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飛行機雲  作者: 紅
13/19

失くして気づくもの

救急車のサイレンと叫び声が入り交じるその現場で、僕は無力さを痛感した。

守れなかった。もう一度できた大切な存在を……。


僕は守れなかった。


激しい後悔の念に押しつぶされそうになる。

島も街も誰1人見えない大海原に1人放り出されたような脱力感の大波が、僕を海底へと沈める。

僕はもがかなかった。

後悔の海底に、進んで沈んでいった。

そう、僕は諦めたんだ。彼女がいなくなったこの世界になど、微塵も興味が生まれない。


レスキュー隊の人に渡された水を握りしめて、僕は一人とぼとぼと遊園地を後にした。

この時の僕はひどい顔をしていただろう。

今から自殺するんじゃないか?ってぐらいのフラフラの足取りで、赤信号も止まらずに歩いていく。

横断歩道を渡り始めて、直ぐにクラクションを鳴らされる。それでも止まらない僕に、トラックの運転手は急ブレーキを踏んでから「死にてぇーのかっ!」って叫んできた。

その通りだ……死にたい。

こんなことになるなら、僕も莉帆と一緒にコースターに乗るんだった。死ぬんなら一緒に死にたかった。

こんなこと言ったら彼女は酷く悲しい顔をして、僕を叱っただろう。

叩かれてもいい、殴られても、別れを切り出されてもいいから……もう1度僕の前に現れてくれ。

叱られたって、別れを切り出されたって、生きていれば何度だってチャンスはある。

死んだら終わりなんだよ!!!

死んだら…もう、取り返せないんだよ……。

そう言って僕は鉄橋の真ん中で泣き崩れた。


そこからの記憶はあまりない。

真っ白になった頭で僕は歩き続けたのだろう。

気づいた時には酷く懐かしい場所に立っていた。


「僕は結局、誰かに頼らなきゃ生きていけないのか」


僕が見上げたその古いアパートは、昔と何も変わっていなかった。

そう、そのアパートは僕と桜木里穂が住んでいたアパートだ。もう2度と来ることはないって思っていたけど、まさかこんな理由で来ることになるなんて。

荒木莉帆という生きる理由を失った今、僕の生きる理由は桜木里穂との約束だけだった。


グッと拳を握り締めると、僕はアパートの階段を一段一段踏みしめていく。

階数を1つ上がると思い出が僕の頭に浮かんで、懐かしむとスッと消えていく……。

精神的に限界だったせいか、僕の横を二人組の光がスタスタと登って行った。その光は僕らだ、光る僕は買い物袋を全部持って階段を上がっている。

一つ貸してっと言って里穂が僕の荷物を半分持ってくれた。その半分の重さがとても心地よくて心がフッと軽なる。

その二つの光はアパートの4階の扉へと消えていく、僕もそれにつられて扉を開こうとした。

ガチャン……。開かない。


「そりゃそうだよな」


扉には鍵がかかっていた。でも表札に新しい名前が入っていないから、この部屋には今だに誰も住んでいないようだ。

僕はドアの横にある小さい物置の下を覗くと、そこにある石レンガを退ける。


「あった……。」


僕らが住んでいたとき、一度だけ鍵をなくしたことがあった。新しく作り直すのも面倒で、物置にあったレンガの下に、里穂の鍵を隠すことにしたのだ。そのときの鍵がまだあった。錆止めはされているものの、少し錆び付いたような跡がある。まだ使えるのか?と少し不安になったが、錆び付いた鍵はすんなりと鍵穴へ吸い込まれていった。

カチャッンと音がして扉が開く、中は少し埃っぽくてでも微かに、あの時の2人で過ごした日々の香りする。いや、これは僕の先入観かもしれないけど。


部屋へ着くや否や、僕は疲れ切ってフラフラと窓際まで歩く。そして意識が飛ぶ寸前に僕は、昨日のことを思い出した。朝気持ち悪かった理由だ。

僕は莉帆と打ち上げをしていたんだ、そして僕は飲みすぎた。フラフラになった僕を莉帆は家まで運んでくれていた。あの暖かい肩を、柔らかい手を何で忘れていたんだろうか。朝の気分の悪さは二日酔いのせい、そして僕は莉帆にお礼すら言えずに別れてしまった。

伝えたかった。僕がここまで、今日まで歩いてこられた感謝を……。

伝えたかった。僕が君からどれだけの物をもらって、どれだけ救われたか。


抱きしめたかった………それが唯一の心残り。


そのフレーズが頭をよぎったときに何故か桜木里穂がくれた手紙の内容を思い出した。


最後に輝君に抱きしめられたかった。


そういえば彼女はそれが心残りだと言っていた。

思い出したのと同時に僕はアパートの窓際の畳に、体を打ち付けるようにして倒れこんだ。

うぅ……っと小さく唸ってから見上げた窓越しの空に、飛行機雲が真っ直ぐ伸びている。

僕はフッと笑う、さすがにもう驚きはしない。

そしてそれは起きた。

僕は体の周りを覆うように集まってきた不思議な光に身を任せる。

今は何もかも忘れて里穂と話そう。現実と不思議をキッパリと心の中で分けた僕は、白い光で埋もれていく視界の眩しさに目を瞑った。

そして目をあけて最初に飛び込んできたのは、相変わらず優しそうに笑う桜木里穂の姿だった。

そして、僕は何も言わずに里穂を強く抱きしめた。

でもその体は悲しいほど冷たく、生きていないことを実感させられる。

僕がさっきキッパリと分けたはずの現実が、今僕のいるこの不思議へと「漏れて」くるのを感じた。

そして僕の目から、文字通り漏れた。

止まらない悲しみが形となって、僕の瞼からボトボトと溢れ落ちる。

抱きしめたまま、僕は里穂の肩を濡らした。

でも里穂は肩が濡れていることなどお構いなしに、そのまま僕の頭に手を伸ばし、胸に引き寄せてから頭を撫でた。

ついに声が漏れる。生まれたての赤子のように、僕は無防備に泣いた。枯れるって表現がしっくりくるほど全てを流した。

里穂は散々泣いた僕の目を見つめて、優しくつぶやいた。


「何があったのか話して、ゆっくりでいいから」


僕らしかいないアパートに少しの静寂が流れた。

窓に腰掛けた2人を星たちの優しい光が照らしてくる。僕は喉に詰まったものをゴクリと飲み込むと一言刻みで話し始めた。







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