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第九章

 職員室に隣接する、小さな面談室。先日の事故を受け、臨時でスクールカウンセラーが招かれ、普段はここで生徒のメンタルケアを行っているという。俺が訪れるのはこれが初めてだが、こじんまりとしていて、どこか落ち着く感じの空間だ。

「やっぱりちょっと寒いか。窓閉めとこう」

 部屋の中央に設置された四角いテーブルを挟み、パイプ椅子が四つ。奥にノエルが、その隣に逢恋が座った。向こう側の一つをこちらに寄せ、そこに俺は腰掛ける。

「……あいるん、大丈夫……?」

 校舎に足を踏み入れてからずっと、逢恋は表情を強張らせている。

「どうせ見えてないんだから、外で待ってたっていいんだぞ」

「……ん、ありがと。でも大丈夫」

 俺の言葉に、彼女は僅かに笑顔を浮かべた。

「よっと……。さて、なにか僕に聞きたいことがあるんだって?」

 向かい側に座った倉橋は、俺たちの顔を順番に見ながら言った。

「はい、えと……」

 困ったような表情で、ノエルは話しはじめた。

「この前うちの学校で事故があったのって、先生も知ってますよね?」

「もちろん」

 軽く頷き、倉橋は短く返答した。

「その事故について、詳しく聞きたくて……」

 恐る恐る言ったノエルに対し、倉橋は眉をひそめる。

「……その件に関しては――」

「詮索はするなって言いたいんすよね?」

 言葉を先回りするように、俺は彼を遮った。

「わかってます。それでも、教えてくれませんか」


「幽霊で、記憶喪失……。思い出すために、事故の詳細を聞きたいと……」

 俺の話を反芻するように、倉橋はそう呟いた。

「にわかには信じがたい話だね。ただ……」

 そう言って、不意に身を乗り出した彼は、俺たち二人の目を順に見つめたのち、納得したように笑みを浮かべた。

「――うん、信じるよ。君たちは嘘をついてない」

「……あざっす」

 なんとか彼に、俺たちが真剣であることを伝えられたようだ。これならきっと、詳細を聞き出すことも……。

「けれど、ごめんよ。それでも、詳細については話せないかな」

「な……!?」

 と思いきや、彼は残念そうに首を横に振った。

「実は、その日彼女に……『周郷さん』になにがあったのか、僕ら教員にも伏せられてるんだ」

「伏せられて……? 教えてもらってないんすか?」

「そうだね。僕が臨時教員だからってわけでもなく、そもそも校長先生より下に情報が下りてきてないんだ」

 申し訳なさそうな表情で、彼は続ける。

「教頭や、六組の担任の先生すら知らないみたいでね……。教員内では、密かに陰謀めいた噂まで立ちはじめる始末だよ。……あ、もちろんこの話は内緒にしてね?」

 そう言って彼は人差し指を立て、口元に添えながらウインクをした。

「というわけで、僕から話せるのはこれくらいかな……。ごめんね、役に立てそうにもないよ」

「そう……っすか……」

 参ったな、当てが外れてしまった。

「こ、校長先生に直接聞いたりって、ダメですか……?」

「ダメだね。そもそも出張中で、今は県外なんだ」

 縋るような目で問いかけたノエルだが、倉橋にバッサリと切り捨てられ、大きく肩を落とす。

 状況が行き詰まり、場が気まずい空気に包まれてしまった。

「……あー、そういえば六組に一人、その日以来ずっと休んでる子がいるんだよね」

 そんな中、何かを思い出したかのように、倉橋が口を開いた。

「その子、周郷さんとも仲がよかったらしくてね。クラスの子たちの話では、事故があった日の夕方、その子が周郷さんと一緒にいるところを見たらしいんだ。その子なら、なにか知ってるんじゃないかなあ」

「アタシと、仲がよかった子……」

 静かに俺たちの話を聞いていた逢恋が、噛み締めるように呟いた。

「その子の名前とかって……」

「プライバシーがあるからね、僕が教えるわけにはいかないかな。六組の子たちに聞いてみたら?」

「わ、わかりました……!」

 得られたのは、手がかりのさらに手がかり程度の情報だったが、それでもノエルは背筋を伸ばし、コクコクと頷いた。

「ただもし話を聞きに行くつもりなら気をつけてね。なにせ、すごくデリケートな問題なんだ。休んでるってことは、まだその子も友達を失った悲しみから立ち直れてないってことだろうから。接し方次第では、その子をさらに傷つけてしまう可能性だってあるんだよ」

 真剣な眼差しを交互に向けながら、俺たちに言い聞かせるように彼は語った。

「そ、そうですよね……気をつけます……」

「その辺はわかってるんで、大丈夫っす」

 俺とノエル、それぞれの返答に、倉橋は小さく頷く。

「大して力になれなくてごめんね? またなにかあったら遠慮なく……あっ、そうだ!」

 倉橋は話の途中で不意に声を上げ、懐を探りはじめた。

「僕は役立たずかもしれないけど、僕の知り合いなら頼りになるかも!」

 そう言って彼はペンと手帳を取り出し、ページを指でちぎり取った。その切れ端に、サラサラと何かを書き込んでいく。

「知り合いに、こういうことに詳しい人がいてね。確か、『霊能研究家』……って言ってたっけな」

 書き終えた切れ端を、指先で滑らせるようにこちらへ寄越す。

「少なくとも僕よりは役に立てるはずだよ。あとで連絡してみて」

 電話番号の記載されたメモ書きを、俺は指で拾い上げた。

「あざっす。すいません、時間取らせちゃって」

「いいよ、気にしなくて。僕でよければいくらでも」

 軽く頭を下げ、俺は立ち上がった。倉橋は座ったまま俺を見上げ、優しく微笑んでいる。

「あ、ありがとうございました!」

 慌てて立ち上がったノエルにも、彼は微笑みを返す。そんな俺たちに続き、逢恋も無言で立ち上がった。

「みんな、気をつけて帰ってねー」

 ひらひらと手を振り見送る倉橋を背に、俺たちは部屋をあとにした。


 校門を出るころには、辺りは夕暮れに染まっていた。

「大丈夫? しんどくない?」

「うん、もうだいじょーぶ」

 近場の公園のベンチに腰掛け、逢恋は大きく息を吐いた。

「あの先生、見えてないくせにこっちすっごい見てくるからさ〜、なんか落ち着かなくて」

 毛先を弄りながら、うんざりとした顔で話す彼女の表情に、もう怯えの色は見えない。

「なんにせよ、大した収穫はなかったな」

「そう? まあ、一気に進んだ感はないよね。あいるんはどう? なにか思い出せた?」

「んー、なんにも?」

 ノエルの問いに、逢恋は首を傾げてみせる。

「そっか。とりあえず、明日は六組に直接聞きに行ってみようか。あいるんの友達、住所がわかれば直接聞きに行けるんだけど……」

「それさ、アタシも行っていい?」

 不意に尋ねた逢恋に、ノエルは少し狼狽えている。

「い、いいけど、大丈夫?」

「へーき。それにさ? 自分のことなのに、二人に任せてばっかじゃダメじゃん」

 そう言って立ち上がった彼女は、迷いのない目で前を見据えていた。

「……わかった! じゃあ、明日は一緒に学校行こうね!」

 ノエルは楽しげに、笑顔で応えた。

「そういえば、『霊能研究家』……? の人の番号もらったんだっけ? せっかくだし、かけてみようよ!」

「……必要あるか? 言っちゃ悪いが怪し過ぎるぞ。なんだよ『霊能研究家』って」

「むっ、たしかに……」

 ノエルは顎に手を当て、眉をひそめる。

「まあでも、せっかくだし!」

 と思いきや、期待を込めた眼差しでこちらを見つめはじめた。

「……はぁ、わかったよ」

 彼の瞳の輝きには勝てず、俺はスマホと紙切れを取り出し、番号を……入力したいところだが、字が達筆過ぎて読みづらい。というか、これ筆ペンか何かで書いてないか? なんでそんなもん普段使いしてんだあの人……。

「てかあの先生、指輪してたの見た?」

「え、そうなの? 気付かなかったなぁ」

 なんとか番号を打ち終え、鳴り出した呼び出し音の裏で、二人が何やら話を――。

「もしもーし! どなたデスかー!?」

「うおっ……!?」

 電話越しに響いた女性の声が思いのほか大きく、反射的に声を上げてしまった。慌ててスマホを耳から離し、ついでにスピーカーモードに切り替える。

「あー、すいません、フラヴィアさんの番号で合ってますか?」

 番号とともに記載されていた、彼女の名前らしき文字列を読み上げる。

「Yes! ワタシがFlavia(フラヴィア) Lowell(ローウェル)デスよー!」

「外国の方なんだね」

「てか声デカくね〜?」

 俺が差し出したスマホを囲み、二人はヒソヒソと囁きあっている。

「あのー、倉橋さんから……」

「Oh! では、アナタたちがそうなんデスねー?」

 俺が事情を話す間もなく、彼女は何かを察したようだ。

「さっき、クラハシさんからメールキてマシタ! ユウレイたちについてキきたいんデスよねー?」

 どうやら事前に話を通してくれていたらしい。話が早くて助かる。

「ちょうどワタシ、アナタたちのガッコウのすぐチカくにいるんデース! せっかくだから、どこかでアってハナしマショー!」

「わ、わかりました……えー……」

 そんないきなり言われてもな、と思いつつ視線を上げると、ノエルが笑顔で自らを指差していた。

「あの! 僕の家とかでも大丈夫ですか? 住所は――」

「――Hmm……そこなら、ジュウゴフンもあればツきマース! ちょっとだけマっててクダサイねー!」

「はーい! お待ちしてまーす!」

「失礼します……」

 なぜかスマホに向かって手を振るノエルを横目に、通話終了のボタンをタップした。

「十五分って言ってたよね? 駅前にでもいるのかな。僕らも早く戻らないと」

 そう言って歩き出したノエルの後ろを、俺は逢恋とともに追いかける。

「……てかめちゃめちゃカタコトで草」

「なんだか面白そうな人だったね」

「電話の声量じゃないだろあれ……」

 口々に感想を言い合いながら、俺たちはノエルの家へと向かった。


「さっき電話で遅くなるって言ってたからさ、ちょうどいいかなって」

 ティーカップやらお茶請けの菓子やらを用意するノエルを、キッチンのカウンター越しに眺めていた。

「たしかに、息子が謎の外国人、しかも霊能研究家とかいう怪しい肩書きの人間と関わってるなんて知ったら、心配で泣くかもな」

「あはは……。うちの親は過保護気味だし、十分あり得るね……」

 苦笑しつつもテキパキと、彼はもてなしの準備をしている。

「え〜おいしそ〜、これなに〜?」

「これはねぇ、なんだっけ、どっかいいとこのクッキーだったかなぁ」

 上機嫌で彼は、皿の上にクッキーを綺麗に並べていく。

「これ、紅茶に合わせると美味しいんだよぉ。……あっ、薫くんも紅茶でよかった?」

「ん、なんでもいいぞ」

 俺がそう答えると、彼はほっとした顔で、ポットにティーバッグを放り込んだ。

「アタシ紅茶きら〜い」

「お前はそもそも飲めないだろ」

「あはは……」

 電気ケトルから湯を注ぎ終え、蓋を閉めた彼の手元を見届けてから、俺はカウンターの内側に回り込み、隣へ立つ。

「このまま持ってっていいのか?」

「ん、ありがと。応接間まで運んでくれる?」

「お、おう……」

 意外なワードの登場に少したじろぎつつ、俺は返答した。

 シアタールームに応接間。紅茶やクッキーも、高級感漂うパッケージに包まれていた。薄々感じてはいたが、こいつ、中々に裕福な家庭で育っているな……?

「はぁ〜……せめて味だけでもわかるようになんないかな〜……」

「幽霊は大変だね……」

 ノエルに先導され、俺たちは玄関横の応接間へと向かった。

「その辺、適当に置いちゃっていいよ」

 ノエルによって開かれたドアの向こう、部屋の中央には大きな長方形のテーブルが置かれている。下座には一人掛けのソファが二脚、上座には重厚な二人掛けのソファがゆったりと構えられ、周囲の家具を含め、すべてが高級感あふれるデザインで統一されていた。

「なにここ!? やばー! え、めっちゃ豪華じゃない!?」

「……社長室みてぇだな」

「あはは……。なんか、仕事で使うかもだからって、父さんがね……」

 気恥ずかしそうに、ノエルは苦笑を浮かべた。

 テーブルの上にティーセットを置き、そのまま俺は吸い寄せられるように、一人掛けのソファへと腰を下ろす。

「うおっ、すげえ沈む」

「ほんとだ〜! めっちゃ気持ちいい〜!」

 逢恋は二人掛けのほうに、どっかりと座り込んでいる。

「えへへ、いいでしょ、ここで昼寝とかも――」

 自慢げに話すノエルを遮るように、チャイムの音が鳴り響いた。

「わっ、もう来たみたい」

 慌てて部屋を出たノエルを追い、俺も玄関へと向かう。

「はーい! 今開けまーす!」

 軽い調子で声をかけつつ、ノエルはドアを開けた。

「Hello! マスハラさんのおタクデスかー!?」

「わぁ!?」

 目の前のノエルにかけるボリュームではない声量で挨拶しながら、彼女――フラヴィアさんは足を踏み入れた。

 金色の長い髪が外から吹き込んだ風にふわりと舞い、爽やかでフルーティな香りが鼻をくすぐる。

 しっかりとした目鼻立ちが人種の違いを物語りつつも、その笑顔は底抜けに明るく、どこか親しみやすい温かさがあった。

「Oh, sorry! ワタシ、ついついコエがおっきくなっちゃうんデス!」

 軽く頭を下げつつ、彼女は笑顔でそう言った。

た。

「だ、大丈夫ですよ……。えと、フラヴィアさん、ですよね?」

「Yes! マスハラくんは、おナマエなんていうんデスかー?」

「僕は聖夜っていいます!」

 ノエルの返答に、彼女は驚いたように目を見開いたあと、嬉しそうに目を輝かせた。

「Wow! Noël!? ステキなナマエデスねー! では、そっちのキミは?」

「お……僕は、薫、です……」

 彼女は不意にこちらを向き、期待を滲ませながら俺に問いかけた。思わぬタイミングだったせいで、危うくよそ行きの一人称を間違えるところだった。

「カオル、いいナマエデース! では、そちらのユウレイちゃんは?」

「……えっ?」

 当然のように放たれた彼女の言葉に、反射的に漏れた声が、三人分重なった。

「は!? マ!?」

「うえぇ!? ほんとに!?」

「み、見えてるんすか……!?」

「Of course! それがおシゴトデスからねー!」

 驚きの声が飛び交うなか、彼女は余裕の笑みとウインク一つで、俺たちに応じてみせた。

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