婚約破棄された28歳年増令嬢、身を引いたのに王子が溺愛して離してくれません
「エリザベート! 待ってくれ!」
王城の廊下を、私は全力で逃げていた。
追いかけてくるのは、元婚約者であるシルバー王太子殿下である。
「嫌です! もう終わったことです」
「終わってない!」
ちなみに私たちは、三日前に婚約解消したばかりだ。
そして婚約破棄宣言してきたのは、他でもない殿下御本人である。
◇ ◇ ◇
三日前の王家主催の夜会で、殿下は派手に宣言をされた。
「僕はエリザベートとの婚約を破棄する!」
彼の隣には、美しく若い聖女ミリア様が連れ添っていた。
私は突然の彼の行動に硬直しつつも、できるだけ冷静になるように努める。
彼らに向き直ると、静かに問いかけた。
「殿下、理由を伺っても宜しいでしょうか」
シルバー殿下はふふんと息巻きながら声をあげる。
「簡単だ。二十八歳の年増など王妃に相応しくない!」
「まあ」
私は彼の言葉を受けて、自分の口元へ手を添える。
「……分かります。そうですよね」
そう、私は今年で二十八歳。
我が国の社交界では、既に行き遅れと噂される年齢だ。
私は公爵家の一人娘にもかかわらず、何故かうまく縁談がまとまらなかった。
そんな私を憐れんでか、急に王太子殿下との婚約が決まったのが半年前。
しかし王太子殿下は二十二歳と年若く、美貌にも恵まれ、武芸もたつ御方だ。
いくらお国のためとはいえ、私のような行き遅れを宛がわれるのは気の毒でならなかった。
「分かりました。婚約破棄を慎んで受け入れます」
「えっ?」
私が丁寧にお辞儀をしてから答えると、殿下はぽかんとした表情を浮かべた。
――もしかして、私が泣いて抵抗すると思ったのかしら。
しませんとも、そんなこと。
聖女ミリア様は確か十九歳で殿下と年が近く、知性溢れると評判の才女だ。
きっとお似合いの二人になると思う。
若い人は若い人同士で、幸せになってくれればそれで良いのだ。
むしろ、殿下から婚約破棄を言い出してくださって安心した。
私の方からはどうやってもこの婚約を覆すことはできない。
彼が自分で愛する人を見つけてくれて良かった。
彼の邪魔にならずに済んで良かった。
「お気遣いありがとうございます。私は身を引きますので、どうかご安心を――」
「ちがああああうっ!!」
「へっ?」
急に叫んだ殿下に、今度は私がぽかんとした表情を浮かべる番だった。
「あの、シルバー殿下?」
「話が違う! 話が違う!!」
「ええと、何がですか?」
「分かっているのか、エリザベート。婚約破棄だぞ!」
「はい」
「僕と結婚できなくなるんだぞ!」
「そうですね」
「……嫌じゃないの?」
何故か殿下は、傷ついたような表情で私を見つめています。
――これは一体、どういう状況でしょう。
年増令嬢があっさり身を引くと、それはそれで殿下のお立場がないということだろうか。
私は一生懸命に頭を回転させ、気の利いた台詞をひねり出す。
「嫌も何も……私は殿下のご意思を尊重しますよ。殿下を想っていればこそです」
あら、我ながら、なかなか良い感じの口上ではないかしら!
自己満足して私が微笑むと、殿下はついに泣きそうな顔になってしまった。
(ええっ、何故!?)
私が困惑して立ち尽くしていると、今まで沈黙を貫いていた聖女ミリア様が大きく溜息を吐く。
「だから言ったじゃないですか。絶対に上手くいかないと」
「だって! 流行の小説にはこういう話が多いだろう!?」
「物語を真に受けないでください。……もう解散して良いですか?」
「待ってくれ! 何か良い手はないか? 起死回生の――」
「手遅れですね。恋の見込み、息してません」
「聖女がなんてこと言うんだよおおおっ!」
二人が早口で、何かを言い合っている。
半分くらいしか内容は聞こえてこないが、とにかく仲が良さそうで何よりだ。
「ええと、あの。では、あとは若いお二人で……」
私はそっとそう告げると、夜会の会場を後にした。
「待って、待ってくれ! エリザベートーッ!!!!」
背後でシルバー殿下の絶叫が響いた気がしたが、気のせいだと思うことにした。
◇ ◇ ◇
夜会を抜け出してから数時間後、私は屋敷の自室で一息ついていた。
「これからのことを、考えなくてはいけないわね」
殿下との婚約がなくなったこと自体は納得している。
しかし、現実問題として、私は既に結婚適齢期の過ぎた女だ。
早く家の為にも、結婚相手を見つけなければ。
思案に耽っていると、部屋の扉がノックされる。
いつも身の回りの世話をしてくれる使用人であるルーナの声が響いた。
「お嬢様、お客様でございます」
「まあ、こんな時間に?」
「はい。何でも急ぎの用事とかで」
「あらあら。では、すぐに支度をして――」
「いえ、必要ありません。もうここにいらしています」
「ここ……って、ここ!? 部屋の前にいらっしゃるということ?」
「そうです。お通しして良いですか?」
「いえその、いくらなんでも突然で」
「お通しします」
「ルーナ!?」
いつものルーナらしからぬ強引な対応に私は慌てる。
しかし止める間もなく、私の部屋の扉はガチャリと開かれた。
「エリザベート! 結婚しよう!!」
そこには、大きな薔薇の花束を持ったシルバー殿下がいた。
私は眩暈がした。
これは夢かしら。幻覚かしら。
それともいっそ、走馬灯の類かしら。
――バタン!!
私は考えるのも面倒になって、そのまま扉を閉めた。
本来、王太子殿下に対してあるまじき不敬な態度だとは思う。
けれど、何だかもう色んな事が起こり過ぎて、頭が限界だった。
「待て、何故だ。何故閉める、エリザベート!!」
扉の向こうで、泣きわめく王太子殿下の声がする。
「何故って、意味が分からないからです。どういうことですか!?」
「そのままの意味だ。婚約は破棄してしまった。だから、結婚しよう!!」
「説明になっていませんわ! そもそも、ミリア様はどうするのです!」
「私のことでしたら、どうかお気になさらず、エリザベート様」
扉越しに声をあげる私に反応して、ミリア様の声が聞こえた。
えっ、ミリア様もそこにいらっしゃるの!?
「いえいえ、気にします。とても気にしますよ!」
シルバー殿下だけならこのまま扉越しの対応で良いかなと思っていた。
だが、流石にミリア様にまでこの態度を続けるのは気が引ける。
私はおそるおそる扉を開けた。
「良かった、結婚してくれるのか。エリザベート!」
「殿下、少しお黙りになってください」
「はぁい……」
殿下を大人しくさせてから、私はミリア様へ向き直る。
「あの、すみません。これは一体、どういうことでしょう」
「困惑させてしまい申し訳ございません、エリザベート様。全て私が説明いたしますわ」
深く溜息を吐き出してから、ミリア様は話し始めた。
「簡単に言いますと、シルバー殿下はエリザベート様に構って欲しかったのです。だから本気ではない婚約破棄宣言をして、貴女の愛を確かめたかったのです」
「え、ええっ!? でも、まさか王家の夜会で、そんな暴挙を――」
「陛下と王妃殿下も納得されていたそうです。殿下の恋を応援したいとかで」
「はあ……」
「ちなみに、エリザベート様の御両親の公爵ご夫妻も、ご納得済みです」
「お父様とお母様もですか!?」
――私は何より、この国の将来が心配になった。
皆さん、そんなよく分からないことに熱心になって大丈夫ですか?
「私はあまり乗り気ではなかったのですが……」
ミリア様が、愁いを帯びた表情で続ける。
「協力すれば、騎士団長とデートして貰えると確約されて、靡きました」
私は確信した。この国はもう駄目だ。
遠い目をしている私の顔先に、巨大な薔薇の花束が突き付けられる。
視線を戻せば、シルバー殿下が自信に満ちた表情を浮かべている。
「要するに、みんな、君と僕との結婚を応援してくれているのだ」
今の話の流れで、どうして行けると思ったのだろう。
ともあれ彼は真っ直ぐに私を見つめて、跪いた。
「結婚しよう、エリザベート!」
「お断りします」
私が食い気味に断ると、王子がまたしょんぼりとした顔を浮かべる。
――正直、この悲しげな顔に私は少しだけ弱い。
だが、絆されてはいけない。
こんな意味の分からない流れで、婚約破棄から即結婚なんて、国の恥だ。
「……年増は大人しく、同年代の結婚相手を探しますので」
「そんなぁ!? 年齢を気にしているのか?」
「それはまあ、多少なりとも」
「やっぱり年増発言はないですよね。いくら好きの裏返しだからって、無し寄りの無しです」
「うぐうっ!」
ミリア様の的確な言葉に殿下がショックを受けている隙に、私は今度こそ扉を閉めた。
「とにかく、お帰り下さいませ。私は殿下とは、もう結婚する気はございませんので」
「まて、まってくれ、エリザベートッ!!」
「だから、今日行っても無駄だと言ったでしょう。ほら、帰りますよ。お騒がせしました」
扉の向こう側では殿下が絶叫しながら、ミリア様に引きずられていく音が響いていた。
「くっ、まだだ、僕は絶対に諦めないぞ!!」
少しずつ、殿下の声が遠くなっていく。
「これで終わると思うなよ、エリザベートォォ!!!!」
悪役の捨て台詞のような叫びを残して、彼は帰っていった。
◇ ◇ ◇
――そして、今である。
私はあの日からずっと、殿下に追いかけられ続けている。
今日は王命で城に呼び出されたかと思ったら、煌びやかなウェディングドレスを披露された。
反射的にその場から駆け出して、そのまま殿下に追われている。
「封鎖だ! 城門を封鎖せよ! エリザベートを逃がすな!!」
「私は重罪人か何かですか!?」
「そうとも。僕の心を射止めた、君は罪深き――」
「今はそう言う話をしているのではありませんっ!」
何より解せないのは、王城の人間も、みんな殿下の味方をしていることだ。
「エリザベート様を追いかけることに熱心で、殿下は政務を放り出しているのです」
「仕事が溜まっています」
「だから、もう早く捕まってください」
――どういうことでしょう!?
いくらなんでも、私の人権というものを無視し過ぎではないかしら!
「そもそも、殿下は私の何が良いのです?」
「えっ?」
「私は家柄以外に大きな取り柄もない、平凡な行き遅れ女ですよ」
「と、とんでもない――!!」
遂に私に追いついた殿下が、私の腕を掴んだ。
ぐいっと強引に引き寄せられて、彼の方へ顔が向く。
「エリザベートは素晴らしい女性だ!」
真っ直ぐな瞳でそう言われてしまえば、少しだけドキリとした。
私は彼の視線から逃れるように、顔を伏せる。
「でも、……年増ですよ」
「ううっ、やはり気にしていたのか」
「それはまあ、事実ではありますが、……はい」
「すまない。本当に、すまない。だって他に、君を悪く言う言葉が思いつかなくて」
「まず、悪く言う必要がないですよね」
「だって作戦が。婚約破棄の振りには理由が必要だろう。だから、一生懸命考えたのに!」
私はそこまで聞いて、呆れたように溜息を吐いた。
「そもそも、どうして婚約破棄の振りなんて考えたんです」
「不安だったんだ! エリザベートは、僕を男として見ていないだろう!?」
「へっ」
「ずっと僕は子ども扱いじゃないか」
「……」
私は軽く頭が痛くなった。
それは、こんな珍妙な騒動を考えるお人のことを、一人の男として見る方が難しいというものだ。
「僕はずっと、ずっとエリザベートが好きなのに」
「……はい。……はい!?」
予想外に落とされた殿下からの発言に、私の声がひっくりかえる。
「なんですって?」
「十二歳の時に君に出会ってから、君だけが好きだった」
「十年前――殿下の社交界デビューのときですか?」
「そう。緊張している僕を、優しく見守ってくれる美しい君に恋をしたんだ」
「……殿下」
「それからは君の婚約話を、片っ端から駄目にして回ったりもした」
「……殿下?」
「だって、他にとられたくなかったんだ。その分、僕は君に相応しい男になれるように努力した!」
シルバー殿下は必死に言葉を紡いでいる。
恋愛方面ではからきしぽんこつな殿下ではあるが、勉学でも武術面でも頗る評判は良い。
努力をしたという彼の言葉は、頷けるところではある。
「では、普通にもっと前に、私と婚約すれば良かったではないですか」
「だってどうせ、エリザベートは年齢を理由に断るだろう!」
「それは確かに」
私が年の離れた王太子殿下との婚約を受け入れたのは、もはやこんな行き遅れに声をかけるなど――何かのっぴきならない事情があるのだろうと察してのことだった。
もっと前の段階でお声がけがあっても、何らかの理由を付けてお断りしていただろう。
「僕はエリザベートのことを、よく分かっているだろう!」
ふふん、と誇らしげに殿下は胸を張る。
「婚約破棄を予想外に了承された方が、それを言いますか?」
「うう、それは……」
痛い所を突かれた殿下は、落ち込むように肩をしょんぼりと落とした。
――そんな彼の姿を見ていると、何だか色々と悩んでいたのも、馬鹿らしくなってきた。
「いいですよ」
「そうか、そうだよな。……えっ、なにが?」
「結婚、いいですよ、しても」
「ええっ!? 本当か!!」
殿下は私の言葉を理解すると同時に、私をぎゅっと抱きしめた。
突然のその動きに驚いて、私は彼の胸に身体を預ける格好になる。
「……はい。考えてみれば、他に結婚する宛もないですし」
「やった!」
「少し極端ですが、殿下ほど愛してくださる方は、今後現れなさそうですし」
「勿論だ。現れても全部消す!」
「物騒なことは止めてくださいっ」
「ああ、ああ、ありがとう。ありがとう、エリザベート! 僕の可愛い妻!!」
「ふふふっ。……困った人」
こうして私は、婚約破棄から三日後には結婚することになった。
相手は、どちらも同じ王太子殿下である。
彼は今後、壮絶な愛妻家として名を馳せることになるのだが、それはまた別のお話。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
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