学校の話
私の通う高校は家から学校まで徒歩で十分ほどのところにある、至って普通の学校だ。学力も平均的、在籍する生徒も人当たり穏やかな人が多いという平凡で平和な高校だ。建物は比較的新しく目立った傷もない。
私は蛍光灯の光を反射して輝く階段を急いで駆け上がる、もう少しで朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴ってしまう。よかった、どうにか間に合いそうだ。
そっと教室の扉を開くとまだ先生は来ていなかった、ほっと胸を撫で下ろして廊下側の一番後ろの自分の席に座る。先生の来ていない教室はチャイムが鳴っても賑やかだった。
しばらくすると教室の扉が開いてクラス担任である志村早苗先生がやって来た。
「皆、おはよう」
教卓の前で溌剌とした笑顔でそう言った早苗先生はこの学校で生徒から一番人気のある先生だ。私たち高校生とも比較的年が近くて接しやすいというのも理由の一つだけど、何よりも先生の人柄が良いからだと思う。優しくて、元気で明るくて、悩みごとも一緒になって真摯に悩んでくれるーーそんな早苗先生はとても素敵な先生だ。
早苗先生が担任でよかったと私は心のそこから思っている。
「今年もまた毎年恒例の家庭訪問を実施します!」
早苗先生の一言で教室はまた一気に騒がしくなった。いくら早苗先生と言えども家庭訪問は皆嫌らしい。
「それで今からプリントを配るから親御さんに希望の日時に丸を付けてもらってください」
家庭訪問、嫌な響き。
私にとって一年で一番憂鬱なものかもしれない。
※
「撫子ーおはよう」
朝のホームルームが終わると友達である斉藤明日香が私の席にやって来た。明日香は私の中学生の頃からの友達で時々ケンカもするけれどとても仲の良い親友だ。
「おはよう明日香」
「今日は遅刻ギリギリだったでしょ、珍しいよねー朝寝坊?」
「うん、まあそんな感じかな?」
私の曖昧な答えに明日香は首を傾げる、チャームポイントのポニーテールが揺れた。
いくら親友とは言えども昨日からしゃべる黒猫を飼いはじめてその猫とついつい長話していたら遅れてしまったなんて言えない。
「家庭訪問だって、嫌だなあ、要らないのに」
明日香は小さな子供のように唇を尖らせて言った、それは私も全力で同意する。
「だよね、要らないよね」
「……撫子は、今年はどうするの?」
私の家庭の事情を知っている明日香は気を使っているように控え目に言った。そんなに気にしなくてもいいのにと思う。
私はつとめて明るく答えた。
「うーん、どうしようかな。ちょっとお父さんに聞いてみるよ」
「そっか」
早苗先生に相談してもいい気もするけれど何だか話がややこしくなりそうなのでやめておくことにしている。それにたぶん相談したとしても例年通り絶対に家庭訪問は行われるだろう、これまでどの先生にも家庭訪問はやらなきゃいけない大切なことだからと言われてきた。無駄なことはしたくない。
「撫子?」
「えっあっごめん……ぼうっとしてた」
「しっかりしなよー」
「えへへ」
今日は久しぶりに家に電話を掛けなければならない、そう考えるといつも待ち遠しい放課後なんて来なければいいのにと思えた。