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婚約破棄された28歳年増令嬢、身を引いたのに王子が溺愛して離してくれません

作者: 霧原いと
掲載日:2026/03/24



「エリザベート! 待ってくれ!」



 王城の廊下を、私は全力で逃げていた。

 追いかけてくるのは、元婚約者であるシルバー王太子殿下である。


「嫌です! もう終わったことです」


「終わってない!」


 ちなみに私たちは、三日前に婚約解消したばかりだ。

 そして婚約破棄宣言してきたのは、他でもない殿下御本人である。



◇ ◇ ◇



 三日前の王家主催の夜会で、殿下は派手に宣言をされた。



「僕はエリザベートとの婚約を破棄する!」



 彼の隣には、美しく若い聖女ミリア様が連れ添っていた。


 私は突然の彼の行動に硬直しつつも、できるだけ冷静になるように努める。

 彼らに向き直ると、静かに問いかけた。


「殿下、理由を伺っても宜しいでしょうか」


 シルバー殿下はふふんと息巻きながら声をあげる。


「簡単だ。二十八歳の年増など王妃に相応しくない!」


「まあ」


 私は彼の言葉を受けて、自分の口元へ手を添える。

 

「……分かります。そうですよね」


 そう、私は今年で二十八歳。

 我が国の社交界では、既に行き遅れと噂される年齢だ。


 私は公爵家の一人娘にもかかわらず、何故かうまく縁談がまとまらなかった。

 そんな私を憐れんでか、急に王太子殿下との婚約が決まったのが半年前。


 しかし王太子殿下は二十二歳と年若く、美貌にも恵まれ、武芸もたつ御方だ。

 いくらお国のためとはいえ、私のような行き遅れを宛がわれるのは気の毒でならなかった。


「分かりました。婚約破棄を慎んで受け入れます」


「えっ?」


 私が丁寧にお辞儀をしてから答えると、殿下はぽかんとした表情を浮かべた。


 ――もしかして、私が泣いて抵抗すると思ったのかしら。


 しませんとも、そんなこと。

 聖女ミリア様は確か十九歳で殿下と年が近く、知性溢れると評判の才女だ。


 きっとお似合いの二人になると思う。

 若い人は若い人同士で、幸せになってくれればそれで良いのだ。


 むしろ、殿下から婚約破棄を言い出してくださって安心した。

 私の方からはどうやってもこの婚約を覆すことはできない。


 彼が自分で愛する人を見つけてくれて良かった。

 彼の邪魔にならずに済んで良かった。


「お気遣いありがとうございます。私は身を引きますので、どうかご安心を――」



「ちがああああうっ!!」



「へっ?」


 急に叫んだ殿下に、今度は私がぽかんとした表情を浮かべる番だった。


「あの、シルバー殿下?」


「話が違う! 話が違う!!」


「ええと、何がですか?」


「分かっているのか、エリザベート。婚約破棄だぞ!」


「はい」


「僕と結婚できなくなるんだぞ!」


「そうですね」


「……嫌じゃないの?」


 何故か殿下は、傷ついたような表情で私を見つめています。


 ――これは一体、どういう状況でしょう。


 年増令嬢があっさり身を引くと、それはそれで殿下のお立場がないということだろうか。

 私は一生懸命に頭を回転させ、気の利いた台詞をひねり出す。


「嫌も何も……私は殿下のご意思を尊重しますよ。殿下を想っていればこそです」


 あら、我ながら、なかなか良い感じの口上ではないかしら!

 自己満足して私が微笑むと、殿下はついに泣きそうな顔になってしまった。



(ええっ、何故!?)



 私が困惑して立ち尽くしていると、今まで沈黙を貫いていた聖女ミリア様が大きく溜息を吐く。


「だから言ったじゃないですか。絶対に上手くいかないと」


「だって! 流行の小説にはこういう話が多いだろう!?」


「物語を真に受けないでください。……もう解散して良いですか?」


「待ってくれ! 何か良い手はないか? 起死回生の――」


「手遅れですね。恋の見込み、息してません」


「聖女がなんてこと言うんだよおおおっ!」


 二人が早口で、何かを言い合っている。

 半分くらいしか内容は聞こえてこないが、とにかく仲が良さそうで何よりだ。



「ええと、あの。では、あとは若いお二人で……」



 私はそっとそう告げると、夜会の会場を後にした。



「待って、待ってくれ! エリザベートーッ!!!!」



 背後でシルバー殿下の絶叫が響いた気がしたが、気のせいだと思うことにした。


◇ ◇ ◇


 夜会を抜け出してから数時間後、私は屋敷の自室で一息ついていた。


「これからのことを、考えなくてはいけないわね」


 殿下との婚約がなくなったこと自体は納得している。

 しかし、現実問題として、私は既に結婚適齢期の過ぎた女だ。


 早く家の為にも、結婚相手を見つけなければ。


 思案に耽っていると、部屋の扉がノックされる。

 いつも身の回りの世話をしてくれる使用人であるルーナの声が響いた。


「お嬢様、お客様でございます」


「まあ、こんな時間に?」


「はい。何でも急ぎの用事とかで」


「あらあら。では、すぐに支度をして――」


「いえ、必要ありません。もうここにいらしています」


「ここ……って、ここ!? 部屋の前にいらっしゃるということ?」


「そうです。お通しして良いですか?」


「いえその、いくらなんでも突然で」


「お通しします」


「ルーナ!?」


 いつものルーナらしからぬ強引な対応に私は慌てる。

 しかし止める間もなく、私の部屋の扉はガチャリと開かれた。



「エリザベート! 結婚しよう!!」



 そこには、大きな薔薇の花束を持ったシルバー殿下がいた。


 私は眩暈がした。


 これは夢かしら。幻覚かしら。

 それともいっそ、走馬灯の類かしら。



 ――バタン!!



 私は考えるのも面倒になって、そのまま扉を閉めた。

 本来、王太子殿下に対してあるまじき不敬な態度だとは思う。


 けれど、何だかもう色んな事が起こり過ぎて、頭が限界だった。


「待て、何故だ。何故閉める、エリザベート!!」


 扉の向こうで、泣きわめく王太子殿下の声がする。


「何故って、意味が分からないからです。どういうことですか!?」


「そのままの意味だ。婚約は破棄してしまった。だから、結婚しよう!!」


「説明になっていませんわ! そもそも、ミリア様はどうするのです!」


「私のことでしたら、どうかお気になさらず、エリザベート様」


 扉越しに声をあげる私に反応して、ミリア様の声が聞こえた。

 えっ、ミリア様もそこにいらっしゃるの!?


「いえいえ、気にします。とても気にしますよ!」


 シルバー殿下だけならこのまま扉越しの対応で良いかなと思っていた。

 だが、流石にミリア様にまでこの態度を続けるのは気が引ける。


 私はおそるおそる扉を開けた。


「良かった、結婚してくれるのか。エリザベート!」


「殿下、少しお黙りになってください」


「はぁい……」


 殿下を大人しくさせてから、私はミリア様へ向き直る。


「あの、すみません。これは一体、どういうことでしょう」


「困惑させてしまい申し訳ございません、エリザベート様。全て私が説明いたしますわ」


 深く溜息を吐き出してから、ミリア様は話し始めた。


「簡単に言いますと、シルバー殿下はエリザベート様に構って欲しかったのです。だから本気ではない婚約破棄宣言をして、貴女の愛を確かめたかったのです」


「え、ええっ!? でも、まさか王家の夜会で、そんな暴挙を――」


「陛下と王妃殿下も納得されていたそうです。殿下の恋を応援したいとかで」


「はあ……」


「ちなみに、エリザベート様の御両親の公爵ご夫妻も、ご納得済みです」


「お父様とお母様もですか!?」


 ――私は何より、この国の将来が心配になった。

 皆さん、そんなよく分からないことに熱心になって大丈夫ですか?


「私はあまり乗り気ではなかったのですが……」


 ミリア様が、愁いを帯びた表情で続ける。


「協力すれば、騎士団長とデートして貰えると確約されて、靡きました」


 私は確信した。この国はもう駄目だ。


 遠い目をしている私の顔先に、巨大な薔薇の花束が突き付けられる。

 視線を戻せば、シルバー殿下が自信に満ちた表情を浮かべている。


「要するに、みんな、君と僕との結婚を応援してくれているのだ」


 今の話の流れで、どうして行けると思ったのだろう。

 ともあれ彼は真っ直ぐに私を見つめて、跪いた。



「結婚しよう、エリザベート!」


「お断りします」



 私が食い気味に断ると、王子がまたしょんぼりとした顔を浮かべる。


 ――正直、この悲しげな顔に私は少しだけ弱い。

 だが、絆されてはいけない。

 こんな意味の分からない流れで、婚約破棄から即結婚なんて、国の恥だ。


「……年増は大人しく、同年代の結婚相手を探しますので」


「そんなぁ!? 年齢を気にしているのか?」


「それはまあ、多少なりとも」


「やっぱり年増発言はないですよね。いくら好きの裏返しだからって、無し寄りの無しです」


「うぐうっ!」


 ミリア様の的確な言葉に殿下がショックを受けている隙に、私は今度こそ扉を閉めた。


「とにかく、お帰り下さいませ。私は殿下とは、もう結婚する気はございませんので」


「まて、まってくれ、エリザベートッ!!」


「だから、今日行っても無駄だと言ったでしょう。ほら、帰りますよ。お騒がせしました」


 扉の向こう側では殿下が絶叫しながら、ミリア様に引きずられていく音が響いていた。


「くっ、まだだ、僕は絶対に諦めないぞ!!」


 少しずつ、殿下の声が遠くなっていく。 



「これで終わると思うなよ、エリザベートォォ!!!!」



 悪役の捨て台詞のような叫びを残して、彼は帰っていった。


◇ ◇ ◇



 ――そして、今である。


 

 私はあの日からずっと、殿下に追いかけられ続けている。

 今日は王命で城に呼び出されたかと思ったら、煌びやかなウェディングドレスを披露された。


 反射的にその場から駆け出して、そのまま殿下に追われている。


「封鎖だ! 城門を封鎖せよ! エリザベートを逃がすな!!」


「私は重罪人か何かですか!?」


「そうとも。僕の心を射止めた、君は罪深き――」


「今はそう言う話をしているのではありませんっ!」


 何より解せないのは、王城の人間も、みんな殿下の味方をしていることだ。


「エリザベート様を追いかけることに熱心で、殿下は政務を放り出しているのです」

「仕事が溜まっています」

「だから、もう早く捕まってください」


 ――どういうことでしょう!?

 いくらなんでも、私の人権というものを無視し過ぎではないかしら!


「そもそも、殿下は私の何が良いのです?」


「えっ?」


「私は家柄以外に大きな取り柄もない、平凡な行き遅れ女ですよ」


「と、とんでもない――!!」


 遂に私に追いついた殿下が、私の腕を掴んだ。

 ぐいっと強引に引き寄せられて、彼の方へ顔が向く。


「エリザベートは素晴らしい女性だ!」


 真っ直ぐな瞳でそう言われてしまえば、少しだけドキリとした。

 私は彼の視線から逃れるように、顔を伏せる。


「でも、……年増ですよ」


「ううっ、やはり気にしていたのか」


「それはまあ、事実ではありますが、……はい」


「すまない。本当に、すまない。だって他に、君を悪く言う言葉が思いつかなくて」


「まず、悪く言う必要がないですよね」


「だって作戦が。婚約破棄の振りには理由が必要だろう。だから、一生懸命考えたのに!」


 私はそこまで聞いて、呆れたように溜息を吐いた。


「そもそも、どうして婚約破棄の振りなんて考えたんです」


「不安だったんだ! エリザベートは、僕を男として見ていないだろう!?」


「へっ」


「ずっと僕は子ども扱いじゃないか」


「……」


 私は軽く頭が痛くなった。

 それは、こんな珍妙な騒動を考えるお人のことを、一人の男として見る方が難しいというものだ。


「僕はずっと、ずっとエリザベートが好きなのに」


「……はい。……はい!?」


 予想外に落とされた殿下からの発言に、私の声がひっくりかえる。


「なんですって?」


「十二歳の時に君に出会ってから、君だけが好きだった」


「十年前――殿下の社交界デビューのときですか?」


「そう。緊張している僕を、優しく見守ってくれる美しい君に恋をしたんだ」


「……殿下」


「それからは君の婚約話を、片っ端から駄目にして回ったりもした」


「……殿下?」


「だって、他にとられたくなかったんだ。その分、僕は君に相応しい男になれるように努力した!」


 シルバー殿下は必死に言葉を紡いでいる。

 

 恋愛方面ではからきしぽんこつな殿下ではあるが、勉学でも武術面でも頗る評判は良い。

 努力をしたという彼の言葉は、頷けるところではある。


「では、普通にもっと前に、私と婚約すれば良かったではないですか」


「だってどうせ、エリザベートは年齢を理由に断るだろう!」


「それは確かに」


 私が年の離れた王太子殿下との婚約を受け入れたのは、もはやこんな行き遅れに声をかけるなど――何かのっぴきならない事情があるのだろうと察してのことだった。

 もっと前の段階でお声がけがあっても、何らかの理由を付けてお断りしていただろう。

 

「僕はエリザベートのことを、よく分かっているだろう!」


 ふふん、と誇らしげに殿下は胸を張る。


「婚約破棄を予想外に了承された方が、それを言いますか?」


「うう、それは……」


 痛い所を突かれた殿下は、落ち込むように肩をしょんぼりと落とした。



 ――そんな彼の姿を見ていると、何だか色々と悩んでいたのも、馬鹿らしくなってきた。



「いいですよ」


「そうか、そうだよな。……えっ、なにが?」


「結婚、いいですよ、しても」


「ええっ!? 本当か!!」


 殿下は私の言葉を理解すると同時に、私をぎゅっと抱きしめた。

 突然のその動きに驚いて、私は彼の胸に身体を預ける格好になる。


「……はい。考えてみれば、他に結婚する宛もないですし」


「やった!」


「少し極端ですが、殿下ほど愛してくださる方は、今後現れなさそうですし」


「勿論だ。現れても全部消す!」


「物騒なことは止めてくださいっ」


「ああ、ああ、ありがとう。ありがとう、エリザベート! 僕の可愛い妻!!」


「ふふふっ。……困った人」



 こうして私は、婚約破棄から三日後には結婚することになった。

 相手は、どちらも同じ王太子殿下である。


 彼は今後、壮絶な愛妻家として名を馳せることになるのだが、それはまた別のお話。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

少しでも楽しんで頂けたらとても嬉しいです。


もしよろしければ、作品ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価を入れていただけると励みになります。

ブックマークや感想も大歓迎です。


今後も短編を投稿していく予定なので、宜しくお願いします!

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

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壮絶な愛妻家の物語が見たい(* ॑꒳ ॑* )ゎ‹ゎ‹ でろ甘なやつ♡
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