみたいだった」

 ギーの口がヘの字に曲がる。多少女々しいギーは占いに興味がないわけではない。しかし占いが当たるかと聞かれるとどうしても心理学が顔を覗かせる。所詮、誰でも該当しそうな内容を書いておけば占いは当たったように感じるのである。本当に霊感のある人間を除いては、ちょっとした心理トリックを使っているにすぎない。

「本当に霊感のある方なんでしょうか?」

「さあなあ。公には認めていないが、実際に霊能者が事件解決に関わったことはけっこうある」

「まあ僕もプロファイリングが全能だなんて思っていませんが」

 プロファイリングは正直時代遅れな学問だとも感じる。犯罪は日々進化しているのだから後手後手になるのは仕方のないことだし、まだ完璧に時代遅れなわけではないことから使える部分もたくさんあるが、最先端ではないとギーは考えている。

 何が最先端? と聞かれるとわからないが、科学のほうがこれからは幅をきかせそうだ。何が時代遅れもいいところか? 地道に足で探すのはまだまだ必要だと感じるので、こういった根拠のない霊能者に頼るという手段や、小説にあるような探偵に事件を任せるのが一番非科学的だと感じる。非科学的なのはいけない。科学を盲信する以上に根拠なく誰かを疑ったり模索したりして無駄足を踏むのは命取りだ。

 霊感のある占い師と聞くとついつい、話のセオリーで偽者という結論にいきそうな気がした。

 沈黙しているとサムが笑った。

「信じてないな?」

「ええ」

「俺は半信半疑だな」

「信じられる要素がどこか?」

「んー、ただの勘なんだけどもな。嘘ついてるって風じゃあなかった」

 サムの言葉に口がさらにヘの字になった。占い師なんて胡散臭いのもいいところなのに、サムが気に入るほどの美女だったのだろうか。



 沈黙が続く中、車は川のほとりについた。

 川べりは歩きにくいサイズの大小さまざまな石が転がっており、車を道路に止めるとサムとギーは白いチョークのあるところまで歩く。

「死体に損傷は見られなかったと?」

 チョークのあたりに遺留品のあとも死体の損傷のマークも見当たらない。

 轟々という川の音が近くで聞こえる。増水していることから、死体がもし川の中を泳いできたのならばもうちょっと傷がついてもいいのではと思った。

「ああ。死んで時間が経ってないから傷んでもいなかったんだ」

 近くに転がってる石の上に腰掛けたサムをちらりと見て、周囲を見渡す。小鳥の囀りが聞こえ、川の向こうには緑蔭が涼しげに揺れている。天気はいいが、バーベキューをしている人もテントを張っている人もいない。

「でもここ、人気がある場所じゃあないですよね? こんなところで偶然溺れることもないだろうし、偶然見つけることも考えづらい」

「つーと占い師が怪しいか」

「ですねぇ」

 さらに川上のほうを眺めて、住宅がいくつかあるのを確認した。

「占い師さんは川の近辺の人ですか?」

「いいや、ここから車で三十分は距離あるぞ」

 シカゴ市の中央に近いじゃあないか。こんな辺鄙なところに何の用事があって占い師は来たというのだ。

「どうして容疑者じゃあないんですか? 理由が欲しいです」

「車の免許がないんだ。死体を運ぶことが出来ない」

「じゃあ車で三十分もある距離を死体に呼ばれてはるばる歩いてきたんですね?」

「実際はタクシーでここを指定して来たらしい。タクシーに死体は積めないだろ?」

 たしかにタクシーの運転手が共犯でないと無理そうだ。もしくは知り合いで車を運転する共犯者がいるか。

「川上の聞き込みのほうは?」

「目撃情報0だ」

「夜は治安が悪いんでしょうか」

「というよりも街灯が少ないから暗くて危ないんだろ」

 治安が悪いよりそっちか。足場の悪そうな石に足をとられないように歩きながら、ギーは溜息をついた。

「とりあえず、その占い師に会う必要がありそうですね」


 占い師はきっと何か知っている。半ばそんな確信をもちながらギーは車に揺られた。田舎の自然の多い景色が、あるところまでくるといきなり建物の量が増える。シカゴは人口の多い街だ、当然犯罪も多い。

 パトカーの前を運転マナーの悪い車がぎりぎり横切っていく。挑発されてるにも関わらず、サムは「交通課に任せる」と言って無視した。

「サムはいきなり殺人課ですか?」

「前は少年課だった」

「更生させるのが仕事だったんですね」

「今は更生不可能な奴らが相手だけれどもな」

 更生不可能という言葉が重くのしかかってくる。更生する人間もいそうな気がするのだが、たしかに望みは薄い。犯罪を一度犯した者は、繰り返し同じ行為に手を染める。だからインターネット上に本名と住所が公開されて、一度でも犯罪者になった者はいつ見つかるかに怯えながら暮らさなくてはいけない。だがそれは仕方のないことでもある。どのみちいつか、彼らはもう一度同じことを繰り返すのだ。反省しているにしろ反省の色が見られないにしろ、癖になったものは直すことが容易ではない。それが成人した人間で、ある程度性格が形成されたあとだったりすると尚の事。

 シカゴ市に入ったばかりの、中心街からはずれたところにあるアパルトメントの前でパトカーは停車した。

 白いアパルトメントの二階、一番奥。玄関の扉に表札はない。サムは構わずそのインターホンを押した。すると少しして、中から長身の男が出てきた。

 黒髪に少し金色を思わせる色素の薄い目が印象的な、美しい男だった。

 ギーの身長はたった164センチしかない。背の低い男は言うことがお洒落でモテるのだと自分に暗示をかけているが、この歳になるまで女性にモテたためしはない。それどころか、女顔でキーも高いため、女々しいとからかわれることが多いのだ。

(占い師って男だったのか。こういうすらーっとした体型に、俳優みたいに綺麗な顔で生まれた人の人生ってどんなのなんだろう)

 そんなことをぼんやりと考えている横で、サムが挨拶をしている。

「シカゴ市警察のサムだ」

「初めまして。助手のギーです」

「ああ、よくぞいらっしゃいました」

 占い師はやさしく頬笑み、ふたりを中に通してくれた。

 部屋の中はシンプルなモノトーンのインテリアで、天井から赤い蔓薔薇が鉢に入って下げてあった。そしてモネの模写とおぼしき絵画が部屋に飾ってある。

 彼はポットで紅茶を入れてくれて、ふたりの前にマシマロの皿といっしょに出した。

 随分律儀な人だなあ、とギーは思った。お茶とお菓子を出すのがマナーの国もあるらしいが、アメリカにはそんな風習はない。突然訪れた警察にここまでしてくれるということは、もしかしたら育ちがいいのかもしれない。

「先にいちおう名乗っておきますね。占い師のレインマン、本名はエミール=ボードレールです」

「フランスの方ですか?」

「ええ。こちらに来て八年になります」

 物腰やわらかく微笑み、男はソーサーごとカップを手にとった。そして紅茶を一啜りする。

「ああ、お茶は僕が飲みたかったので、ご一緒しようと思っただけですよ。どうぞ構わず飲んでください」

「ありがとうございます」

 お礼を言ってギーも紅茶を啜る。レインマンはマシマロをひとつ口に放りこんで、それから紅茶をもう一口啜った。

(マシマロ、欲しいけれども食べたらサムは怒るかなあ)

 仕事に来てそれはないだろうと言われそうだ。

「どうぞ、遠慮せずに食べてください」

 絶妙なタイミングでレインマンがマシマロの入った皿をぐぐっと押し出す。ギーはちらりとサムを見て、サムがこちらに頓着していないのを確認して、マシマロに手を伸ばした。

「それで、ご用件のほうは?」

 サムはお茶に一口だけ口をつけて、本題に入った。

「発見したときの状況を教えていただきたい」

「サムさんでしたっけ? 困りましたね、ご説明は何度もさせていただきましたが」

「もう一度お願いします」

「それが警察のやり方なら致し方ありませんね。夜中に女の人に呼ばれる声がして目覚めました。早朝に電車に乗って声に案内されるがままに駅について、そこからタクシーで山道を走って見つけたんです」

 レインマンは何度も同じ説明をしているらしく、簡潔に内容を言った。

「何か質問は?」

 レインマンが逆にそう促す。何も困ることなどないという自信に満ちた表情で、悠然と微笑みながら。

「ええと……死体に呼ばれたのは今回が初めてですか?」

 ギーの質問にレインマンは首を傾げた。

「過去に数回あったとしたらどうなんです?」

 いちいち聞き返してくる男だと思った。下手に踏み込むとこっちが怒られそうな視線でこちらを見てくる。

「僕の能力の証明になるのか、逆に容疑が強まるのか」

「いえ、こういうことが立て続けにあると気が滅入るんじゃあないかと思って」

「警察の方は毎日見ているでしょう。別段気が滅入ることではありません」

「はあ……」

 ポリグラフにかけたわけではないので正確な情報ではないが、嘘をついているようには見えなかった。

「嘘はついていませんよ、必要ならば出頭にも応じますし、好きなだけ身辺を調べていただいて構いません」

 そう言ってレインマンは手を伸ばすと、マシマロをもうひとつ摘まんで口に運んだ。マシマロ好きなんだろうなあと思いながら、ギーも負けじと口にマシマロを運ぶ。

「ギー、食べ過ぎだ」

 たったふたつしか摘まんでいないのにサムに叱られた。仕方がないので三つ目は遠慮することにした。

「まあ、占い師なんて職業、胡散臭いと信じないのがほとんどの男性でしょうけれども……」

 レインマンはそう呟き、ギーを見てくる。まるで「あなたは信じていそうですね」と言わんばかりの視線で。

「これだけは言っておきます。帰り道に気をつけてください」

「はい?」

 脅しか? 隣にサムがいるのに、こんな陳腐な脅迫をするのか。ところが隣のサムは無表情でレインマンを見ている。いや、観察している。

「あなたは物欲と快楽に弱い牡牛座でしょう?」

「……食いしん坊で手が器用な牡牛座です」

 あまり褒められていないのがわかったので言い直してみる。

「僕も牡牛座です。太陽がもうすぐ牡牛座に入座する、牡牛座に生まれた人たちは『こう生きたい』という傾向が強くなり、より自分らしい生き方の特性が出てくる」

「はあ」

 生返事になったのがわかる。そもそも何故牡牛座だとバレたのかもわからなかった。誕生日を教えた覚えはない。

「誕生日は顔見ればだいたい察しがつきます」

 思考を読んだかのようなタイミングで、そう言われた。

「そんな物欲まみれの、快楽に弱い人間に見えましたか?」

 ギーの言葉にサムがわずかにクククと笑った。レインマンはその質問には答えず、別のことを言った。

「あなたの『こう生きたい』は、おそらく賛同が得られにくいです。それはあなたが自分でもどう生きたいか分かっていないから。ただなんとなく、欲望に忠実に生きている。欲に生きているならばまだ正直なのかもしれませんが、それを醜いと知っているため隠している。あなたの中で何がしたいかははっきりしていない。はっきりしているのは自分が何が好きか、という嗜好だけです。嫌いという感情はほとんど持ちあわせていないあなたは、好きは理解できるけれども人の嫌悪が理解できない。嫌悪を理解できない人間は、嫌悪を理解できない人間と惹きあうか、もしくは自分を理解してくれるのはあなただけだと錯覚した人間と惹かれあう。とてもあなたにとっては迷惑な話かもしれませんが、あなたに迷惑じみた好意をもった人間が近づいてくると出ています。それはストーカーか執念深い恋人かわかりませんが、あなたの『こう生きたい』という方向を強化してくれる一方で、あなたの感情をぎたぎたにしてくるでしょう。アンラッキーポイントはお菓子です。買い食いせずにまっすぐ帰ること」

 ぐさぐさくる言葉だな、と感じた。この男、どこか自分の心を見透かしているのではないだろうか。

 たしかに欲望に忠実に生きているし、何かを嫌いになることはほとんどない。自分の周囲には比較的好き嫌いの激しい部類の人種が集まっているが、みんな「ギーは自分の味方だ」と信じている。誰の味方でもない、自分の味方ですらない、ギーにみんな喜んで本音を打ち明ける。教授のサリンジャーくらいだろう、ギーの冷めた心を見抜いた人間は。

「こう生きたいを強化するって……?」

 自分がどう生きたいかも定まってないのに、どう強化されるんだと思って、オウム返しに聞いてみた。

「より一層、苦悩すればいいと思います」

 苦悩なんてするほど人間らしくないとギーが思った瞬間、とどめを刺された。

「自分の無感動っぷりに。あなた、実は何もやりたくないんです」

 こいつは本当の霊能力者だろう。それだけは嫌と言うほど苦悩している。ギーはうめくように低い声で「ありがとうございます」と言った。



「今のところは地理的な分析が精一杯ですね。死体に性的ファンタジーが表現されていない場合はFBIのプロファイリングは無効なので」

 車に乗ったあと、ギーはサムにそう告げた。

「地理的プロファイリングと言っても、連続犯でないと難しいだろう?」

「そうですね。溺死だけでなく類似するような犯行があったか、まずは資料との戦いになりそうです」

「資料嫌いなんだけどなあ」

 サムはハンドルに凭れて心底嫌だ、といった顔をした。そしてふと思い出したようにこちらを見てくる。

「お前さ、さっき『立て続けにこういうことがあると気が滅入る』とか言ったよな?」

「え? はい」

「そういうことで気が滅入る奴はプロファイラーになれるのか?」

「……さあ」

 正直、どうでもいい。元々、プロファイラーになるというよりは両親を殺した放火魔を捕まえるためぐらいにしか考えていなかったのだから。

「さあって。辞めるなら今のうちじゃあないのか?」

 サムは意地悪を言っているというよりは、経験上そう言っているのだろうと思った。

 自分は何になりたくてプロファイラーの勉強を始めたのだろう。どこへ向かおうとしているのだろう。たとえプロファイラーにならなかったとしてもこの勉強が役立つ日はくるのか。

 答えはわからない。



 自宅に帰ると昨日焼いたカトルカールが半分残っていた。

 それを口に咥えて珈琲をいれると、警察署でコピーした資料に目を通す。

「お菓子……最近作ってないなあ」

 カトルカールを咀嚼しながら呟く。今現在手作りのお菓子を食べているのだから、厳密には多少息抜きに作ってはいるのだが。

「夏野菜のモンブラン、バナーヌのミルフィーユ、メープルプティング、レモンクリームたっぷりのマカロン……作りたいなあ」

 口にしてみると、なおさら作りたくなってくる。

 いい加減、近くのパティスリーで買ってくるだけでは満足しなくなってきた。

 とはいえ、レポートそっちのけでお菓子作りをするわけにもいかない。とりあえずこの卒業論文が完成するまではお菓子作りは簡単なものだけにしておこう。

「いっ……」

 思わず顔がひきつり、小指に嵌めていた指輪を見た。

 たまに遺品の指輪は自ら「外せ!」と訴えかけてくる。錯覚かもしれないが、ばちばちと静電気のような痛みが走るのだ。

 ギーは指輪を外した。鬱血した痕がないところを見ると指がむくんだせいではない。指輪をテーブルの上に置いて見つめる。

「今回は、何故外せって主張したんでしょうね。この指輪」

 だいたいいつも忘れた頃に主張してくる指輪。まるで一体となることを拒絶されているような気分になる。ころん、と指先で押して転がし、煤けた色をした指輪の機嫌を窺うように見つめた。

「つけたり外したり、できるのがいいのかな……」

 子供も配偶者も友達も、みんなそれくらい気楽な距離感のほうがいい。そこまできっぱり言い切っていた母。顔は父親似だが、性格はきっと母に似たのだろう。時折自分と周囲の感情の温度差にびっくりすることがある。

――苦悩すればいいんですよ。自分の無感動っぷりに。

 今日会ってきた占い師、レインマンの言葉も思い出す。幼い頃に彼に会っていたならば、間違いなく悶々とした気持ちを母に打ち明けただろう。そのとき母はどう答えただろうかと想像してみた。

「それでもお母さんは、お父さんという優しい人と出会えたのよ?」

 彼女ならそう言うとと思った。母はきっと冷めてる自分も好きで、それ以上に夫である男が好きだった。そしてもちろん、ギーのことも。

「誰かを愛せるようになるまでは長かったわ」

 そうも言いそうだ。だけど好きになれた人ができたことを誇りに思っている母だった。父のことを語るときは、すごく嬉しそうに青い目が輝くのを覚えている。優しい父が愛した以上に、強く父を愛した情熱的な女性だった。

 しかし指輪は、思い出の中の母は、自分とギーは違うのだとばかりに「外せ!」と主張してきた。まるで悶々としている自分を「もう大人なんだから、自分で考えなさい」と突き放すように。

「苦悩しろ、か……」

 ぽつりと呟く。せいぜい苦しめと笑顔で言う母が目に浮かぶようだった。

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