彼の逝く先は何処
老人は死んだはずだった。
確かに己の五感が意志が肉体から乖離する様を、恐怖とその先に安堵を抱いたのを、
つい先程の事だと感じる程に鮮明に思い起こせる為である。
「……ここは、どこだ?」
周囲を見渡すが明かりはない。遥前方に微かに光の点が見える程度だ。
星々の如く瞬くそれは何故かここまで光を届かせない。故に自身の姿を確認する事は出来ない。
不思議な事に視線を変えると同時に立っている向きも変わる。しかしそれを驚くことはない。
何故か、そんなものなんだと思えるのだ。
「取り敢えずどちらに進むかな」
このまま居ても何も変わらない。取り敢えずはこの目に入る光の何れかに進んでみることにしよう。
しかし、自身の近くにあると思える光は激しく明滅を繰り返し位置を変えている。良くは分からないが、そういった所に向かうのは面白くない。
「出来れば一番遠そうな所を目指してみるか」
そう決めると彼は主観的に一番遠いと感じられる光へと向かっていく。
どれほどの時間が過ぎたろうか。
しかし、この空間に時間の概念など持ち込むべくもない。
考えたところで無意味だろう。
目の前には光を放つ穴がある。だが、その光は己を照らすことはない。
恐ろしくはあるが、恐怖していても何も変わらない。
意を決すると彼はその穴へと飛び込んだ。