2 『氷の王子様』
「よーう! 昨日『クロ』の現場に顔出したんだって?」
どかっと遠慮なく隣に座る髭面を見て、相変わらず人の機嫌の悪いときに構ってくる男だ、と氷のような薄いブルーの瞳を歪めた。
「大きな声で騒ぐな」
瞳の色と同じような冷たい言葉を吐き捨てると、「きゃあ~、アイスくんこわ~い!」と気持ちの悪い声をあげたので、思い切りベンチから蹴り落としてやった。
ぎゃあぎゃあ文句を言っていたが、知ったことか。
「っんとに、相変わらず綺麗な顔して、口も足癖もすげえ悪りぃのな。さすが、『氷の王子様』ってか?」
最後の言葉に、先ほどとは比べ物にならないほど冷ややかな目線を送る。
それを受けて、髭面ことラディスは両手を上げて降参の意を示した。ルークは思わず舌打ちをした。
こんなもの、痛くも痒くもないくせに。
「悪かったって! それより、昨日の現場はどうだったよ」
「どうだったもなにも、昨日は本当に"見学"しただけだ」
「ほほ~お? で? 『クロ』の姿は"見学"できたか?」
「まったく。影すら見ていない」
気がついたら、事はすべて終わっていた。
そう言うと、ラディスは愉快そうに笑った。
「だろうなあ~! 『クロ』の姿を見たもんは、ほぼいないしな。目撃されたのは、最初の一回きりだろ?」
そう、今世間を騒がしている怪盗『クロ』は、その殆どが謎の存在だ。
正体はもちろん、目的や、姿形まで、何一つわかっていない。
そのくせ、鼻持ちならない貴族ばかり狙うので、庶民からは英雄のような扱いを受けていた。
そんな『クロ』のことでわかっているのは、ただひとつ。
それは、伝説の『黒髪黒目』だということだ。
それも、他で見たことのないほど、美しい漆黒をしているらしい。
「んで? 決定ですかねえ? アイスブラッド少佐?」
「……そうなるだろうな」
「……まじかあ。相変わらず面倒なことばっかり押し付けられますねえ」
やってられないとばかりに、ラディスは新しい煙草に火をつけた。
「では、ついてくるのをやめるか? ラディス大尉?」
「なあに言ってんだか。今さら誰に鞍替えしろって? あんたのお手付きなんて、誰も相手にしてくれねえよ」
それもそうだな、と意地悪い笑みを引っ込める。
自分の敵の多さは、重々承知しているつもりだ。
若くして出世している自分を、面白く思わないやつは、掃いて捨てるほどいるのだ。
だからこそ、今回のような面倒な役どころが回ってきたのだろう。
心底面倒だ、と思わずため息をついた。
その翌日、正式に人事異動が下された。
それは、
―――――ルーク・アイスブラッド少佐を、怪盗『クロ』対策の担当責任者に任命する。
というものだった。