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自己紹介と一日目の話

取り合えず私は家に黒猫を通した。部屋にはいる前に私は黒猫の足を濡れたタオルで拭いてあげようとしたのだが黒猫は自分で拭くと嫌がった。仕方なく床に濡れたタオルを敷くとその上で足踏みをした、その姿が愛らしくて自然に頬が緩む。


「何だその間抜けな顔は」

「間抜けとは失礼な!黒猫さんの足踏みが可愛らしくて……えへへ」

「気持ち悪……」

「口の悪い猫さんですね」

「俺は人間だと何回言えば分かるんだ!」


そんなやり取りをしながらも黒猫は昔ながらの日本家屋である我が家を物珍しそうにキョロキョロと金色の目で見ていて、私はその様子を微笑ましく見守っていた。

黒猫に一通り部屋を案内した後で私たちは縁側へと戻り、紫色の座布団の上にそれぞれが座った。


「取り合えず自己紹介でもしとこうか」

「そうですね」


黒猫が体ごとこちらに向けたので私もそれに倣う。黒猫は私の目をまっすぐに見ていた。こんなにもまっすぐに見つめられたことら今までになかったので猫とはいえども目を逸らしてしまう。いや、実際は猫ではなくて人間なのかもしれないけれど。


「俺の名前は春日志貴かすがしきという。あんたの名前は?」

「私の名前は小泉撫子こいずみなでしこです」

「撫子か……随分と古風な名前だな」

「おじいちゃん……祖父が名付けてくれました。花の名前なんて少し恥ずかしいですけどね」

「いや、いい名前だと思う」

「ありがとうございます」


私は黒猫のことを春日さんと呼ぶことにし、春日さんは私のことを撫子と呼ぶことにした。

こうして意外と呆気なく二人の自己紹介は終わってしまった。

私にも春日さんに聞きたいことはあった。なぜ猫になったのかとかどこから来たのかなど、でも春日さんは私になにも聞いてこなかったので私も何も聞かないことにする。


「ちょっと俺は出掛けてくるな」

「はい。いってらっしゃい」

「……いってくる」


春日さんは少し照れ臭そうにそう返してくれた。そそくさと外に出ていく姿が微笑ましい、春日さんは照れ屋なのかもしれない。

ふと誰かにいってらっしゃいと言うのもいってくると言われるのも久しぶりのことだと気づいた。



今日の晩御飯はどうしようかと私は台所で一人悩んでいた。

メニューは決まっていたのだが春日さんが我が家にやって来たので何を出すべきかと考えている。春日さんは猫だが人間だというので猫用の餌を出すのは失礼だろう、しかし人間の食べ物は猫の体には悪いとも聞く、何を出すのが正解なのか分からない。

取り合えず今日は魚を焼くことにした。これならば出しても大丈夫だろう。今晩のメニューは塩鮭と味噌汁とほうれん草のお浸しだ。


「よし、作るか」


一人暮らしも長いため料理くらいはお手のものだった。私は手際よく料理を作り終え、六時前には食卓にご飯を並べることができた。

六時過ぎくらいに春日さんは帰ってきた。ちゃんと縁側から入ってきて足も拭いているようだ。


「春日さん、おかえりなさい」

「……ああ」

「ご飯食べますか?」


春日さんにほぐした鮭や猫が一口で食べれるような小さいお握りを載せたお皿を見せた。

すると春日さんのお腹がぐぅーと音をたてた。


「お腹減ってるんですね。さあ食べましょう、いただきます!」

「いただきます」

「そういえば猫もお腹鳴ったりするんですね」

「そうらしいな」

「どこに行ってたんですか?」

「その辺をいろいろだ」

誰かと一緒に夕御飯を食べるのが久しぶりで、嬉しくて私は春日さんにたくさん話しかけた。


「そう言えば私、誰かに自分の作ったご飯食べてもらうの初めてです」

「そうか」

「美味しいですか」

「ああ、うまいよ」

「よかったー」


美味しくなかったらどうしようかと少し不安だったのだ、誰かに食べてもらえて美味しいと言ってもらえることは想像以上に嬉しいものだった。心が暖かくなってまた明日も頑張って作ろうと思える。


「また、明日も頑張って作るので一杯食べてくださいね」

「よろしく頼む」


春日さんは食べ終わると手を合わせて「ごちそうさまでした」と言った。


「お粗末様でした」


明日は何を作ろうかな、作るのが楽しみだ、素直にそう思えたのは何年ぶりだろうか。




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