3 『水の都』
水の都ヴェニカの朝は早い。
まだ太陽も少ししか顔を出していないというのに、メイン水路には、もうたくさんのゴンドラが集まっていた。
ヴェニカ名物、水上の朝市だ。
ゴンドラにはそれぞれ、いろんな商品が並んでいて、目を楽しませてくれる。
採れたての、鱗が輝く銀の魚。
目が冷めるような鮮やかさの、赤や黄色のパプリカ。
それに、細かな刺繍が施された紫の美しい布地。
さまざまな色が混じりあっているのにも関わらず、そこに一つの統一性を感じる。
ヴェニカは、そんな街だった。
賑わう水路を、慣れたオール捌きで抜けていく。
まだ早朝なので、風は冷たく、オールを握る手も、少しかじかんでいた。
万が一にもオールを手放してしまわないように、ぎゅっと手に力を入れ直す。
手袋をすればいいと思うかもしれないが、これからの用事を思うと、そうもできない。
食材は、実際に目で見て、鼻で嗅いで、手で触って確かめくてはいいものを選べない、というのが持論なのだ。
「おはよう、おじちゃん! 今日のおすすめは何?」
「おはよう! 今日は、いい牡蠣が上がってるよ。どうだい、大きさも文句なしだろう?」
行き着けの、魚介を扱うゴンドラの店主に声をかける。
おすすめされた牡蠣を手に取る。
ずっしりと重く、身もぎっしり詰まっていそうだ。
それに、ちゃんと殻も閉まっている。
新鮮な証だ。
今日のランチ定食は、牡蠣のムニエルだな。
そうすぐに決めて、牡蠣を購入する。
それから、いくつかのゴンドラで買い物を済ませると、メイン水路を抜けて、帰路についた。
いつもの定位置にゴンドラを停めると、脇にぶら下がっている鐘を鳴らした。
たくさん買い込んだので、とても一人で運べる量ではなかったのだ。
「おかえり~!」
ばたばたと家から出てきたのは、小柄な少女だ。
明るい赤毛と、新緑のようなグリーンの瞳を持っていて、何よりその笑顔が魅力的だった。
「今日のメインは何?」
アメリアが、荷物をのぞきこみながら言う。
「今日はいい牡蠣が手に入ったから、牡蠣のムニエルはどうかなって思ってるんだけど」
「牡蠣?! やったあ! わたし、牡蠣大好き! 」
賄いには、基本的にランチ定食と同じものが出る。
アメリアは牡蠣と聞いて大喜びすると、さっさと荷物を持っていってしまった。
……それも、荷物全部。
あの小さな体のどこにそんな力があるのか。
つくづく不思議だ、と思っていると、向こうでアメリアに呼ばれた。
どうやら欲張って両手で荷物を持ったので、扉を開けられないらしい。
しっかりとゴンドラが固定されたのを確かめると、小走りでアメリアもとへと向かった。