大叫喚地獄
「2人目の罪人はこのかた政治家のナマズ先生です」
ナマズそっくりな顔をした太った背広姿の老人が片手をあげながら登場する。観覧席から拍手が起きる。御年80歳のナマズは誰に対しても臆せずはっきりとものを言う政治家として国民に人気が高い。どかっと罪人席に腰かけた。
「よろしく頼むよ。えんまちゃん」
「こちらこそよろしくお願いします」
えんまちゃんはナマズの名前をつぶやき閻魔帳をめくった。
司会者は間をつなぐ。
「ナマズ先生。ようやく総理の座も見えてきましたね」
「わしゃ歳をとりすぎたよ。棺桶のほうが近くに見えるわい」
「まだまだお元気じゃないですか。ナマズ総理。はやくみてみたいです」
コツコツとガベルの音が響く。
「判決をくだします」
「お、いよいよだね。おっかないねえ」
ナマズはおどけた表情を見せる。えんまちゃんはあっさり告げる。
「地獄行きです」
「やっぱりのぉ。泣かせた女は数知れず。星の数よ」
スタジオに笑いの波が広がる。笑いがおさまるのを待ってえんまちゃんは吐き捨てる。
「泣かした?殺したの間違いでしょう」
「なに?失礼だねちみぃ。冗談にもほどがあるぞ」
ナマズは眉根を寄せた。えんまちゃんは罪人を冷たい視線で射抜く。
「あなたの行く地獄は8大地獄のひとつ大叫喚地獄よ。殺生・盗み・邪淫・飲酒・嘘(妄語)の五悪(五戒を破る罪)を犯した者が落ちる場所で熱湯や火炎、針で責められ、苦しみから叫び声をあげる地獄。そこで852兆6400億年苦しみなさい」
「バカいうでない!わしは清廉潔白じゃ!」
ナマズは血相を変えて怒鳴る。えんまちゃんは玲瓏な声音で行状を読み上げる。
「最初の殺人は中学生の頃。15才のあなたは近所のアパートに住むOLをレイプして首を絞めて殺害後、財布から二千円盗んで逃げた。さらに2日後、通学路の夜道で待ち伏せした同級生をレイプして殺害、一万円盗んで逃げてる。誤認逮捕された殺人の前科のある男は冤罪を主張するも認められず死刑。あなたは死刑執行を聞いてほくそ笑んだ。3回目の殺人は30才。15年前の快楽殺人が忘れられず我慢できなくなって殺人を犯した。マンションに住むOL女性をナイフで脅しレイプして殺害後、五万円を盗んで逃げる。選挙に出馬していたあなたは選挙用ビラ配りの最中に殺人を犯した。4回目の殺人は50才の時、愛人と喧嘩してカッとなって殺害。秘書と一緒に車で遺体を運び誰も来ない山道で秘書を首吊り自殺に見せかけて殺害。無理心中に見せかけた。秘書に財布から十万円を盗んで車を置いて逃げる。逃走経路は山道を20キロも走ってる。興奮してアドレナリンが出て疲れを感じなかった。秘書と愛人の無理心中は当時話題になったけど、あなた自身に疑いはかからず時間の経過とともに忘れられた。世紀の大悪党ね」
ナマズは電気を発するがごとく体を震わせた。
「証拠もなく殺人犯呼ばわりとは世も末じゃな」
「証拠はあるわ。あなた戦利品のお金を使わずに取ってるじゃない。古びた茶封筒に入れて机の引き出しに入れてる。たまに眺めて思い出してるんでしょ?恍惚の表情を浮かべながら」
ナマズは驚愕する。
「なぜじゃ?なぜそのことを!」
「閻魔帳に書いてあるから」
「指紋も血痕もついてないわい!証拠にならん!」
「そうね。でも、あなたのお母さんはお天道様の下を堂々と歩けるようにいつも正直に生きんしゃいって言ったのに約束を破るの?5歳の時に一緒にあんみつ屋であんみつを食べた時に指切りして約束したんでしょ?」」
75年前の記憶が昨日のことのように鮮やかにナマズの脳裏に蘇る。えんまちゃんの口調が母親そっくりだったことも眠っていた記憶を呼び起こす手助けをした。
当事者以外だれも知らない夏の日の約束だった。
「わしじゃ、すべてわしがやったんじゃ」
ナマズは号泣しながら崩れ落ちた。
「確保!」という声が鳴り響き大勢の警官が乱入してくる。司会者は中継する。
「おおっと番組を見ていた警察が駆けつけたようです。ナマズ議員を取り囲み連行していきました」
ナマズが消えたスタジオはシーンとしていた。観客もショックで放心している。
裏で待機しているプロデューサーは視聴率80%という数字を見てガッツポーズしていた。生放送は危険だと社長に言われたが独断で生放送にした判断は間違っていなかった。
司会者はえんまちゃんに問う。
「ナマズ議員はなぜ快楽殺人者となったのでしょうか?」
「母親が若くして病で亡くなって母性を求めて凶行に走ったみたいです。母親の面影、肌の温もり、柔らかさをずっと追い求めていたのでしょう」
「なるほど。悲劇ですね。もっとはやく良心に目覚めて自白して欲しかったです。さて最後のゲストをお呼びする前にえんまちゃんが閻魔帳を入手した経緯を再現ドラマで放送します。えんまちゃん役はえんまちゃんご本人です。ごゆっくりどうぞ」




