002
森林の奥深く、今はもう使われていないような廃屋がある。
コンクリート壁の、中がむき出しになっている建物。人の気配は無い。
「ここだ。ここが反逆軍の秘密基地だ」
「ここが……ですか?」
僕が見るに、まったく人が集まる場所は無さそうなのだが。
「ふっふっふ……まあこっちに来てみな」
仙達さんは崩れた暖炉の方へと僕達を案内する。
本当に、もう使い物にならないくらいボロボロの暖炉だ。
「この下に集会所があるんです。秘密の扉みたいにはなってませんが……」
「あっ!落葉さんそれ俺が言おうと思ってたのに!」
「わわっ!ご、ごめんなさい!……」
落葉さんは頭を何度も下げて、仙達さんに謝る。
この二人、仲が良いな。
「まあいいや。とりあえず、この地下に集まっているんだ。足場が悪いから気をつけてね」
「あ、はい……」
僕と貴船と糸島は、仙達さんと落葉さんにならって暖炉についているはしごを下っていく。
視界が真っ暗になるが、それはすぐに明るくなる。
「さあようこそ!ここが反逆軍……またの名をプロドシアの秘密基地だ。皆さんを歓迎しよう!」
地下には広い空間が広がっており、冷蔵庫などの家電の他にもパソコンなどのハイテク機器も揃っている。
ここが……エフティシアに反逆する団体の本部。予想以上に充実している場所だった。
「どうだい?気に入ってくれたかい?」
仙達さんは自慢げにしながら、僕に伺う。
「気に入ったも何も……よくこんな設備が出来たな」
「まあな。実はこの島には廃棄処理場もあるんだ。そこから使えそうな物を持ってきて何とかな」
「あの……電気はどうやって繋いだんですか?」
貴船は設備を見回しながら、真剣な表情して尋ねる。
確かにそれは気になるな。こんな森林の奥深くに電気が通っているとは思えないし、第一この島の電気はエフティシアの刑務官が統括しているはずだ。
それなのに、どこから引っ張ってきているんだ?
「電気か……良い所に目を付けたな。実はこの電気、エフティシア本部から直接引っ張ってきているんだ」
「本部からですか?でもどうやって?」
「メンバーの中に電気工事士の奴がいてな……本部の主力発電をちょっと改造させて貰ったのよ。直接電力を奪っているから相手にもばれない。まっ、うまくいったって感じだな」
「なるほど……」
納得したのか、貴船は縦に首を振り、そのまま施設の中を歩き回る。
「……この場所、本当に奴らにばれていないの?」
糸島は未だに警戒しているのか、表情には緊張の色が出ている。
ホント、気持ちが表情に表れやすい奴だ。ポーカーなんかしたら圧勝できそうだ。
「もちろんばれてなどいないよ。それに、ばれていたら今頃刑務官が突入して、俺達は反逆罪であの世逝きさ。まあ命拾いしたとしても最悪のエンドロールには違いないな!」
仙達さんは豪快に笑ってみせる。
「……ふん、ならいいんだけど」
すると、糸島の顔色から緊張の色が無くなっていく。
口では厳しく言っているが、本当は安心しているのだろう。コイツの口先と心情は反比例しているからな。
本当は素直な奴なのだが……いやそうでもないか。
「えっと……じゃあメンバー紹介といこうか。落葉さん、みんなを呼んできてくれないかな?」
「わ、分かりました」
仙達さんに指示され、落葉さんは小走りで他の部屋へと向かう。
この部屋以外にも、まだ部屋があるのか。かなり広いな……この地下空間。
「実は反逆軍と言っても、まだ俺と落葉さんを含めて四人しかいないんだ。地道に勧誘はしてるつもりなんだけど、ここの収容者は刑務官を何より恐れているからね。仕方の無い事なんだけど……」
仙達さんは溜息を吐き、肩を落とす。どうやら本当に、状況は芳しくないようだ。
やはり、この島は収容者が完全に刑務官に平伏している形になっているのか。これでは刑務所ではなく、奴隷国家だな。
中世でもないのにな。
「仙達さん!池端さん呼んできました!」
すると、落葉さんは他の部屋から一人の女性を連れてくる。
背の高い、金髪の長髪の女性だった。
「おっ新人かい?こりゃ珍しい」
女性は僕と貴船と糸島を順番に眺め、小さく頷く。
「えっと……彼女は池端昴さん。さっき言ってた電気工事士は彼女さ。結構男勝りで……俺も少し困るくらい元気な人なんだ」
「何だよ仙達、まるでわたしが男みたいじゃないか!レディに失礼だぞ?」
「だったらレディらしい行動をしてみてくれよ……」
「何だと!!おっと……今は喧嘩している時じゃないね。えっと、改めて初めまして!池端昴って言うんだけど、とりあえずよろしく!」
「あっ……えっと!僕は喜多川ですよろしくお願いします!」
「貴船です」
「い……糸島……彩です」
貴船は平然としているが、僕と糸島は動揺してしまう。
容姿といい、性格といい、迫力のある人だ。ワイルドと表現すればいいだろうか。
「ああ……ほらっ!仙達のせいで恐がられちまったじゃないか!」
「いや……俺のせいじゃ……元々恐いし」
「仙達……あとから表に来な」
「ひえええ……それだけは勘弁を……」
仙達さんは顔を真っ青にして言う。
どうやら、池端さんの事が本当に恐ろしいのだろう。僕も怒らせないように気をつけないとな。
「ふう……さてあと一人いるんだが……あれ?落葉さん、彼は?」
「あっ……えっと……探してみたんですけど部屋にはいなくて……もしかしたら外出してるのかも……」
「そうかい……ううん……外出するならメモの一つは残してくれると嬉しいんだけどね……」
仙達さんは肩を落として、溜息を吐く。
だが、その直後、暖炉の方から誰かが降りてくる音がした。
「おお!ベストタイミングで戻って来たようだね」
仙達さんの表情が綻ぶ。
暖炉からの音は少しずつ接近し、やがてその姿を現す。
「偵察の方完了しました……おや?賑やかだと思ったら、その方々は?」
「ああ、新人だよ。さっきスカウトしてきたんだ」
「そうなのですか……それにしても、一人懐かしい顔の人物がいますね。確か、喜多川君でしたっけ?」
「……ああ、僕も懐かしいよ。まさかここでアンタと会うなんて思いもしなかったもんな」
「僕も同じ意見です。まさか君が監獄に投獄されるなんて予想もしてませんでしたよ」
安田講堂事件。僕の最初に受け持った仕事だ。
その時に僕は彼と対峙し、そして何とか捕まえる事が出来た。僕を死の間際まで追い詰めた男……忘れたくても、忘れるはずがない。
「あれ?二人は知り合いなのかい?まあいいや、じゃあ改めて紹介を頼むよ」
「分かりました」
戦争社会を求めた、新左翼主義の時空犯罪者。
「名前は坂田元和。以後お見知りおきを」