プロローグ
始まりは、あの部屋から……。
「さあさあ、お話の時間だよ。ミシェル、トイレにはもう行ったかい? ロザンナ、悪いけど毛布を持ってきてくれるかい? そう、その黒いやつだよ。ほらほら、もっと婆やの周りに集まってちょうだい」
窓から虫の音が聞こえてくる薄暗い部屋の中、僕はドキドキしながら婆やが話すのを待っていた。婆やが子供達を集めだすと僕は我先にと列の一番前に座り込み、婆やが話し出すのをいまかいまかと待ち望んでいた。
子供達が集まり終わり、婆やが話しだすのを待っていると、もう、暖炉の薪がはぜる音しか聞こえない程静かになった。時折、誰かの欠伸の音が聞こえてくるけどね。穏やかな暖炉の暖かみが子供達を眠れ眠れとしたたかに誘ってくるなか、僕は瞼に力を入れ、必死に婆やが話すのを待っていた。
暖炉の炎がゆらっと揺れ動く度に、不思議と婆やの表情も変わっていくように思える。安楽椅子に座る婆やは、いつもの優しげな婆やとは、また少し違った風に見えた。
まあ、つまるところ、僕にとってその空間はとても不思議で、魅力的なものだったのだと思う。
「あらポール、あなたはその場所がお気に入りのようね」
「うん! だって、ここが婆やの話が一番よく聞こえる所なんだもの」
「まあ、うれしいわね。語り手としてこれ以上嬉しいことはないわ」
「ねえ、婆や。早くお話してよ!」
「これこれ、あんまり急いじゃいけないよ? 時の妖精さんが休み無く糸を紡いでるっていうのに、これ以上急かしたら体を壊してしまう! ……それでもだいぶいい頃合いのようだね。お月様はご拝聴かい? さあ、お前達、今夜はどんな話が聞きたいんだい?」
『砂の盗賊王!』
『王様と十三人の妖精達!』
『太陽の道しるべ!』
『エリキシール大騒動!』
みんなのリクエストに婆やは少しだけ考え込んだフリをして、そして、不適にニヤッと笑うと、いつものように、こう切り出した。
「昔はねえ、こんなにも不思議な話があったものさ……」