8 『"お守り"決定』
「客を選んでいるだけあるな。もしかしたら、秘密を守りそうな者を選んでいるのかもしれないな」
「まあ、それもあるかもな」
「それで? お前は、その非公をこれから探すつもりなんだろう?」
「オフコース!」
「しらみ潰しに、声をかけていくのか?」
「今のところ、それ以外に手がないからな。情報を集めつつ、そうするつもりだ」
そうか、とルークはちょっと考え込む素振りを見せた。
「ん? なんか問題あったか? 今は別に、急ぎの仕事もないだろ?」
「いや、それはそうなんだが」
ルークの煮え切らない返事に、ラディスは首を傾げた。
ルークはそのまま少し考え込んだ後、意を決したように顔を上げた。
「……よし、私も行こう」
「はあああ!?」
ラディスは、思わず叫んだ。
「いやいやいや、あんた情報集めるのには心底向いてねえよ。悪いこと言わないから、やめときなって」
「ラディス大尉~、連れてってやってくださいよ! 少佐、このごろ暇で暇でしょうがないんですよ」
「そうですよ! 職場で、うろうろされるより、そっちのがずっといい。たまには、外の空気吸わせてやってください」
ラディスに、周りの部下から野次が飛ぶ。
その野次を聞いて、ルークは膨れた。
その言い草はなんだ。
仮にも私は上司だぞ、と文句のひとつも言いたくなる。
しかし、部下の言うことは、全て本当のことだった。
ルークが『クロ』対策責任者になってから、まだ『クロ』からの予告状は届いていない。
正直、暇をもて余している状態だ。
「この税金泥棒!」という罵声は、ご遠慮願いたい。
ルークたちだって、好きで暇を貪っているわけではない。
初めは、他の部署の仕事を手伝ったり、仕事を回してもらえるよう、要請したりした。
けれど、仕事はちっとも増えない。
その時点で、これは嫌がらせだ、とルークは気がついた。
今までは「殺す気か!」というほど、上はルークに仕事を押し付けてきた。
実際に、どんどん出世するルークを潰すつもりでの嫌がらせだったのだろう。
しかしルークはその全てを完璧にこなし、ますます出世をしてしまった。
だから今度は手を変え、仕事を与えないという手段に出たのだ。
これは、ルークには効果てきめんだった。
趣味は仕事だと即答できるほどワーカーホリックなルークにとって、仕事を取り上げられるのは、かなり堪えた。
部下がこなす簡単な仕事を横取りしようとして怒られ、「少しはじっとしていられないんですか!」と怒鳴られたのも、一度や二度ではない。
そこへ、ラディスのこの話だ。
ルークが自分も手伝うと言い出したのにも、無理はなかった。
「え~!? だって、絶対途中でしびれ切らすぜ。あんたの性格は、いやってほどわかってんだよ」
情報を集めるには、根気が必要だ。
気が長くないルークには、向いていない。
ラディスはそう言ってなんとか諦めさせようとするが、ルークは首を縦には振らなかった。
「しかし、人手は必要だろう」
「いや、ないよりあったほうがいいけどさ。別にあんたじゃなくても」
「私以外はなんだかんだ、細々とした雑務で忙しい」
「あんたも仕事がまったくないわけじゃないでしょうが」
「あんなもの、ないようなものだ」
そりゃあ、あんたにとってはね、とラディスはルークの机の上の、すでに片付けられた書類の束を見た。
各所から仕事をかき集めたのだろう。
そこそこの厚さをしている。
たしかに、今までのルークの仕事量に比べれば『ないようなもの』だが、一般人がこれを片付けるのには、結構な時間と気力を必要とするだろう。
このワーカーホリックめ、と聞こえないよう小さく吐き捨てる。
「はあ~あ、もう!」
ルークは、気が長いほうではない。
だから、情報集めには向いていない。
ラディスはそれを、よおくわかっていた。
けれど、ルークが一度言い出したことを曲げないことも、いやになるほどよおおおくわかっていた。
となると、今回も例外ではない。
それならばこんな言い合い、これ以上は時間の無駄だ。
「くっそおー! お前ら、お守り押しつけやがって!」
部下たちに向かって吠える。
あからさまに「やっとこれで落ち着いて仕事ができる」「お守りは任せた」という顔をしている。
お前らは、どこぞの子育て中の主婦か。
俺はいつからお前らの夫になったんだ。
そして、この人はいったい何歳扱いなんだ。
そうツッコミたくなったが、一応その『上司』の前なので、ぐっと堪える。
「お守りって、なんだ! お守りって!」
「ああ、はいはい。言葉のあやだよ。言葉のあーや!」
早速癇癪を起こした『ぼうや』をいなしつつ、仕方ねぇかとラディスは腹を決めた。
「わかったよ、あんたも連れていく。ああ、めんどうくさいことになった」
げんなりした顔で白旗を上げたラディスの横で、ルークは先ほどまでの癇癪も忘れ、目を輝かせた。
「そうか! よし、では明日からは私も同行するからな」
「わかったってば。……あんたには難しい要求だとは思うけど、できるだけ目立たない格好してこいよ」
ルークにとって『目立たない』ということは、かなり難易度の高い行為だ。
綺麗な目鼻立ちに、スラリと長い手足。
それから、月あかりのようなシルバーブロンドの髪。
これだけのものを揃えた男は、どこへ行ったって人の視線を集めてしまう。
本人がどれだけ放っておいてほしいと願っていても。
「……善処しよう」
ルークは、自信なさげに呟いた。
「そうね。そうしてくれると助かるわ。仕上げは俺がなんとかしてやるからさ」
「すまないが、頼む」
ラディスなら、上手く自分を隠してくれることだろう。
とりあえず、自分の持っている服の中で一番地味で安いものを着ていこう、とルークは決意した。
「ところで、その非公の『店名』はわかっているのか?」
公認の情報屋なら、街に一つしかないので、その街の名前をとって『どこそこ情報屋』と呼べばいい。
しかし、非公の場合はそうもいかない。
そのため、他と区別をつけるために、普通の店と同じく『店名』をつけるのだ。
「あれ? まだ言ってなかったか」
もうすっかり言ったつもりでいた。と、ラディスは頭を掻いた。
それから、秘め事を告げるように声を小さくして囁く。
「その非公の名前は……『喫茶店夕やけ』」
その名の通り、夕やけが出る時間にしか現れない、幻の店だ。
ラディスは静かに微笑んだ。