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2019年学校民営化

作者: 落平生昌也

 ーニュース速報ー

 『学校民営化法案が、参議院で可決・成立』

 2019年5月26日、会期末を間近に控えた終盤の国会で「学校民営化法案」が成立、日本中に衝撃が走った。

 2007年、当時の安倍晋三首相が掲げた「教育改革」は、教育再生会議を始めとする官邸側の思惑とは全く違った方向へと進んだ。

 「脱・ゆとり路線」の名の元に、授業時間の大幅な増加と週5日制の見直しが行われたが、学力の低下そのものは収まらず、逆に「授業について行ける子供」と「ついていけない子供」を生み出す結果となった。

 

 また、「偏差値教育」の反動から「ゆとり教育」へと舵を切り、再び「学力向上路線」へと踏み切ったことの弊害は、子供にのみ生じた訳ではなかった。

 教師の側も、一度慣れてしまった「ゆとり路線」からの転換にとまどい、適応出来ない者が多く生まれた。

 その結果、「不適格教員」の烙印を押される教員は増え、また、「うつ」などの心の病から休職する教員が増えると共に、「学校の先生は激務の割には見返りが少ない」という、若者世代の認識の変化も相まって、教員志願者数は次第に減っていった。


 

 学校の設立と運営を完全に自由化する、この「学校民営化法案」について、当初、教育関係者は口々に異論を唱えた。


 「教える内容さえも自由にすることは、教育の質を一定に保つという点からも望ましくない」

 「人口の少ない地域では、学校そのものが存続し得ない」

 「今現在の教員の地位(=公務員)はどうするのか?」 

 「高い授業料を払える家庭とそうでない家庭では、受ける教育のレベルに差が付き過ぎる」

 

 文部科学省との和解路線へと転換した日教組もこの法案には反対し、その文部科学省にしても、自らの権益を失うことへの恐れから露骨に抵抗姿勢を見せ始めた・・・

 

                         [第1話・完]

(C) Copyright 2007 kazumi-nowa


 「今日午後5時35分頃、東京丸の内の文部科学省・庁舎前で、34歳の母親が小学5年生の女児と共に、焼身自殺を図りました。女児は死亡、母親は意識不明の重体とのことです」

 学校民営化法案が成立する1年前の2018年3月21日。この日の夕方から深夜にかけては、この「文科省前・母子焼身自殺未遂」事件の報道一色となった。


 その後の警察の調査によると、この34歳の母親の娘は、3年生の頃より教室内で陰湿ないじめを受けており、そのため5年生の6月から不登校になっていた。

 母親は再三にわたって娘の通う学校に対応を求めたが、担任を始め、学校側は「いじめ行為は確認出来なかった」との回答を文書で通知するだけという状況が何カ月も続いた。

 その後、教育委員会へ対応を求めるも、「教育委員会では個別の学校で起きたいじめについては、対応することは出来ない」という回答が文書で届くなど、事態は一向に進展しなかった。


 この間も母親は娘を何とか学校に行けるようにと励まし続け、娘も孤立無援の教室で、ひどくなるいじめに耐えながらも登校を続けた。

 やがて、陰湿ないじめに耐えられなくなった娘は不登校となり、母親は娘が不登校となったことを非難する身内や周囲との摩擦から、次第に体調を崩し入退院を繰り返すようになった。


 事の残酷さが明らかになるにつれて、テレビや新聞など報道機関の論調は、一斉に学校そして教育委員会の対応を非難するものとなった。

 国会においても野党議員が、この問題に対する学校と教育委員会の対応、そして文部科学省の考え方を問い正したが、大臣は官僚の書いた「この件に関していじめの事実は見当たらず、当該事件に対する学校及び教育委員会の対応は、適切なものだったと認識している」との答弁を繰り返すだけという状態が続いた・・・・


                        [第2話・完]

(C) Copyright 2007 kazumi-nowa


 『ゼロトレランス方式の権限乱用による体罰で、高2女子が意識不明の重体』

 ゼロトレランス(寛容さなしの指導)方式を導入していた東京都内の公立高校で、肩まで伸びていた髪を束ねなかったことが、「校内規律を乱す」として体罰を受けていたことが明らかになった。

 「長い髪を束ねないとは、どういうつもりなんだ?」と詰め寄った直後に、女子生徒の髪の毛を掴んで振り回し、廊下の壁に叩きつけた格好となった。

 体罰を行ったのは、女子学生の担任である43歳の男性教諭。教諭は柔道部の顧問を務めており、体格はかなり大きい。

 この女子生徒は、普段からおとなしくて教師の話もよく聞き、規律を乱すような行動をとる生徒ではないという。

 男性教諭は、「うちの学校にある『みだしなみの規律を乱した生徒を発見した場合は、その状態を厳密にチェックした上で、必要な是正措置を取ることが出来る』という、ゼロトレランスの取り決めに則って行ったものであり、不当な体罰ではない」と話している。


 この高校では、5年前から「ゼロトレランス方式」を導入している。

 東京都内では、有名中学から有名高校を経て、東大などの難関大へ進学する流れが定着しており、生徒数の減少によって廃校の危機にさらされた学校側が、父母にアピールする材料として導入したものであった。

 また、この高校では、有名私立高校への進学に失敗した生徒が滑り止めとして受けていたこともあり、規律や生徒の学習意欲の点で問題を抱えていた。


 今回の件について、当初、学校側は穏便に事を収めようとし、父母に対して口外しないよう圧力をかけた。

 「この件について外部に知られたら、娘さんの大学進学は極めて難しくなるでしょう。当校のような規律のきちんとした高校で、違反行為を重ねたとわかれば、大学進学はおろか高校在学についても危うくなります」

 校長は女子生徒の父母を学校に呼び、校長室の中でこう言った。

 男性教諭もその場に同席していたが、父母が謝罪を求めたことに対しては、一貫して「これは学校のゼロトレランス方式に則ったものであり正当な指導だ」と繰り返すばかりであった。

 このような対応を指導していたのが教育委員会であったことが明らかになると、父母は警察への被害届を出す手段を取った。

 それを週刊誌などのマスコミが嗅ぎつけたことで、全国的な関心を集めるニュースとなった訳だが、その後も一貫して学校側は責任を認めなかった。


 校内暴力のような形での規律の乱れを正す最終手段として注目された、この「ゼロトレランス方式」であるが、文部科学省の2015年の調査によると、小学校では56%の学校が、中学校では67%、そして高校では78%の学校が導入をしている。

 ゼロトレランス方式を導入することで、「規律正しい学校」であることを父母にアピール出来るほか、教師の側も自分で生徒への指導について頭を悩ますことなく、また、指導に行き過ぎがあったとしても、「これは学校と父母の皆さんとの間で交わした取り決めによる指導です」と反論する根拠と出来ることが、導入を一気に加速させた要因となっている。

 今回の事件を受けて、文部科学省は全国でゼロトレランス方式を導入している小学校から高校の全てに対して、指導の実情を調査した。

 その結果、「生徒指導」の名目で、行き過ぎた指導をしていたケースが次々と明らかになった。


 ●言うことを聞かない児童を、用務員室横の掃除道具を収納する部屋に、真っ暗な状態で半日閉じ込める。

 ●「反省の時間」と称して、漢字の書き取りを休みなく3時間連続、ノート80ページに渡って行わせる。

 ●謹慎として、教師が女子生徒を男子トイレに閉じ込めて、出られないようにする。

 

 このような悪質な行為が次々と明るみに出ると共に、こうした人権侵害とも言える「指導」を表ざたにしないよう、口止めを図る学校が相当数にのぼることも

明らかになった。


 男性教諭に髪の毛を掴まれて、壁に叩きつけられた高2の女子生徒は、後頭部を強く打ったことで、体罰を受けてから1週間が経った今も、意識不明の状態が続いている。 



[第3話・完]

(C) Copyright 2007 kazumi-nowa



 『外資系投資ファンドによる、大手大学受験予備校への敵対的買収が増加』

 このような記事が連日、新聞や雑誌などのメディアで取り上げられるようになった。

 アメリカを始めとする外資系の投資ファンドが、日本の一般的な企業ではなく、大学受験予備校を狙った敵対的買収に走るのはなぜか? 

 

 かつて、小泉純一郎政権の時代に「教育特区」制度が導入され、「株式会社立大学」の設立が可能となった。

 当時は、資格試験予備校などの稚拙な運営方式などのために、こうした株式会社立大学は批判的な目で見られることが多かった。

 しかし、その後、ITインターネット関連の企業が設立した株式会社立大学の成功により、追随して設立する企業が相次いだ。

 

 そのIT会社は、大学運営をメインにしながらも、併設してインターネットの動画配信や遠隔授業を実施する大学受験予備校の運営を始めた。

 また、その下部組織として、中・高校生向けの進学塾、さらには中学受験進学塾を持ち、インターネットによる授業と共に、携帯電話による授業のリアルタイム配信・中継を行ったり、塾から帰宅した後で不明な部分が出た場合に備えて、深夜までメールや電話によるサポートを行うなど、きめの細かい対応をすることで、全国の生徒・保護者からの支持を集めた。

 特に、地方に住む生徒が首都圏の有名中学を受験する場合の地理的ハンディを感じさせない授業・サポートシステムが圧倒的な支持を受ける理由となった。

 

 このような流れと共に、日本は少子化の流れがさらに加速しており、保護者が自分の子供にかける教育費は、増加することがあっても減少することはないというファンド側の読みもあり、大学受験予備校の大手と言われる所は、軒並み買収を仕掛けられる格好となった。

 日本より少し遅れて受験戦争の始まった韓国や、今や完全に自由主義国化した中国でも、投資ファンドは買収を始めている。

 

 民間の教育機関を投資の対象とすることについては、文部科学省や政府部内において、快く思わない者は多数いる。

 特に、短期的な買収〜売却の流れに乗せられることは、長期的な視点からの経営が必要な教育機関にとって決して望ましいものではない、との意見が圧倒的である。

 しかし、こうした状況に対して、大手大学受験予備校の側も、黙って手をこまねいている訳ではなかった。

 投資ファンドに対して執拗なまでの質問状送付を行うことで、買収の意図が短期的利益を狙うものでしかないことをメディア・世論に対し明確化させ、同時に大手の予備校同士や株式会社立大学との間で、相互に株式の持ち合いをするといった所も現れた。


 「ここの予備校は、今年3月の難関大合格実績が落ちている。売りだな・・・」

 「はい。この予備校ではここ数年、特に東大と京大の合格者数が一気に減少しています。今のうちに株式を売却した方が良いと思われます」  



[第4話・完]

(C) Copyright 2007 kazumi-nowa


 『宗教系の私立高校で洗脳教育、駅で他校の生徒を刺す』

 学校帰り、電車待ちの時間に駅のホームで、生徒数人が口論となり、そのうちの一人がナイフで相手の高校の生徒の首を切りつけた。

 刺された生徒はすぐに病院に運ばれたが、出血多量のため集中治療室での処置が続いている。

 宗教系の高校に通う刺した側の生徒が、刺された側の生徒とすれ違った際、「おまえの邪気を浴びた」となどと言いがかりをつけ、しばらく口論となった。その後、カッとなった宗教系高校の生徒が、ポケットに持っていたサバイバル・ナイフでいきなり相手校生徒の首を切りつけた。

 その後の調べで、刺した側の宗教系高校では、オカルト系の洗脳教育を授業時間を利用して行っている実態が明らかになった。 

 この私立高校は、通常の仏教系の高校として設立を許可されている。

 しかし、表向きの運営とは別に教団の信者子息向けの高校として、学習指導要領に定められた内容と共に、教義の浸透を図ろうとするカリキュラムが巧みに行われていた。

 

 「本来、学習の場であるべき学校舎内において、このような洗脳とも言える極端な活動が行われていることは、誠に遺憾であり、この高校を特殊な例として別扱いするのではなく、全ての宗教法人および宗教系高校に対する全国一斉の調査を、ただちに実施するものとします」

 「今回の件につきましては、単に学校内における事件と認識することは、国家の安全上、決して好ましいものではなく、宗教法人および宗教系の学校に対しては、厳しい態度で臨まざるを得ない」 


 文部科学大臣と、国家公安委員会の委員長が相次いでこのような談話を発表したことで、宗教法人および宗教系の学校は一斉に反発の姿勢を見せた。


 本来、自由であるはずの宗教活動を、しかも、極端な教義教団が設立した高校が事件を起こしたという理由で、このように一律に取り締まることについては、一般市民の間からも「行き過ぎ」「国家権力の濫用」と指摘する声が相次いだ。

 それでも、文部科学省と警察は、実態調査と称して学校現場への強引な調査・介入を実施した。


 この事件を境に、教員の間でも「宗教あり」「宗教なし」の色分けをする雰囲気が醸成され、少数派である「宗教あり」教員が重要な立場から外されるなどの被害を被る格好となった。

 また、子供たちの間でも、同様の色分けが行われ、宗教の有無によるいじめが相次いだ。

    

 「お前の家は、宗教団体に入ってるんだってな?」

 「先生、いきなり何ですか?!やめて下さい!」

  

 高校の教師が、自分のクラスの男子生徒を強引に捕まえ、「親が宗教に熱心である」との理由だけで、数人の生徒と共に無理矢理バリカンで頭を刈上げる事件が起きた。


                          [第5話・完]

(C) Copyright 2007 kazumi-nowa












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[良い点] SF小説のようなテンポの良さ、歯切れのよさ。 [気になる点] サバイバルナイフはないでしょ。今どき。 [一言] いじめを受けたら問答無用で転校ができるってご存知ですか?私は中学生の時に自…
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